山を越えよう・三
森を抜けてからもモンスターは襲ってきた。
これまでと違って樹木や茂みで日の光も視界も遮られておらず、いきなり飛び出してくることがないので気は楽、かと思いきや。
「うおっ!? 岩が動いてる……!?」
「あぁ、ロックゴーレムだよ。見た目通りに硬いから気を付けてね。関節を狙うのがベストかな」
岩に擬態しているモンスターも居るので侮れない。……まぁどちらにせよウルが看破するから不意打ちはされないんだけど。
「うぅ、あんな遠くちゃ槍が当てられないよ……弓を覚えた方がいいのかな……」
「リーゼもサブ武器はあった方がいいかもねぇ。弓を覚えるならわたしが多少は手ほどき出来ると思うよ」
上空を遮る物がなくなった代わりとばかりに空のモンスターも増えた。遠距離攻撃手段を持っているのがわたしとウルとフリッカなので、レグルスとリーゼは歯噛みをすることに。
今後のことはまた考えるとして、今回はきみたちには代わりに地上戦で頑張ってもらいますから。前述のロックゴーレムは岩だけあって物理に強くて厳しいかもだけど、他にもランドリザードとかラッシュベアとか居るからね。なお、ランドリザードは完全にモンスターであってリザード族と関連はない。
「……リオン、まだかのぅ……」
「ごめんごめん、結構奥にまで埋まっててね」
道中、剥き出しになっている鉱床を見つけて、わたしがものすごく欲しいと目で訴えたら皆は苦笑しながらも許可してくれた。ただ、長引いたり採掘音でモンスターを呼び寄せてしまったのは申し訳ないと思ってる。
時には縄張りにしていたのか、採掘しようとしたらジュエルイーター――アリクイみたいな見た目で宝石を主食にしているモンスターだ――が狂ったように突貫してきたのにはさすがにビビった。……それでも欲しいから採るんですけどね!
いやそんな胡乱な目で見ないでくださいよ、皆なら倒してくれるって信頼してるから掘るんですよ! ジュエルイーターは宝石をドロップすることが多いからそれはそれでお得に……あ、皆に溜息吐かれた。
しかし、フリッカ一人だけはやる気に満ちて。
「信頼には応えなければいけませんね。リオン様が欲しいとおっしゃるなら、遠慮せずにどんどんと採掘してください」
「……あ、あー、いや、結構採れたから、やっぱりまたの機会にするよ……」
「? そうですか」
水を差してしまったようで悪いのだけども、ここで「じゃ、よろしく」と頼めるほどわたしは開き直れなかった。
味方になってくれるのは嬉しいけど、こうも肯定されてしまうと逆に自分を省みてしまうパターンに陥るやつです、はい。押してダメなら引いてみな? 違うか。
……やっぱブレーキ役って大事よね。わたしみたいに突っ走って周りが見えなくなるタイプは特に。
ウルとフリッカは意見が一致することも多いけど、対立(と言うほど大袈裟でもないけど)することも多いから、なんだかんだでバランス取ってくれてる気がする。
モンスターもだけど、地形にはもっと注意を払わなければならない。
足元に岩が多くなって転んだり挫いたりするだけならまだしも、斜面から滑り落ちてしまったらそれはもう大変だ。と言うか、モンスターとの戦闘中にしくじってレグルスが一度転落した。
「う、うわああああああっ!?」
「レグルス兄!?」
マウントウルフの素早い突進からの噛み付き攻撃を避けようと飛び退いたら、そこに足場はなくレグルスの身が大きく傾いだ。わずかな浮遊感の後、重力に従いゴロゴロと転げ落ちて行く。
まだそこまで急勾配でもなかったので冷静にさえなれば、レグルスの身体能力なら岩に手を引っかけて留まり、斜面を登って復帰する、とか出来たのかもしれないけど、急にそんなことをやれと言われて出来る人は早々居ない。初めての経験ならなおさらだ。レグルスも「頭が真っ白になって何も出来なかった……」と後述している。
「ちっ……!」
ウルはすぐさまレグルスを追撃しようとしていたマウントウルフを蹴飛ばして爆散させ、その勢いのまま大きく斜面方向へ跳躍した。『何事!?』とわたしも一瞬焦ったけど、すぐに意図を理解する。あちらはウルに任せてわたしは残りを掃討をしなければ。ぼーっとしていられるほどの余裕はない。
「うごっ!?」
「舌を噛むなよ! リーゼ、そちらに投げるからフォローせよ!」
「……えっ!?」
狙い違わず転がるレグルスの真下に着地し、キャッチしたかと思えば、決して軽くはないレグルスの体を上に向けてぶん投げた。いや、もっと重い石ブロックとか投げてることもあるから今更なんだけども。
リーゼも目を白黒させていたけど、落ちたはずのレグルスが目の前に飛んできて咄嗟に槍を捨てて受け止める。リーゼの方が小さいのに衝撃を上手く逃していたのか、吹っ飛ばされることはなく地面に共に転んだだけで済んだ。
投げた当人であるウルは涼しい顔で駆け戻ってきて、事なきを得るのだった。
ふぅ……肝が冷えたよ。最後のマウントウルフを射抜いてから、隣で顔を青ざめさせていたフリッカの背を叩いて宥めておく。
奇跡的に少々の擦り傷と打ち身だけで済んだのだけど恐怖は刻まれてしまったらしく、しばらくはレグルスもリーゼも萎縮して動きがぎこちなくなりモンスターの攻撃を何度も喰らってしまう。踏んだり蹴ったりだねぇ……。まぁおいおい慣れてもらうしかない。
わたし? わたしはほら、ゲーム中に転落死とか散々あったからね……ハハハ。現実になったのだからそりゃ怖いけど、まだ耐えられるレベルだ。
そんなこんなでちょいちょいトラブルを挟みながらも二日目を五体満足で終える。
前日ほどの元気はなく夕食の時も静かだった。……明日には復活してくれるといいんだけど。
ん? レグルスが何事か呟いているな?
「……落ちても即リカバリー出来る訓練も必要か……?」
……く、訓練は大切だね、うん。
気落ちはしてるようだけど帰りたいと思うほどでもないようだし、深刻ではなさそうで良かった。
是非とも今日の教訓を糧に成長してほしい。期待しているよ。
今日の戦利品であるエアストバードの焼き鳥を食べながら空を眺める。
近くはなっているのだけれども、まだまだ山は続いている。
はぁ……帰還石を作れないのが地味に痛い。時間は掛かってるけど距離が稼げてないんだよね。麓に像を作ったのは失敗だったかな……?
いつも二・三日で一度拠点に帰ってたけど、今回は倍の時間は掛かってしまいそうだ。安全な場所で休んで緊張をほぐせないのはしんどいかもしれない。普通のヒトに比べれば全然恵まれた行程なんだろうけどもね。
それに……フィンが心配して寝不足を悪化させなければいいんだけど。あんまりひどいようならグロッソ村で預かってもらった方がいいだろうか。
などとあれこれ考えているうちに食事を終え、もう休もうとテントに皆引っ込んだ。
寝袋で横になる。するとウルがしがみ付いてくる。のはいつものことだけど……無言でフリッカも反対側の腕にしがみ付いてきた。……レグルスの件でフリッカもまだ怖がっているのかな。
また背中を叩いてあげようかと思ったけどウルにも腕を占領されている。
(んー……)
ちょっと考えてから、フリッカの方の腕を引き抜く。ビクリとされたけどそれ以上惑わせる前に背中に手を回し、軽く抱き寄せてからポフポフと叩いた。
「っ……」
「……おやすみ」
ウルを起こさないように小さな声で(大きな声でも起きない気はするけどそこは気分)囁くと、フリッカの体からゆるゆると強張りが抜けていき。
「……お休みなさいませ」
同じく小さな声で返事をされると共に、今度は胴に抱き着かれた。
……うーむ……わたしもなんだかんだで多少なりとも慣れてきたのかもしれない。
三日目に、それは現れた。




