ゼファーの首輪と魔力検知
「うーん……」
「キューン?」
わたしは腕を組み、じーっとゼファーを見つめる。
見つめられているのが不思議なのか、ゼファーの方もまるでヒトのように首を傾げながらわたしの方を見返してきていた。
……いやほんと、この子はいちいちヒトっぽい仕草をするのよね……誰かのがうつっているのかしら。
わたしはずっと考えていた。
何故『モンスターがわたしたちに懐いているのか』を。
ウルなんかは「リオンのご飯が美味しいからではないか?」とか言ってくるけど、たとえそうだとしても、出会った当初から友好的だった理由にはならない。……最初はウルに本能で敵わないと知り服従したけどやがて――なんてパターンは……ないよなぁ、やっぱり。
ゲーム時代、モンスターが仲間になるイベントは一切なかった。
モンスターはほとんどが意思疎通出来ずただひたすら敵対してくる種類か、会話は出来るけど悪辣すぎてやはり敵対するしかない種類の二種類しか居なかった。
……実際には、ゲーム時代には居なかった悪人がアステリアでは存在するのと同じように、ゲーム時代には居なかった友好的モンスターが存在する、ただそれだけの話かもしれない。
けれどもそこで思考停止をして、ゼファーを連れ帰ると決めた責任があるわたしと、ゼファーなら余裕で倒せそうなウルを除いて、他のみんなが怪我をするような事態に陥っては困るのだ。
だからわたしは、きちんと見極めなければならない……のだけど。
「……キュ?」
……あかん。可愛い。
いやいやいや、そんな簡単に絆されてはいけない。
とは言え……ねぇ?
こうして目を見ればわかる。
ゼファーには他のモンスターとは違い、確かな理性があるのだと。
たまにワガママを言う――そのような感じの態度を取る――けれども、それは幼い子がするようなものと変わりはない。
そしてこれまで、わたしの一番最初の言いつけを守り続け、誰一人怪我をさせたりしていない。
……そろそろ警戒を解いて、きちんと信用をした方がいいかなぁ……。
ゼファーとていつまでも疑いを向けられていては気分が良くないだろう。
むしろわたしの方から率先して信用してみせることで、ゼファーからもしっかりとした信用を向けられることの方が重要かもしれない。
「よし、ゼファー」
「キュウ?」
「首輪を付けようか」
「…………キュエエェー……?」
「……あの、リオン様、何故ゼファーに隷属の首輪を嵌めたのでしょうか……?」
ゼファーの首輪に案の定と言うか、真っ先に難色を示したのはフリッカだった。困惑した、という程度の声音だけれども、わたしが相手じゃなければハッキリと嫌悪を押し出していたかもしれない。
まぁ唯一の被害者だものね……そう反応されるのも仕方ないと思っている。けど誤解は解いておかないとゼファーの前にフリッカからの信用を失ってしまいそうだ。
「あれは見た目は隷属の首輪だけど、無理矢理従属させるような効果は一切ないよ。むしろ軽く防護のエンチャント掛かってるし」
言うなれば首輪型のお守りのようなものである。
なら何故わざわざ隷属の首輪と同じ見た目にしたかと言うと……ぶっちゃけると対外的な理由だ。
わたしは将来的に、ゼファーに乗せてもらって世界を巡りたいと思っている。
その時、住人の目に付く可能性は当然ながらある。
普通に考えると、ゼファーはあくまでモンスターであり、しかもドラゴンであるのだから、事情を一切知らない一般人からすれば恐怖の対象でしかないだろう。
そこであえて(見た目だけ)隷属の首輪をさせることで、『このドラゴンはわたしの命令を聞きますよ』と言うポーズになるのだ。馬鹿正直に『この子は信用出来ます』なんて言ったところで、一体どれだけの人が信じてくれるのか。いちいち説得して回るよりは、わかりやすい『安心』を見せる方が手っ取り早い。
……まぁ隷属の首輪の存在を知らない人も多いだろうけど、首輪を嵌めている時点である程度の制御下に置かれていると思ってくれる……といいな。あまりにトラブルが続くようなら、人里に用がある時は近くまで乗せてはもらうけど離れた位置で待機してもらって……みたいに臨機応変に変えていくしかないね。
ただの首輪なのですぐに外せるし、ゼファーの成長に合わせて作り直していくので、負担にはならない……はず。
嵌めてすぐは違和感があったのか首元をカリカリと掻いていたけど、しばらくするとそこまで本竜も気にならなくなったようだ。
「……なるほど、そのような理由ですか」
そんなわたしの説明にフリッカは納得をしてくれた、と思う。……が、我慢してないよね?
などと不安が表に出ていたのか、「大丈夫ですよ」と苦笑されてしまった。……それならいいか。
「今は防護のエンチャントしか掛かってないけど、いずれは位置情報とか得られるようにしたいんだよねー」
この機能は首輪に限らず作れるようにしておきたいけどね。
今後の旅において、万が一同行者とはぐれた時に合流しやすいように。
危ない時は帰還石で帰ればいいのだけど、ウルみたいに使えなかったり、ウルじゃなくても瘴気で使えないパターンも出て来るだろうし。
ウルがわたしの居場所がわかるのは『なんとなく』らしくて参考にならないし、こう、信号とかオーラとか、放出もしくは感知出来るようにならないかなぁ? 無線の仕組みとか知らないしなー。
「……いや、待てよ?」
以前フリッカがわたしの作った帰還石に対して、わたしの魔力が篭められているから反発を感じる、とか言ってた気がする。
なら、直接もしくは魔石なりに篭めた魔力を放出させることで、その魔力を検知し、誰のものか識別するようなことが出来たりしないかな……?
「ねぇフリッカ、わたしの魔力と、他の人の魔力とで違いってある?」
「? ……いえ、そこまではわからないですね」
ふむぅ……だとしたら、魔力に指紋のような個人を識別する情報はない、と言うことかな? ただ単に自分の魔力と他人の魔力、くらいの区別が付くくらいで。
うん? でも反発があるくらいなんだから、違いそのものはある、ってことなんだよなぁ……目に見えない、言語化出来ないような種類の違いなのか? うーん……?
魔力にこだわらず、魔力以外の個人情報を持っていそうなものでも試してみるとか――
今にも何か閃きそうで唸っているわたしを生暖かい視線でフリッカが見守っていたことに気付くのはかなり後だった。
……いやあの、放置しようと思ってしたわけではなくてですね……。え? いつものことですから? あっはい……。
そして後日。
「出来たー!!」
わたしは発信機(仮)と受信機(仮)を作成することに成功した。
血液に魔力を篭めて生体情報を増幅させ、その血液と魔石をスキルで融合させることで発信機となった。魔力を篭めると発信される。
受信機は同じく魔力が篭められた魔石であり、発信機から発信された魔力を検知すると、例えばわたしが放出させたならわたしの魔力が篭った魔石が反応するようになった。短いけれど細長い光が延びて、大体どちらの方向に居るかわかると言う寸法だ。
なお、カッコ仮が付いているのはどちらも有効距離が短いからである。障害物を通り抜けるだけマシ、と言うかそもそも通り抜けられなかったら全く役に立たなくなるからね……。
しかし障害物を通り抜けるのは、魔力がそう言う性質を持っているのか、わたしが電波のようなものをイメージして作ったからなのか……どっちだろう?
まぁ何にせよ『出来た』と言う事実が重要であるのだ。改良はこれからやっていけばよい。
フヘヘヘヘ、やるぞぅ、やってやるぞぉ……!
「……今日もリオンは変……じゃなく元気だのぅ」
「良いことではないですか」
「ま、それもそうか」




