僅かなれどお返しを
「地神様…………お勤め中でしたでしょうか」
「あん? いや、見てただけさね。下手に触ると汚染させてしまいそうだからねぇ」
祭壇の傍らにある花壇にて。しゃがみ込んでいた地神様は私の呼びかけに振り向き、肩を竦めながら立ち上がった。
封印されていた地神様は当初はお体の至るところを瘴気で黒く染められていました。少しずつ回復しているとのことですがまだ随所に見受けられますし、本調子には程遠いのでしょう。
「で、何か用があるのかい?」
「一つお聞きしたいことがあるのですが……」
「ふぅん……? まぁアンタにはぼちぼち世話になってるし、答えられる範囲なら答えるよ」
以前の私であれば、このように神様と会話をすることなど考えられなかったでしょう。
地神様ご自身が身分に拘泥せずざっくばらんであることを望んでいると言うのもあるのですが……リオン様の影響も大きいのでしょうね。あの人は神様が相手であっても怒りすら見せる人ですから……。
さて、私がわざわざ地神様のお手をわずらわせたのにも、ちゃんとした理由があります。
「地神様は植物と鉱物を司るとお聞きしています。その中で、この近辺で採取出来る、お守りに適した素材を教えていただけないでしょうか?」
「お守りの素材? リオンに聞いた方が手っ取り早いだろうに、何故アタシに聞きに来たんだい?」
「……その、リオン様には知られたくないのです……」
口ごもり、目を逸らしたのがいけなかったのでしょう。
そのような態度を訝しんだ地神様は、目付きを鋭くして私に詰問をしてきます。
「神子に知られたくない……? 目的を正直に言いな。事と次第によっちゃタダじゃあおかないよ」
リオン様にとって不都合なことをすると誤解されてしまったのかもしれません。
地神様が相手であれば伏せておくようなことではなかったので、私は神気に呑まれそうになる自分を奮い立たせながら弁明をします。
「……その、リオン様に贈り物を、と思いまして……」
「……は?」
「サプライズで、びっくりさせたくて……ですね………」
「……あぁ、そう……」
私の答えに地神様は目を丸くさせてから困惑されたように呟き、プシュ、とでも音が鳴りそうなくらいに急速に神気を霧散させていきました。
何処となく疲れたような表情をなさっています。ひょっとして、あまりに小さな理由で呆れられてしまったのでしょうか……。
「いや……勘違いしたアタシが馬鹿らしいと思っただけさね。アンタは気にしなくていいさ」
手をヒラヒラとさせてからあらぬ方向を向いて「こんなんばっかりだね……」と微かに呟かれた言の葉が耳に届きました。……こちらも気にしない方がよさそうです。
「あー、素材の場所だったね。いいさ、教えてやるさ。あと……お詫びに、助言……のようなものも、一つ伝えておこう」
「……助言、ですか?」
地神様からの提案に私は思わず首を傾げました。……一体何についての助言なのでしょう。
「神子が不老なのは知っているな?」
「はい」
神子は創造神様より力を与えられることで存在が神に近いものになります。その結果、不死ではないものの不老になるそうです。
よって、一見若い神子であってもその精神は老成している、といった事例が多々あったようです。私がお会いした神子はリオン様だけですので、伝聞の話ではありますが。
「リオンは力の使い方にやたら熟れているようだが、ありゃまだ中身――実年齢は見た目通り子どもに近いだろうよ」
「そう……なのですか?」
ごく自然に神子の力を揮っていらっしゃるので、神子になって長いと思っていました。
でも言われてみれば確かに、普段の言動に若々しいものがありますね。……ひょっとしなくても私より年下だったりするのでしょうか……?
「リオンに頼るのはいい。アレは多分それを喜ぶタイプだし、モノ作りであれば嬉々として行う仕事馬鹿だ。そんなヤツには、たまには甘えさせてやると効果があるかもな?」
「……こ、効果、です、か」
そして続けられた言葉はニヤニヤ――もとい、どことなく揶揄いを含んでいるようで……つまりこれは、察せられているのでしょう。隠していないとは言え改めて第三者から、それも神様から突き付けられるのはさすがに少々羞恥心がこみ上げてきます。
しかしそれにしても。
「……意外ですね」
「何がだい?」
「……生産性のないことを、神様に認められるとは思っていませんでした」
異種族以前に、リオン様と私は同性です。子どもが決して望めません。確率が低いのではなく、ゼロなのです。
次世代に命を繋げられないことを、何も作らないことを、黙認くらいはされたとしても後押しされるなど青天の霹靂のようです。
「あぁ、それは誤解されているねぇ……」
「……?」
「確かにモノ作りが一番わかりやすく効率が良い。けれどアタシら神が望むのは、正確には生み出す力……創造の力だ。言い変えると『正の想念』になるか」
正の想念……?
聞きなれない言葉ではありましたが、それでもやはり生み出すことが大事なことに変わりはないようで、私に更なる疑問が募り。
「もちろん種が途絶えても困るから命を生み出すのは必要なことであるけれども」と地神様は前置きした上で説明を続けてくださいます。
「友人、恋人、家族……間柄は何でもいい。誰かが誰かを想う感情は、そこから生まれるエネルギーは……決して無駄ではない」
「――」
『無駄ではない』
その一言で、私の心が軽くなったような気がしました。
たとえ神様から注意されようと、リオン様ご自身に拒絶されるまでは諦めないつもりでしたが……私も調子が良いですね。
「ま、神子であるリオンの精神を安定させてくれれば、アイツもより気分良くモノ作りしてくれるだろう、って魂胆もあるけどね」
……それは少し、自信がないですね? 怒られてしまったり、慌てさせてしまったりすることもよくありますので……。
いえ、めげてはいられません。地道に一歩ずつ、リオン様が喜ばれることを探していきましょう、
「ところで、『負の想念』は何に当たるのですか?」
地神様は少しだけ溜めてから、小さく呟きました。
「……モンスターのことさね」
翌日、私はリーゼさんの協力を得て、無事に素材を得ることが出来ました。
……リオン様はもちろんですが、ウルさんに協力を頼まなかったのは、モノ作りが出来ないあの人に対して素材が欲しいと言うのが憚られましたので……。
なお、リーゼさんは道中に得た食物を全て差し上げると言ったら快諾してくれました。……レグルスさんは装飾品より食物を好むとかで……リーゼさんも大変そうですね。
リオン様は作業棟に籠りがちなので、隙を縫っては唐突に顔を出してこないかと緊張しながらお守りを作ります。
私はまだ料理以外には魔力を乗せてモノ作りをするのに慣れておらず、何度も失敗をしてしまいました。……無意味だと知りつつも軽々と行うリオン様と比べてしまい、つい溜息を零してしまいます。
試行錯誤を行い、採ってきた素材が尽きかけて再度の採取を覚悟した丁度その時に、やっと完成しました。
「あ、フリッカ、ここに居たんだ」
「リ、リオン様?」
フゥと一息吐いたタイミングで姿を現し、ドキリと鼓動が大きく跳ねます。そして、出来上がったばかりのアクセサリを後ろ手に隠し――いえ、隠してどうするのですか、渡すのでしょう?
「あの、リオン様――」
「ちょっと渡す物が――って、うん? 何?」
「……いえ、リオン様からどうぞ」
勇気を出して差し出そうかと思ったら言葉が被ってしまいました。出鼻が挫かれてしまい、つい一歩下がってしまいます。
「そう? じゃあ、はい。これあげる」
「これ……は……」
「いやー、地神様の対応を任せてることも多いからね。そのお礼ってことで」
苦笑と共に渡されたそれは……ブレスレットでした。
木材をベースとしながらも手触りが良くなるよう丁寧に磨き上げられ。ワンポイントとして埋め込まれた魔石が、シンプルでありながらも品を感じさせられる代物で。
――先ほど私が作った物と似たような。それでいて……遥かに品質の良い――
「それで、フリッカの用は何だった?」
「……い、いえ……その……あっ」
動揺のあまり、まだ手に持っていた私の作ったブレスレットを落としてしまいました……!
あ、あ、リオン様、それは拾わないで……!
「あれ? フリッカもブレスレット作ってたの? ……もしかしてわたしが今あげたやつ必要なかった?」
「ち、違います! 必要ないなんてとんでもない! それは自分用ではなく、リオン様に差し上げようと……あっ」
……練習用と言っておけばまだ誤魔化せたのに、うっかり口を滑らせてしまいました。
「……わたしにくれるやつ?」
リオン様が目を丸くしています。
えぇ、えぇ、ビックリもするでしょう。このような素人が作った拙い物をと言われても。
……これ以上反応を見ているのが怖くなって俯いてしまいました。
今にして思えば無謀だったのかもしれません。モノ作りのスペシャリストである神子に贈り物をしようなどと――
「うわぁ……すっごい嬉しい! ありがとう!!」
「……えっ」
暗澹たる思いに沈もうとしていた私の気持ちを、弾んだ声が引き上げてくれました。
恐る恐る顔を見てみれば、まさに喜色満面と言った風で。到底作り物には見えない、心からの笑顔に見えて。
「……あの、良いのですか? ……リオン様の作る物に比べると、その……全然大したことがないでしょう……?」
「効率を求める場じゃないし、こういうのは『わたしの為に作ってくれた』って事実が大事なんだよ? ……自分で作ってばかりでもらったことなかったしね」
後半のセリフが随分と煤けているようですが……突っ込むのはやめておきましょう。
しかし……そうですね。『無意味じゃない』と地神様の仰っていた言葉が実感出来ました。
リオン様の喜ぶ様子が、私にもとても嬉しくて。
また、この人の為に何かをしたい、という気持ちが溢れてくるのです。
「ふふふー。大事にするね」
「……えぇ。私の方も、リオン様からいただいたこのブレスレット……大事にさせていただきます」
中身が子どもとか、リオンが聞いたら「これでも成人してるのに……!」と頭を抱える案件。
まぁただでさえ外見が若返った上に中身もただの学生ですし、幼く見られても仕方ないのですが……。
半ば子ども扱いされているという理由もあって、地神がやや過保護気味であり、世話焼きおば――もといお姉ちゃんと化しているという。




