リオン観察記その三
アタシを解放してくれた神子リオンは……一言で評すれば『変なヤツ』である。
真っ先に目を疑ったのは、モンスターを引き連れていたことだ。リオンにも黒の娘にも違和があったが、その比ではないくらい明らかにおかしい。
神子がモンスターを倒さないなど……封印前の世情を考えると有り得ないことだった。
……現在はどうなっているんだ? 世界に変化が起こったのか……それともリオンが変わっているのか。
なお、これは後の創造神との会話により後者だと判明した。
次に驚いたことに、神との距離が非常に近い。最初こそ跪こうとしていたが、それ以降は少々緊張しているだけ、と言う程度に見えた。
アタシは光神に比べりゃ礼儀にうるさくはないし、肩が凝りそうで背は痒くなりそうだから『敬え』と声高に言うつもりはないのだが……それにしたってやはり近い。
「お手をどうぞ。触れていないと一緒に帰れませんので」
そうやって手を差し出す様は、何の構えもなく気負いもなく。過去に、遠くで跪き頭を垂れ、畏れにより決して自分から近付いて来ようとしなかった神子とは大違いだ。
……ずっと封印されていた神を舐めているわけでもなさそうだし、信仰心がないわけでもなさそうだが……はてさて。
瘴気に汚染されたアタシの手を厭うことなく壊れ物を扱うかのように丁寧に握り返してきたので、良いヤツではあるのだろう。
神に限らず、住人との距離も近い。
神子と言えばそりゃ、神に次ぐ権力の持ち主であるし、実際に神子以外他の誰も持ち得ない貴重な能力を持っている。
それもあって住人たちからは神同様に敬われることも多いし……中には増長してしまう者も居る。いささか性格に難はあっても仕事さえきっちりこなしていればプロメーティアがその力を取り上げることは滅多なことではなかったが。
しかしリオンときたら、緑の娘に揶揄われても怒るどころか困りながらもどこか楽しんでいる節があった。神子にそこまで気安く会話をする者が居るのも珍しいことだ。
……元々の家族ですら、断絶があり得るからね。
なお、これも後に知ったことであるが、リオンはまるでただの人間のように振る舞うし(特に小さな子ども相手には顕著で近所のお姉さんのようですらあった)、敬われると落ち着かない身であるらしい。後者はアタシと似たようなものか?
そして……へんてこの極致を家作りの時に目撃してしまった。
神相手に普通の家を作るのは良しとしよう。……いや、あれを普通と言ってよいものなのか?
何故アイテムボックスから取り出す木材が真四角なんだ? 何故それを重ねるだけで元から一つだったかのように変形するんだ? 何故釘も打たない状態でズレないんだ?
リオンが無意識に創造の力を使っているのだろうが……どうしてそうなった? 便利そうではあるけれど、その発想に至った理由が見当も付かない。
アタシが呆気に取られて言葉もなく眺めていると、他のヤツらは「あぁまたか……」と呆れたように笑いながら見学している。つまりこれがリオンの普通なのか……?
よもや一軒の家がものの二十分程で完成するとは思ってもいなかった。建材の規格を揃え、組み立てるだけだからそうなっているのだろうが……それでも早い。
供物も普通に渡してくるし(……まぁ美味かったのだけど)、内装はシンプルながらも不自由がないどころか魔石までふんだんに使い、これに慣れてしまったら他の場所では住めなくなるのでは?と思ったほどだ。
一日の間にたくさん驚かされ、もはやこれ以上驚いてなるものか、と思ったのも束の間。翌々日には。
「バーベキューやるんですけど、一緒に食べません?」
と来たものだ。
祭りの主役として祀られたことはあるが、さすがに食事を一緒に摂ったことなどなかった。
逆に新鮮すぎてつい誘いに乗ってしまった。いや、リオンのやることなすことほとんどが新鮮と言うか……斬新と言うか……奇抜と言うか……。
「作らないなんて勿体なさすぎません?」との発言には思わず大笑いしてしまった。
神子など誰も彼も『創造神のために』モノ作りをするヤツらだ。……一部は私欲に走っていたがそれは今は置いておく。
つまり……ただ『モノ作りがしたくてたまらない』神子は極少数だったのだ。
確かにリオンは型破りであるがプロメーティアが好みそうなタイプであり、神子と成ったのも頷ける。
そして、更に。
「ではそこに、今日から神様も加わることになりますね」
何の衒いもなく。
ヒトと、モンスターと、神と。
一つの和にまとめようとして……思い知った。
――あぁ、リオンは……まさに、プロメーティアの願いを叶える者なのだ――
xxxxx
「……プロメーティア、アンタ正気か?」
「酷いですね。せめて『本気か?』と聞いてほしいですっ」
拗ねたように唇を尖らせるプロメーティアは……アタシが封印される前のものと変わりはなかった。少しばかりやつれたように見えるが、その心根は元のままで安心した。
「でも実際には言うほど疑問に思っていないようですね?」
「……そうだね」
先ほど子どものような醜態を見せた神物とは思えないな。アタシの心中を的確に突いてくる。
あれこれ驚かされ過ぎたせいで『あの神子が対象ならまぁ……』などと思ってしまっているからね。……まさか影響されるのも計算済み……なわけないか。
「とは言え、ドラゴンだよ? よく許可を出したね」
ドラゴンはモンスターの中でも最強の一角として数えられる種である。
ただドラゴンと言っても結構な種がおり、強さはピンからキリまであるのだが……最下級であっても只人には十分に危険な存在なのだ。
それをお気に入りであろう神子の側に置くなどと、あっさりプロメーティアが許可を出すのは意外と思っても仕方ないだろうさ。
「そんなにあの神子の判断を信じているのか?」
「それもありますけれども……あの白竜にはあの人の力も混じってますので」
「……そう言うことか」
その一言で納得した。ただし腑に落ちたモノは……少しばかり重たいモノであったが。
胃が痛くなりそうなことはまだまだある。
「……リオンにも、あの娘にも混じっているだろう?」
「あら、よく気付きましたね。……リオンに関しては何時何処でもらってきたのか、増えているのが非常に気になるところではありますけれども」
「は? 増えた?」
「……えぇ、不思議なことに。でも元々縁はあるので、何かの拍子で繋がったのでしょうね」
頬に手を当ててホゥと息を吐いている。その顔は寂しそうであり、羨ましそうであり。相変わらず表情を隠そうとしない正直な神だね。腹に一物あるよりはよっぽど良いけれども。
しかし……縁か。ヒトには劇薬となりうる力と思想だけでなく、そのようなものまで持ち合わせているとは……随分都合が良いな?
「よくもまぁあそこまで好都合な住人を見つけられたものだね?」
「色々とありまして。是非に、とお願いして来ていただきました。結果的に騙し討ちのような形になってしまったようなのですが……それでもリオンは頑張ってくれて頭の下がる思いです」
「……来ていただいた?」
「……リオンは別の世界の人間でしたので」
は?
言うにこと欠いて別の世界??
百歩譲って別世界はあるとして、どうしてその世界で今のリオンのような者が現れる?
ゲーム? アステリアに似せた仮想世界??
プロメーティアは普段から偶によくわからないことを言うが、今回は何時にも増してわからないさね……!
あと、リオンの思考回路がズレているのも理解した。そもそもの起点がズレているとそうなるのも仕方ない。
「それで魂だけ来ていただいて、体は私が用意する形で何とか」
「道理でアンタの気配が大きかったはずだよ!」
わからないことだらけで混乱しかけている頭に更なる爆弾発言が投下されて、つい叫んでしまうのもきっと仕方のないことだ。
神子にしてはやたらプロメーティアの気配が大きいな、と思えば、まさかの自作だったとは……!
って、ちょっと待て。
「……プロメーティア。体をアンタの力で作るって、どういう意味かわかっててやってるのか……? ……成ることまで願っているのか……?」
頭を抱えながら、念の為に尋ねてみると。
……案の定と言うか、何と言うか、プロメーティアは首を傾げ。
「? ……………あっ」
今になって、事の重大さに気付いたようだった。
「ど、どどどうしましょう、そこまで気が回っていませんでした……! 全く以ってそのような意図はなかったのです……!」
慌てても遅いわ!
しょっちゅう抜けたところを見せるヤツだったけど、ここまで大きなやらかしをするなんて馬鹿だ! 阿呆だ! 大間抜けだ!
面と向かってそう叫んでやろうと思ったけれども……今のところリオンの存在にメリットはあってもデメリットはなく、致命的と言うわけでもないのでグッと飲み込む。アタシ自身助けられた身であることだし。
大きな大きな溜息が出るのまでは止められなかったが。
「はぁ……やってしまったものはどうしようもない。アタシも見てるから、アンタも出来るだけ様子を見に来るんだよ」
プロメーティアは「はい……」と縮こまる。全く、これでは一体どっちが主神なのやら。
アタシ――に限らず、六神全員、創造神に作られた存在だ。
リオンはいくらか条件が異なっているようだが……同様に創造神に作られた存在と言うことが判明した。
つまり、それの意味するところは――
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先日のプロメーティアとの頭の痛くなるような会話を思い出し「どうしたものかねぇ……」と独りごちていると。
「神様かみさまカミサマアアアアアっ!」
まるで神に対する言葉とは思えない、切羽詰まりながらもおっちょこちょいさの漂うその叫びにガクリと力が抜け。
『もしやプロメーティアに似たただの間抜けで深く考えるだけ無駄なのでは?』と言う考えが脳裏を過ぎり。
「……随分騒がしいねぇ……今度は何だい……」
悩んでるのも馬鹿らしくなってきた、と苦笑しながら扉を開けた。
アイテムが立方体になったりくっ付いたりするのはアステリアの仕様ではなくリオンの仕業と言う話。ゲームに引きずられて無意識にそう変化させてるのです。




