待つ方ももどかしいのか
翌日……ではなく翌々日のお昼前。
ご飯とトイレのために何回か起きたらしいのだが、正直全く覚えてない。いつの間にか一日以上経っていた。ビックリである。
そしてやたら右腕が冷えているかと思えば、ベッドの端の方に移されてテーブルの上に置いた聖水入り桶に浸されていた。……冬になる前にホット聖水とか作るか? いやそんなことしなくても温めるだけでいいか。
ステータスを確認するとまだ【汚染:レベル四】だった。わたしのアイテムがへっぽこなのか、限りなくレベル五に近い四だったのか、三と四の差が大きいのか……うぬぅ。
痛む腕に顔をしかめながら、のそのそと上半身を起こして軽食を食べつつ、フリッカにわたしが寝ていた時の様子を聞く。
「……地神様は?」
「何度か様子を伺いましたが今のところ特に問題はないようです。ゆっくり療養していらっしゃいます」
わたしがぐーすか寝てる間はフリッカがお世話をしてくれていたらしい。助かった。
放置するのはもちろんダメだし、『何かあったら呼んでください』と言っておきながら、異常事態に駆け付けられていなかったとしたらダメダメすぎた。まぁさすがにわたしが必要な重大事件が発生したら叩き起こしてくれたとは思うけれども。
「ありがとう。わたしもまさかここまで寝てるとは思わなかったんだよ」
「いえ、地神様もほとんどお休みになられていましたし……これくらいならお安い御用です」
出歩くこともなく(出歩く体力もなく)大人しく家に引きこもっていただけなのでやることも少なかったとのことで。
まぁ封印明けだし瘴気の汚染も残ってるし、しばらくはこんな感じなのだろう。
先日の間にウルとレグルスから大体の経緯を聞いたようだ。
ゼピュロスに瘴気が異様に集まっていたこと。モンスターが掻き集められていたこと。周囲一帯が瘴気のせいで大惨事になっていたこと。それでも『ここで引き返したら終わりだ』と危機感に駆られ、強行したこと。これは地神が汚染されきる前に解放すると言う非常に重要な結果に繋がったので「リオンを怒るでないぞ?」とウルに言われたらしい。
「いや、その、うん、心配かけてごめん」
「……謝らなくてもいいですよ」
困ったように苦笑されてしまった。
でも、同じような状況になったら同じような行動をすると思う。後悔してないし改める気もないので、これは口先だけの謝罪なのかもしれない。うーん、自分のことながらどうしたものかな。
レグルスからは廃村の入り口からゼピュロスまでの戦闘の様子を語られ、ウルからはゼピュロスとの戦闘を語られ。
わたしが聖属性かつ雷属性の矢やら魔石やら作り出したことで呆気に取られたけれども。
「まぁリオンだしの」
「仕方ねぇよな」
との二人の言葉で「……そうでしたね」と納得したらしい。あっはい。
ゼファーに関しても同じような言葉で済まされたらしい。……これはわたしのせいじゃなくないですかねぇ?
「そう言えば他の皆はどうしてる?」
「レグルスさんはグロッソ村に帰っています。ゼファーは落ち着きがなかったので『リオンの安眠の邪魔をするな!』とウルさんがフィンも連れて狩りに行きました」
落雷の時と違ってわたしが普通に起きてご飯を食べていたので(記憶にないけど)ウルは動揺せずに過ごせているらしい。それは良かった。あの時は酷かったからねぇ……。
ゼファーは……まぁ子どもみたいなものだし、大人しく出来ないってことなのかなぁ。
拠点ならまだしも、外で駄々こねて暴れられるようならキツイ躾けをしなきゃダメかな……などと思っていたら、フリッカからやけに深刻そうな声で尋ねられた。
「……リオン様」
「うん?」
「……ゼファーは、本当にドラゴン……いえ、モンスターなのでしょうか?」
聞くところによると、ゼファーは普通に夜に寝て朝に起き、日中に活動しているらしい。マジか。
モンスターは創造神の時間に活動することがほとんどない。強いモンスターなら動けるけれども……ドラゴンだけあってゼファーはあんな小さなナリでも強いのか、それとも特殊な力を持っているのか……それはわたしにもわからない。
「何か問題が起きたら責任を持って対処するから、ひとまずは様子見しててくれる?」
「……はい」
あれこれ聞きたいことを一通り話し終わった後で、包帯が緩んでいたので新しいのに替えて巻き直してもらう。
ペリっと剥がすと、ほんのちょっと良くなったかな?と言うぐらいで相変わらず酷い状態だった。
そのままでも痛いけど見てると痛みが増大してくるような気がしたので、明後日の方向を見ながら大人しくフリッカに腕を委ねる。
お互いに無言になり、シュルシュルと包帯が擦れる音だけが聞こえてきた。
やがてキュっと縛る感触がして、包帯が巻き終わったのだと理解する。
「ふぅ……ありがとう。……フリッカ?」
視線を戻すと、フリッカがわたしの腕を取ったまま動かないでいた。
俯いているし……ひょっとしてグロさに吐き気でもこらえていたりするのだろうか……?
「だ、大丈夫? 気持ち悪くなった?」
尋ねた直後。手の平に、ポタリと、温かいものが。
……え?
「な、何で泣いてるの……?」
覗き込むように姿勢を変えてみれば……フリッカは、声を漏らさずに、涙を流していた。
そ、そんなに酷いモノを見せちゃった……!? とオロオロしていたけれども、全く見当違いの理由だったようで。
「……リオン様は、何かあるとすぐ大怪我して帰ってきて、辛いのです」
「うっ……」
わたしは神子ではあっても身体能力は普通の人間とそう変わらない。
だからこそ、戦いでは有利に進められるように出来るだけ装備やらアイテムやら整えてから行くようにしている。
大体はそれでも何とかなるけれども……今回のような大きな事態になると、どうしてもこの身を削らざるを得なくなってしまう。むしろこれだけの損害で済んで良かったと言える範疇だった。
もちろんわたしだって好き好んで痛い思いをしたいわけではないので、体を鍛えたりはしているけれども……一朝一夕には行かないし、RPGのように主人公の成長に合わせた敵が出て来るようデザインされているわけもなく、こういったことはきっと今後何度も起こるだろう。
ともあれ、大元の原因はわたしが弱いせいなのだ。けれどフリッカは、首を横に振って。
「違います。リオン様を責めているわけではないのです」
「……?」
「ウルさんみたいに戦闘の力になれるでもなく、怪我を癒せるほどの力を持っているわけでもなく……私の不甲斐なさを、情けなく思います」
そうやって、自分を責めていた。
……違う。それは違う。
「何を言っているの。きみの聖火の魔法はとても役に立ったよ。あれがなければゼピュロス戦に負けないまでも、地神様を助けるのに間に合わなかったかもしれないくらいだよ」
「……ですが――」
なお言い募ろうとしたので、その先を遮るべく頬をガシっと掴むように手を当てる。
「ウルの動きはわたしにも真似出来ないし、この怪我はわたしでも治せない。わたしだって、出来ないことだらけだよ」
だから……と言うわけでもないけれども。
「ウルにも似たようなことを言ったことあるんだけどね。『出来ない』ことをわたしが責める気は毛頭ないし、むしろきみはきみに出来ることを精一杯頑張ってるのも、出来ることを増やそうと努力しているのも知っているから、褒めることはあっても情けないなんてことは全くないんだから」
「――」
わたしの言葉にフリッカは何度か目を瞬いてから、何も言わずに伏せる。
……でも、何か言いたげだね?
促すようにじっと待っていると、やがて根負けしたのか吐露してくれた。
「……安全な場所でただ待っていることが……いえ、そうではないですね。……私は、単に……一緒に行けなくて、寂しかったのかも、しれません」
「あー……」
口にはしないけれども実際には、あの場にフリッカが居たらやりやすくなっていたかと聞かれれば、そうではないという結論になる。
本人も足手まといだったであろうことは自覚しているだろうし、自覚しているからこそ、余計に歯痒く思うのだろう。わたしだってウルに「引っ込んでろ!」とか言われたらそれが事実でも胸に刺さること間違いない。
気持ちはわからないでもないので一緒に行きたいと言うなら出来るだけ連れて行こうとは思うけれども……似たような状況に陥った時に連れて行くのを確約することは出来ないからなぁ。
「……申し訳ありません。我儘を言いました」
フリッカも同じように悟ったのか、離れるように身を引く。
その表情が、何かを諦めたようなもので。
……わたしは思わず、離れて行く前に、腕を捕まえた。
「……リオン様?」
「あ……いや、えっと……」
何かを伝えたいはずなのに、上手く言葉にならない。
もどかしさに口をもごもごとさせてから、なるようになれとそのまま腕を引っ張り軽く抱き寄せる。
わたしがしでかしたことが意外すぎたのか、フリッカは固まってしまった。それをほぐすようにあやすように背をポンポンと叩く。
「たまには我儘言ってくれてもいいんだよ。……そりゃまぁ、全てを叶えてあげることは難しいけどさ。それでも無理して飲み込まれるよりは、内に色々抱え込んで知らないところで泣かれるよりはずっとマシかなぁ、なんて」
「……」
「きみに我慢させたいわけでも、窮屈な思いをさせたいわけでもないんだよ。だから、その……もっと好きなようにすればいいと思うよ」
わたしに言われたことをどう受け止めたのか。フリッカは身じろぎしてからこう答えた。
「……善処します」
……そんなので善処が必要になるレベルなんてどれだけ控え目なのか。それともそれだけ押し込められた人生だったのか……むーん……まぁ追々表に出してくれることを祈ろう。
そのまましばらくわたしの肩に額を乗せたままのフリッカが、ポツリと零した。
「……そう言えば、ゼピュロスの件が終わったら抱きしめてください、と言いましたね」
「あー……これでいいの?」
「……出来れば別カウントでお願いします」
……早速の我儘(?)に、わたしは少しばかり笑うのだった。




