カウントダウン・二
気付けば100話目です。読んでくださっている方に感謝を。
リオンもレグルスも決して弱いわけではない。そこは我も信用している。
であっても、ここまで数が多いと不安になってしまうのも仕方のないことであろう。リオンなど大怪我したばかりであるし、少々過保護気味になってしまっているのを抜きにしても、だ。
「行って」
しかし、リオンの焦燥と強い意志を篭めた視線に我が敵うはずもなく。
「……ちゃんと後から来るのだぞ」
そう言い残すのが精一杯で、二人を残し先へと進まざるをえなかった。
跳躍をし、高みから下方を眺めてリオンの判断は正しかったのだと知らされる。
あちこちで蠢くモンスターの数が明らかに多い。以前訪れた時の少なさは一体何だったのだ。
……それとも最後の仕上げの、それこそリオンが言っていた時間稼ぎのために急遽掻き集めてきたのか。
全員で相手をしていては、間に合わなかったかもしれない。
崩れかけた屋根の上、辛うじて立っている柱の天辺、時には辿る物がなくなり一度地面に降り立ち、また跳び。宙を舞っている間にモンスター共の魔法が下から飛んでくることもあったが、そのようなものが当たるはずもなく。
少しでもリオンたちが来やすいようにちょくちょく瓦礫を拾っては投げモンスターの数を減らしながら、ゼピュロスめに向けて最短距離で突き進んでいく。
――グオオオオオオオン……
啼いている。
痛いのか。悲しいのか。
憎いのか。忌まわしいのか。
ともすれば、その全てが篭められているようにすら聞こえてくる咆哮であった。
「……ゼピュロスよ。貴様には何の恨みもない」
むしろ哀れとすら思えてくるくらいだ。
空に生きる者が地に縛り付けられて。傷付けられ、苛まされ。
何度か跳ぶうちに教会が見えて来る。
その下に変わらずヤツは蹲っていた。その首を天へと伸ばし、呪うように、救いを請うように幾度も声を上げている。
我が接近していることにはとっくに気付いているだろうに、それでも空を飛ぼうとしないのは何故なのか。
……いや、余裕があまりないのだろう。
瘴気が濃すぎて身が持たなくなっているのか、白い鱗が減り黒い鱗が増え……一部は他のモンスター共と同じように腐敗しているようだった。頑強なドラゴンの鱗すら腐らせるなど、一体その身にどれ程の瘴気を浴びているのだ。
そして体組成的に鱗より弱くなる翼も当然のように爛れていた。あの様では瘴気の楔がなかろうとそう長く飛べはすまい。
だから。
「ここで遭ったのも何かの縁だ。……楽にしてやろう」
我の心から、自然とそのような思いがこみ上げてきた。
翼を負傷しているからと言って手加減などせぬ。むしろ大いにそこに付け込ませてもらおう。
我は前回の戦いで頭頂部が壊れてしまった教会の尖塔まで辿り着き……そこからゼピュロスの背へと壁面を蹴って勢い付けて飛び降りた。
しかしゼピュロスとてただ手をこまねいて攻撃を受けるわけもない。近寄らせないという意志の元、首から黒い血を撒き散らしながらも我に風魔法を放ってくる。
ゴアアアッ!
「フンッ!」
我は素早く、思いつきでリオンに用意してもらった木の板を取り出す。何の効果もない、ちょっと固いかな?と言う種類のただの木の板に取っ手が付いたものだ。随分貧相だが盾とも言えるかもしれない。
それで風魔法を遮る、のではなく、斜めに当て、僅かに逸らした刹那に腕を振り風弾を弾き飛ばす。それと同時に木の板も弾け飛んだが……どちらかと言えば我のせいかもしれぬ。うぬぅ。
まぁさすがに瘴気で風が見えるようになっているから出来る芸当だ。ゼピュロスにとって瘴気はバフなどではなくデバフでしかないのかもしれない。
弾き飛ばした衝撃で少し落下地点がズレたがこれくらいなら問題ない。今度は聖火の矢を取り出しシャフト部分を握りしめ――ゼピュロスに力の限り突き刺す!
ギャアアアアアアッ!!
「ぐっ……!」
さすが名前の通りの聖なる火の矢と言うべきか、標的に触れた途端猛烈な勢いで炎を噴き上げ、瘴気を飲み込むかの如くゼピュロスの身を焼いてゆく。
……そして聖属性であっても火は火である。我も盛大に巻き込まれ、肌が焦げ服が燃えてしまっている。……これではあまりリオンのことを怒れぬな。
それにしても、我の肌を焼くとはフリッカは随分優秀であるようだ。本来なら純粋に褒めるべきであろうがさすがにチョット……結構痛い。
火を消す且つゼピュロスから距離を取るために地面を転げ、再びゼピュロスを視界に入れた時には。
グルルル……ッ
「はは、ちょっと見すぼらしくなったな。それとも逆に身軽になったか?」
使用者が我であったせいかリオンがイビルトレントに使った時ほどの効果が見られなかったが――結果的に我へのダメージも減ったので良かったのか悪かったのか――それでも効果は十分に発揮し、ゼピュロスに纏わり付いていた瘴気の大体二割が消滅した。きっとこれだけでも我が先行した意味はあっただろう。
だがこれで満足するわけがない。いっそリオンが来る前にケリを付けるのだ。
睨みつけて来るゼピュロスを睨み返し、ポーションを使用してから、我は追撃を加えるべく前へと駆け出した。
グルアアアッ!
「遅いわ!」
いかな高速の風魔法、更に詠唱がないとは言え、発動までに僅かな間がどうしても出来る。
加えてヤツは我の真正面だ。目の前であれば避けることなど容易――
「……っと!」
風の刃が正面からだけでなく横からも上からも迫っていた。咄嗟に風のない方へ方向転換したが。
「ぐっ!?」
いくつかは風刃同士が衝突して相殺されたものの一つがすり抜けたあげく、我を追尾するように軌道変更してきたので背中に受けてしまった。
足が地を離れこの身が宙を舞う。
「はははは……この程度で倒れるものか!」
しかし我は一文字の痛みを感じながらも背に風を受けた勢いを利用して、中空で姿勢を整えつつそのままゼピュロスへと再度聖火の矢を突き入れた。
グォアアアアアアアアアアアッ!!
再度の聖火に焼かれる痛みにゼピュロスは一層大きな叫び声を上げる。
ついでに言えば我も再度吹っ飛ばされた。……我の受けてるダメージはほぼ自爆な気がしてきた。リ、リオンに怒られないよう黙っておくべきか?
余計な瘴気が減ったせいか、それとも我の手の届く場所に居るのが最大の危険と悟ったのか、穴だらけになった翼をはためかせながらゼピュロスが空へと移動をする。
情けないことに、飛ばされて転がったままなだけでなく距離が離れておったので阻止が出来ない。せめてもの障害としていくらか瓦礫を投げ付けるが、それらは瘴気やら風やらに阻まれてあまり意味をなさなかった。
ゼピュロスが翼を動かすたびに黒い血が飛び散り、当たったものは焼かれているのか侵されているのか、黒煙を上げ臭気を発生させてゆく。あえてそれも武器とすることにしたのか、風を渦巻かせて周囲に撒き散らし始める。……うぬぅ、我に掛けるでない。バッチイではないか。
起き上がり、腹立たしさを篭めて聖火の矢を投げる。しかし最大限に警戒されていたのだろう、突風により掠りもしなかった。勿体ないことをした。
「……むぅ、リオンを待つしかないか……」
頭上を舞うゼピュロスを見上げながらぼやく。せっかくの好機だったと言うのに、飛ばれる前に倒せなかったのは痛恨の極みである。
随分と瘴気を削ったので、おそらくリオンがここまで来るのは間に合うだろう。いや、既にヤツは死に体だ。そのうち勝手に落ちて来るのではないか?
……そのような都合の良い展開は考えないでおくべきか。とにもかくにも、下から挑発を続けて出来るだけ魔法を使わせ、消耗を誘うことにしよう。
「ウル!」
待ち望んだ声が聞こえたのは、それから十分くらい後のことだった。




