北の森
「北の森が見えてきたわ!」
ニルエットからキャンピングカーで北上し続けるとこと五時間ほど。
俺たちは月光草が自生するという北の森へたどり着いた。
「さすがはトールのキャンピングカーね! 到着するのが早いわ!」
通常ならここまでやってくるのに二日はかかるそうだが、キャンピングカーのスピードをもってすればあっという間だ。
「森の中はこのまま進めそうか?」
「少し迂回すれば、中ほどまでは進めるはずよ」
助手席に座っているエスリナが教えてくれる。
過去にこの森で探索をしたことがあるだけあって、大まかな地形が頭に入っているらしい。
「道を教えてもらえるか?」
「任せて」
迂回することになるが、北の森は広いのでキャンピングカーで進んだ方が距離を短縮できる。そんなわけでエスリナの指示に従って俺はキャンピングカーを走らせる。
森の外側を迂回し、大きな道幅が残っている道から中へと入っていく。
「進めるのはこの辺りまでかしら?」
「ああ、ここから先は木々も多くなるし、甲蟲の生息区域だからな。歩いて向かった方がいいぜ」
エスリナが呟くと、リックが後ろから同意の言葉を投げかけてくる。
どうやらキャンピングカーで進めるのはここまでのようだ。
「トール、ここからは歩いて進もう」
「わかった」
パーティーのリーダーであるフランツの指示に従い、俺はシートベルトを外して運転席から降りた。
ここがただの森であれば、身体をほぐして深呼吸の一つでも入れるところだが、ここは魔物の住まう場所だ。
全員が荷物を手にして外に出たことを確認すると、俺は速やかにキャンピングカーを収納した。
「よかったら荷物は俺が預かろうか? アイテムボックスがあるんだ」
荷運びの依頼を繰り返して受けたことによって、俺がアイテムボックス持ちであることは周知の事実となった。フランツたちに隠す意味はない。
「そうかい? じゃあ、最低限だけ残して他は頼むよ」
一か所にすべての荷物を預けたりすると、はぐれたりした場合にリスクがデカい。
そんなわけで戦闘の邪魔になる荷物だけを預かり、アイテムボックスに収納することにした。
俺が収納を終える頃にはフランツたちは既にフォーメンションを築いており、周囲の気配を探っている。
「エンジンの音につられて魔物がやってくる様子はないの」
「周囲にそれらしい気配もない。この辺りはまだ安全だ」
ドルムンドが盾を構えながらキョロキョロと視線を動かし、リックが足元の地面や樹木を触って形跡を確かめた。
甲蟲とやらの縄張りの近くのようだが、まだここは安全のようだ。
安全性が確保されたところで俺たちは一か所に集まった。
「ここから北にある月光草の群生地に向かう。下見して群生地に問題ないことを確認したら、近くでキャンピングカーを拠点として夜になるのを待つ。そんな段取りで行こうと思う」
フランツが落ち着いた声音で段取りを話してくれる。
移動中に動き方は話し合っているが、こういった冒険に慣れていない俺のために改めて言い聞かせているのだろう。
異論はないので黙ってそれに頷いておく。
「リックとドルムンドが前衛で俺は中衛。トールはエスリナと一緒の後衛でいいかな?」
「わかった」
俺は戦闘力に関しては皆無だからな。大人しくフランツたちの指示に従っておくのがいいだろう。
「いざという時は戦闘中にキャンピングカーを召喚しても問題ないか? もしもの時は結界を展開して引き籠ることができる」
「それは心強いね。もしもの時はよろしく頼むよ!」
キャンピングカーに逃げ込めば安全は確保されたようなものだ。なにせハクの一撃にすら耐えうる結界だ。並の魔物の攻撃では破ることはできない。
キャンピングカーで籠城すれば魔物も諦めてくれるかもしれないし、仮に囲まれていても息を整えたり、魔力を回復させたりと態勢を整えることができる。
CPを大幅に消費することになるが車体強化をして、キャンピングカーで突っ切ることもできるし奥の手としてあるだけで安心だ。
「まあ、そうならぬようにするのがワシら前衛の務めじゃがな」
「魔物が近づいてくる前に私の魔法で一掃してあげるわ!」
「ここまで快適に送ってもらった分、トールの手を煩わせねえようにしねえと」
冒険者としての矜持があるのだろう。
ドルムンド、エスリナ、リックが口々に頼もしいことを言ってくれる。
はじめて出会った時も仲間を見捨てることなく、助けを求めてきた人たちだ。
裏切るようなことは早々ないだろう。
「我は好きにさせてもらうぞ?」
「ハクさんはトールの従魔だからね。トールを守ることを最優先にしてもらえばいいよ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
フランツの言葉にハクが鼻を鳴らしながら答えた。
「ハク、俺から離れるんじゃないぞ?」
「頼り甲斐のある台詞のように思えるが、実際は非常に情けない台詞だな」
エスリナたちがクスクスと笑っているが決して冗談なんじゃない。
俺はキャンピングカーを召喚できるだけの一般人なのでちゃんと守ってもらわないと困る。
「じゃあ、行こうか」
フランツが手を叩くと、他のメンバーは顔を引き締めて歩き出した。
少しひんやりとした空気が肌を撫でる。
周囲にある木々はとても高く、空へ向かって真っ直ぐに伸びている。
針葉樹っぽい見た目だ。
「ただの枝が気になるのか?」
歩きながら地面に落ちている枝を拾い上げると、ハクが尋ねてくる。
しまった。キャンパーの性として、つい手頃な薪を拾ってしまった。
「針葉樹って、薪にすると火がつきやすいんだよ」
「へー、なんでなの?」
エスリナが尋ねてくる。
前衛組は周囲を警戒する必要があるからか振り返ることはないが、興味はあるのか意識の一部はこちらに向けている気がした。
「針葉樹は細胞に空気や樹脂を多く含んでいるから、炎が大きく燃え上がるんだ。その代わりに燃焼時間が短くて燃え尽きるのも早い」
「やけに燃え尽きるのが早いのは、針葉樹だったのかもしれないわね」
「それか樹脂量が多い木だったんだろう」
「逆に長く燃焼するものはどんなものなのかしら?」
「広葉樹だな。広葉樹は火がつきにくいけど、燃焼時間が長く、安定した火力を維持できるんだ」
「じゃあ、どっちがいいってわけじゃなくて、それぞれの目的に応じて使い分けるのがいいのね?」
「そういうことだな」
針葉樹の主な使い道は薪に火をつけたいのなら焚きつけ用や、消えかけの焚き火の火力を上げたい時、調理中に火を強めたい時などだ。
広葉樹の場合は焚き火を長時間楽しみたい時や、ガッツリと火を使った料理をしたい時、他には暖炉や薪ストーブとして使用する際などにオススメだ。
エスリナが言った通り、それぞれの用途に分けて使い分けるのがいいんだ。
「トールって常識に疎いのに妙に知識があるわよね。まるで、遠いところからやってきた人みたい」
「そ、そうかな」
エスリナの鋭い指摘に俺は冷や汗をかいてしまう。
唯一、事情を知っているハクは声に出すことはなかったが表情は笑っていた。
そんな彼に物申してやりたかったが、その表情は急に引き締まり耳をピンと立てた。
「敵襲だ!」
ハクの反応から二秒ほど遅れて、リックが鋭い声を上げた。
その声にパーティーメンバーはすぐに武器を構える。
皆の視線の先を見ると、一メートルほどのサイズをした何かが湧き出すようにやってきた。
「甲蟲だ!」
芋虫のような体をしており、その表面は緑色の甲殻で覆われている。
体の横から細く長い脚が伸びており、それを動かすことで俊敏な動きをしているようだ。
そんな魔物が何十体といる。前方の地面はほぼ甲蟲で埋め尽くされているといっていい。
「数が多い! エスリナ! 魔法の準備を頼む!」
フランツからの指示が飛ぶ前にエスリナは杖を掲げて魔法の詠唱に入っていた。
「俺たちは後衛に近づけないようにするぞ!」
「ああ!」
真っ先にリックが飛び出し、ベルトに差してあったナイフを投げつけた。
投擲されたナイフは吸い込まれるようにして甲蟲の額部分に突き刺さり、青い体液を撒き散らして横転した。
そんな仲間の死骸を踏み越えるようにして二体目の甲蟲が跳躍してリックに肉薄する。
しかし、それはドルムンドのシールドバッシュによって後方に弾き飛ばされた。
「はっ!」
迂回してきた甲蟲たちは、フランツが確実に剣で叩き潰す。
正面の敵はリックとドルムンドが主力となって退け、フランツは視野を広く保って指示を出しながら二人の取りこぼした魔物を確実に潰して、後衛であるエスリナに敵を近づけない。
ハクは意外にも戦闘には参加していな――と思ったけど、彼の周りには三体の甲蟲が切断されていた。別方向から近づこうとした甲蟲を尻尾で薙ぎ払ったらしい。
やがて、エスリナの魔法が完成し、フランツの合図によって前衛のリックとドルムンドが後退する。
「大地よ、杭となり、我が敵を貫け! 【土杭】!」
エスリナが杖で地面を叩くと、彼女の土魔法が甲蟲たちの足下に到達。
彼らの足下から大きな杭が突き上げ、十体以上が同時に貫かれて絶命した。
一瞬にして群れの半分以上が全滅したことにより、甲蟲たちの動きがわかりやすく鈍る。
感情の無い昆虫のように見えたが、恐怖という感情のようなものはあるらしい。
「追撃!」
動きの鈍った甲蟲たちに向かってリックが短剣を、ドルムンドが斧を手に追撃を加えていく。
「これが冒険者の戦いか……」
きっちりと各々がやるべきことをやっており、しっかりと連携が取れていた。
素人である俺から見ても、フランツたちは良いパーティーだとわかるな。
感動しながら戦闘を眺めていると、やがてすべての甲蟲が討伐された。
「どうだ? 前回は予期せぬ事態で怪我をするハメになったが、オレたちだってそれなりにやるんだ
ぞ?」
周囲に魔物がいないことを確認すると、リックがどこか得意げな顔でやってくる。
小さな背丈や童顔ということも相まって、近所の子供が己の成果を自慢してくるような可愛らしさだ。
「まあ、ハクさんには逆立ちしても敵わないけどね」
「違いない」
当の本人は呑気に毛繕いをしていた。
最強種であるハクにとっては、今くらいのものでは戦闘に入らないのかもしれない。
「甲蟲に使える素材はあるのか?」
「甲殻が防具として使えるよ」
死体となった甲蟲の甲殻を拳の裏で叩いてみると、硬い金属のような音が鳴った。
確かにこの強度なら肩鎧、胸当て、籠手、足甲などの防具に加工することができそうだな。
「でも、エスリナの魔法で半分以上は貫通してっから使い物にならねえな」
「仕方がないじゃない! あの数を相手にそこまで手加減する余裕なんてないんだから!」
エスリナの魔法で大半を殲滅できたものの、ほとんどの素材の価値は無と化していた。
冒険者稼業というのも世知辛いな。




