ダイネットソファーの真の姿
商人ギルドの倉庫に屋台を返却する。
「よう。今日は随分と儲けたみてえだな」
そのままロビーで返却手続きの書類を書いていると、オルランドが声をかけてきた。
「……売上の一部を寄越せってことでしょうか?」
「違う! うちのギルドはそんなマフィアみたいなことはしねえよ! 失礼な奴だな!」
「いや、そんな強面で話しかけられれば誤解もしますよ」
俺の突っ込みに返却手続きの書類を受け取った受付嬢が笑った。
しかし、一応は上司だからかすぐに笑みを引っ込めて、逃げるように奥へと引っ込んだ。
「ファイヤーライターズにサバイバルシートにステンレスの食器ねぇ……どれも見たことのねえ便利な物ばかりだ」
いつの間に購入したのか、オルランドの手には俺が屋台で販売したアウトドアグッズがあった。彼がやってくれば、間違いなく気付くので部下の職員に買わせたのだろう。
「白狼の言うお前さんにしか用意できねえ物っていうのは、こういう事なんだな?」
「…………」
商人ギルドのマスターだけあって、俺の用意した品物の特別製にはお気づきのようだ。
何かしらの伝手か固有スキルがあると思われているんだろうな。
「深く詮索はしねえが、白狼が付き従う理由の一端が理解できて、こっちも安心したぜ」
どう答ええればいいものか迷っていると、オルランドが安堵のため息を吐きながら言った。
「それはよかったです」
「商人ギルドに問い合わせが殺到したんだが、今後もこれらの商品は継続して販売するつもりなのか?」
「ええ。不定期で販売しようと思っています」
屋台販売をするのは楽しかったが、さすがに毎日はできない。
あくまでお金を手に入れるのは快適なキャンピングカー生活をおくるためだからな。
ショップで購入した商品を売るだけで生きていけるが、そんな一生を俺は求めていない。
「これらを商人ギルドに卸すつもりはねえか?」
「ありません。用意できる数に限りもありますし、ここにいつまで滞在するかも不明ですから」
ショップで一気に購入に、商人ギルドに卸してしまえば、俺は働くことなく収入を得ることができるが、今のところそこまで商売の手を広げるつもりはない。
するとしても、もう少し落ち着いてからがいい。
「そうか。なら国や領主様に献上する分としていくつか買い取らせてもらうことはできるか? 白狼だけでなく、主であるトールにも大きな価値があると理解すれば、従魔登録の件も通りやすくなるはずだ」
「なるほど。それならいいですよ」
ちょっとした便宜を図ってもらうためと考えれば、個別に少しだけ販売するくらい問題ない。ハクの力を利用したいので邪魔な主を殺してしまおうなんて思われたら嫌だしな。
「三枚で銅貨八枚です」
「本当にこの値段でいいのか? 好事家の貴族や商人に売れば、一枚で金貨何十枚の代物に化けるぞ?」
「アウトドアグッズに関しては市民や冒険者が購入しやすい値段にしたいので」
アウトドアグッズを売ると決めたのは、俺がキャンプ好きというのもあるが大きな理由は冒険者であるフランツたちから野営の不便さを聞いて着目したものである。
魔物のいる世界では皆で気軽にキャンプとはいかないが、外に出ることのできる冒険者には野営を快適に楽しんでもらいたいからな。
「……そこまでの意思があるなら好きにすればいい」
「ありがとうございます」
銀貨二枚と銅貨四枚を受け取り、俺は三枚セットのステンレス皿を三つオルランドに渡した。
「あ、ちなみに冒険者ギルドにも登録したいと思っているのですが……」
「冒険者ギルドにか!? おお、いいぞ! しろしろ! なんなら俺が一筆書いてやるか!」
「なんでそんなに嬉しそうなんです?」
二つのギルドに登録だなんて煙たがられそうなものであるが、オルランドは肩を組んでここぞとばかりに勧めてくる。
「商人ギルドだけでなく、冒険者ギルドからも白狼の従魔登録に関する陳情なら、国や領主も無碍にできねえだろうからな!」
ああ、なるほど。責任を二つのギルドで折半するとなると、商人ギルドマスターであるオルランドからすれば嬉しいことだろうな。
「それにお前たちが悪さをした際には大手を振って冒険者の力を借りられる」
「そんなことはしませんよ」
「とにかく、すぐに一筆書いてやるから待ってろ!」
オルランドは上機嫌に職員フロアに引っ込むと、すぐに冒険者ギルドの紹介状をしたためてくれるのであった。
●
オルランドから推薦状を貰ったが、商業ギルドを出る頃には空が茜色に染まっていたので今日のところは宿へと引き返すことにした。
「今日の屋台販売とやらで、どれぐらいのお金を稼ぐことができたのだ?」
宿に向かって歩いていると、隣を歩くハクが尋ねてくる。
「金貨十六枚分くらいだ」
「ほう! 我の仕留めた魔物素材には及ばないが、トールにしては中々の金額ではないか」
褒めるのかマウントを取るのかどっちかにしてほしい。
前世で計算すると、日当で約十六万円ということになる。
会社で働いているのが馬鹿らしくなる。
オルランドの口ぶりからして商人ギルドにかなりの問い合わせがいっているらしく、まだしばらくは収まる気配はない。
一か月続けて販売したら月収で金貨四百枚以上は稼げる。
「この調子ならアウトドアグッズに頼らず、もっと利益率の高そうな商品を売れば、もっと儲けることができそうだな」
「だが、そうしないのだろう?」
「まあな」
今のところは商売に本腰を入れるつもりはない。
それよりもキャンピングカーで世界のあちこちを回ってみたい気持ちの方が強いしな。
そんな風にハクと売り上げについての話をしていると、宿にたどり着いた。
宿の裏手に回ってキャンピングカーを召喚すると、扉を開けて車内へ。
奥にある常設ベッドに向かうのが面倒くさくなった俺はそのままダイネットソファーへとダイブした。
「疲れたぁ!」
ラウンジソファーで大人が寝転ぶのはやや狭い。
そんな時はダイネットテーブルの裏にあるレバーを引きながら上から押すと、テーブルを下げることができる。一番下まで下がったら特注のマットをテーブルの設置してやると、長さ百六十センチ、幅一メートルほどの簡易ベッドとなるのだ。
これなら思う存分に寛げる。
今日はなんだかんだと屋台でずっと立ちっぱなしだったので足がパンパンだ。
慣れない接客業をやったせいで精神的にも疲弊している。
そんな俺にハクは偉そうに言った。
「おい、トール。そろそろ夕食の時間であろう?」
「…………」
旦那や子供のために食事を用意している母親とは、こんな気持ちだったのだろう。
こんな疲れている時に部活終わりの息子や、仕事終わりの父親が飯を催促してくれば苛立つものだ。
しかし、ハクと従魔をする条件は俺が美味しい食事を用意することだ。
お前が作れなどとボイコットすることは許されない。
「ちょっと待ってくれ。今、何を作ろうか考えている。何か手間をかけずに美味しくできるものはないか……」
「肉だ。肉がいい。肉ならば焼くだけだぞ」
ハクは口を開けば、一言目に肉、二言目には肉だ。
夕食のリクエストを聞いてみても、まるで意味がない。
俺はハクのリクエストを右から左へと流した末に夕食を決めた。
「よし、鍋にしよう!」
これならば疲弊している今の俺でも何とかなる。
「それには肉が入っているのだろうな?」
「ちゃんと入れてやるから安心しろ」
肉、肉とうるさいハクを黙らせると、俺は手早く夕食の用意をする。
外にテーブルを展開すると、その上にガスコンロを設置。
今日は焚き火をする気力も無いのでお手軽に。
屋台の販売で売れ残ったステンレス製のツル付き鍋を用意する。
耐久性が高く、直火での使用にも耐えられる設計だ。
天然木の風合いの蓋が付属してあり、実に温かみのある見た目だ。
鍋のサイズは三十センチ。大人数向けのサイズで満水容量は六リットル。グループキャンプや友人同士でのキャンプでも大活躍するキャンプギアである。
白菜、えのきといった野菜を包丁でカットすると、鍋にそのまま入れてしまう。さらにショップで追加購入した豚肉、タラ、豆腐、牡蠣といったお好みの具材を追加すると、キムチ鍋の素を垂らして水を入れる。
あとはガスコンロに火をつけて蓋をし、しっかりと火が通るまで待てばいい。
グツグツとしてきたら蓋を取り外す。湯気がぼわっと周囲に漂った。
「なにやら随分といい香りだな!」
キムチ特有の刺激的な香りがお気に召したのか、ハクが期待するように顔を寄せてくる。
「おお、血液のスープか?」
「キムチだよ」
怖いことを言わないでくれ。そんなスープは飲みたくない。
つまみを操作し、少しだけ火を弱めると、白ネギとニラを載せてやる。
これらは最後に載せることでシャキッとした食感が楽しめるのだ。
そのまま三十秒ほど加熱し、ニラの上にゴマを散らす。
「完成! キムチ鍋だ!」
調理時間は僅か二十分。具材をカットして鍋にぶち込むだけなので実に簡単だった。
鍋の中では鮮やかな赤いスープが沸き立ち、その中で具材が煮え、香ばしい匂いを漂わせていた。
白く柔らかな豆腐が浮かび、その色をほんのりと赤に染めている。
スープの表面には豚肉や野菜から溶け出した旨みが反射し、キラリと光っていた。
具材を取り分けてやると、ハクは先に勢いよく食べ始めた。
「この赤いスープはピリッとした辛さがあって美味いな! 程よい酸味もあって食が進む!」
「それはよかった」
ハクが夢中になって食べているのを横目に俺もキムチ鍋をいただく。
「うん、美味いな」
最初にピリッとした辛さが走り、次に深いコクと旨みが追いかけるようにしてやってきた。
ほんのりとしたキムチの酸味がいい。
「豚肉はもちろん美味しいが、牡蠣の旨みがいい」
加熱することによって旨みがギュッと凝縮されており、スープ全体にコクを与えてくれているようだっ
た。
しかし、タラだって負けてはいない。淡泊な味わいをしているがスープの辛さを引き立てつつ、食材の旨みを引き立てていた。
白菜はくたくたに煮えており、スープの旨みをたっぷりと吸い込んでいた。
白ネギとニラはシャキッとしており、食感としていいアクセントになっている。
「お代わり」
「はいよ」
あっという間にハクが食べ終わったのでお代わりをよそってやる。
「キムチ鍋は気に入ったか?」
「ああ! これなら何杯でもいけそうだ!」
「それだけ気に入ったのなら豚肉のキムチ炒めとかもいけそうだな」
お代わりを渡すと、ハクはそれに目もくれず真顔になった。
「それは絶対に美味い。今すぐに作れ」
「いや、今日はもう疲れているんだ。勘弁してくれ」
小一時間ほどそんな会話を繰り返し、明日の朝食に作るということで許してもらえた。
これからは食事中に思いついても迂闊に言葉にしないようにしよう。
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