労働には正当な対価を
ファイヤーライターズ、ステンレスの食器といった主力商品の在庫が尽きたところで俺たちは販売を切り上げることにした。
押し寄せてくるお客のほとんどはそれらを目当てにしている人がほとんどだったし、どこかで切り上げないとキリがなかったからだ。
「ふう! なんとか捌き切ることができたわね!」
こちらに想像を越える盛況ぶりだった。
ファイヤーライターズの次にステンレスの食器が人気で、その次にすべり止めの軍手だ。
俺のイチオシであるサバイバルシートは売れ行きがイマイチだった。
きっと他の商品に比べて効果がわかりづらいからだろう。
こればっかりは実際に使ってもらえないと良さを実感することができないからな。
サバイバルシートほどでないが、折りたたみテーブルとチェアは冒険者への売れ行きは微妙だった。
かなり軽量化されており持ち運びもしやすいのだが、やはり冒険に向かう際は荷物を少しでも減らしたいのだろう。便利そうだがテーブルやチェアなどは持っていく余裕がないと言われた。
確かに俺みたいにキャンピングカーがあったり、キャンプをするのが目的ならともかく、冒険をしに外に行くのであれば、荷物は厳選することになるので仕方がないだろう。
逆に旅に快適性を求める貴族や商人などを対象とすれば、売れるのかもしれない。
「それにしても、エスリナのお陰で助かったよ」
「気にしないで。私も手伝っていて楽しかったから」
「フランツたちも列の整理をしてくれて、ありがとう」
「あれくらいは大したことはないさ」
「店員になった気分で楽しかったからのお」
「金勘定をするのは好きだしな」
武具屋での用事を終えて合流してきたフランツとドルムンドは屋台に並んでいる列の整理をしてくれ、リックは細かいお釣りの用意や、精算周りを手伝ってくれた。
お陰でとても助かったものだ。
「こういった時の日当ってどれくらいが相場なんだ?」
「一日、屋台の手伝いをして銀貨一枚くらいね」
相場がわからず、素直に尋ねるとエスリナが教えてくれた。
どうやら冒険者の雑用依頼として、こういった屋台の一日店主や売り子の仕事があるらしい。護衛を兼ねていたり、冒険者の武名なんかによって値段は変化するが、大体は銀貨一枚がベースのようだ。
「じゃあ、皆に銀貨一枚を渡せばいいかな?」
「私が手伝ったのも三時間程度だし、他の三人も短時間での作業だからその半分くらいでいいわよ?」
「それにトールはオレの命の恩人だしな。こんな少しのお手伝いじゃ金はいらねえよ」
「いや、それとこれとは話が別だ。ちゃんと正当な対価として支払いたい」
リックを助けた時に渡したローレシアの花の代金も貰っている。
キャンピングカーでの送迎代金に関しては、ニルエットの情報などで貰っていたので既に貸し借りは無しだ。
それにフランツたちは元々休日だった。
急に働いてもらったとあれば、何かしらの手当てを出すのは当然であろう。
「トールは律儀だね」
「友人だからこそ、お金関係はキッチリとしていたいんだ」
俺が譲るつもりが無いと理解したのか、フランツたちが苦笑した。
「それじゃあ、お礼を受け取るわ。でも、受け取るのはお金じゃなくてトールの売っていたアウトドアグッズでもいい?」
「今日の商品を?」
「ええ! 売っていて私も普通に欲しいと思っていたのよね!」
「オレもそれは思った!」
「それなら好きな商品を進呈するよ。でも、折りたたみテーブルやチェアはちょっと値が張るから勘弁してくれ」
「やった!」
その二点については金貨数枚の値段となっているので日当として渡すと赤字だが、それら以外のものを日当分渡すことについては何も問題はない。
フランツたちが嬉しそうな顔でアウトドアグッズを確認し出す。
「ねえ、ファイヤーライターズはさすがにもう売り切れて無いわよね?」
そんな中、エスリナがおずおずと尋ねてくる。
魔力も使用せず、即座に炎を起こせるファイヤーライターズは冒険者にとって垂涎の商品なのだろう。
「特別に残してありますよ」
「本当!?」
俺は屋台や在庫商品の入っていた木箱を遮蔽として、こっそりとアイテムボックスからファイヤーライターズを五個ほど取り出した。
「わあ! ありがとう! 二個貰ってもいい?」
「ええ、いいですよ」
銅貨二枚ほどはみ出すが、エスリナの活躍ぶりには大いに助けられたのでオマケだ。
「俺も一つ貰うよ」
「オレはサバイバルシートってやつとすべり止めつき軍手を貰ってもいいか?」
フランツがファイヤーライターズを一個手にする中、リックはサバイバルシートとすべり止め軍手を手にしていた。
「お目が高いね。実はファイヤーライターズの次にオススメなのはサバイバルシートなんだ。サバイバルシートには断熱性があるから身体をシートで包むことで熱がこもり、寒い環境下でも体温の低下を防ぐことができる。風も通さないし、水も弾くから雨具の代わりもなるよ」
「マジか! これだけコンパクトに折りたためるのにすげえな!」
「もちろん、すべり止め軍手もオススメだ。手の平や指の部分にゴムがついているから滑りやすい工具や部品、荷物なんかも掴みやすいんだ」
「ああ、それに俺は斥候をやるからよ。木の枝を掴んだり、ぶら下がって魔物をやり過ごしたりすることもある。そういう時にすげえ、役に立ちそうだ」
俺はグリップ力の向上に目をつけていたが、リックは斥候ならではの安全性の向上に目をつけたらしい。確かにそういった悪環境の中ですべり止め軍手は輝いてくれそうだ。
「ワシはこのステンレスの食器が欲しい。未知の素材が気になるのもあるが、軽いのに丈夫で持ち運びしやすい食器というのが気に入った」
「三点セットになると超過になるので二枚までならいいですよ」
「ありがたい」
ドルムンドはステンレスの食器が気に入ったのか、大きめの皿と小さめの皿を大事そうに抱え込んだ。
「ねえ、トール」
「なんだい?」
「今貰ったのは日当分ってことで、残っているものを個人的に買ってもいい? 私もサバイバルシートとか欲しいなって思って」
「もちろんいいよ」
どうせこのまま持ち帰っても次に持ち越すか、予備としてアイテムボックスに収納されるだけだ。対価を支払って買ってくれるので何も問題はない。
「む! それならワシはステンレスの食器をすべて揃えたいぞ!」
「どうせなら全員で揃えようか。この食器にするだけで今の荷物は半分以下になりそうだ」
「地味に食器ってかさばるからな。オレも賛成だ」
ステンレス食器の耐久性、軽量性がかなり気に入ったらしく、フランツたちはすべてを揃えるつもりのようだ。
売り手として気に入ってくれるのは嬉しいが、ステンレスにもデメリットがあるのを教えておかないといけない。
「ステンレスは熱伝導性が高いから、熱い食べ物を入れると器が熱くなることがあるから注意してくれ」
「ねつでんどうせい?」
「火が伝わりやすいってことだよ」
「なるほど」
まあ、今回販売しているのは薄い皿ばかりなので熱々のスープを入れるようなことはないだろう。
「他には金属製の食器と合わせると傷がつきやすいこと、指紋や水垢、油汚れが目立ちやすくいことにも注意してくれ」
「それらに関してはどの食器も同じようなものだし、特に問題はないね」
他にも電子レンジは使用不可だとか注意点はあるが、こっちの世界にそういった家電は無いようだしな。他の注意点は個人差もあることだし、フランツたちは特に気にしていないようだった。
「洗い方はどうすればいい?」
「柔らかいスポンジで洗うのがいい。研磨剤入りやタワシなんかでゴシゴシと洗うのは避けてくれ。表面に傷がついてコーティングが剥がれる」
「その程度なら、大した手間じゃねえな」
しっかりと尋ねるのはリックがパーティー内でそういった細かな管理を引き受けているからなんだろうな。
いけない、いけない。
つい身長が小さくて童顔気味なせいか、ついリックを子供扱いしてしそうになってしまう。
一度目は知らなかったから許してもらえたけど、理解した上でやったらへそを曲げられてしまいそうだ。
「ありがとう。トールのお陰ですごく充実したわ!」
「次の冒険に向かうのが楽しみだよ」
「このステンレスの皿で早く食事がしてみたいものじゃ」
「まあ、装備の修理が終わるまで仕事はできねえんだけどな」
アウトドアグッズを手に抱えて、エスリナ、フランツ、ドルムンドが嬉しそうに語る中、リックの一言で残念そうな表情になった。
そういえば、前回の依頼で装備を損傷したから、目の前に武具屋にやってきたんだもんな。
「いくら冒険者とはいえ、装備無しで冒険に出るのはリスクが高そうだしな。じゃあ、しばらくはお休みなのか?」
「いや、安全な依頼でぼちぼちと稼ぐよ」
尋ねると、フランツがゆっくりと首を横に振った。
「少しくらい休んでもいいんじゃないか?」
「ローラシアの青花に、武具の修理代、消耗した道具の補充、トールからのアウトドアグッズの購入……オレたちのパーティーは金欠なんだ」
リックが指を折り曲げながらブツブツと出ていった金額を呟く。
た、確かそういった事情を考えると、ゆったり休んでいる暇はないのかもしれない。
冒険者という職業も大変だ。
「ちなみに安全依頼ってどんなものがあるんだ?」
「遠出しない採取依頼かな。後は街中での荷運びや、掃除、今日のようなお店の手伝いなんかもあるよ」
「へえ、討伐依頼以外にもたくさんの依頼があるんだな」
「キャンピングカーがあるんだし、トールも冒険者ギルドに登録して依頼を受けてみたら?」
「確かに! トールのキャンピングカーがあれば、半日以上かかる距離でもあっという間だもんな! いくつもの依頼を受けて荒稼ぎとかできそうだぜ!」
「確かにそれは魅力的だけど、俺はもう商業ギルドに登録しているんだが……」
「別に冒険者ギルドと併用して登録することはできるわよ?」
「まあ、冒険者として活躍しつつ、商売ができるやつは稀だから数は少ないけどな」
だとしたら、エスリナとリックが勧めてくれたように冒険者ギルドにも登録して働くというのはアリなのかもしれない。
俺のキャンピングカーがあれば荷運びだって楽々だし、街の外での採取依頼だって楽勝だ。キャンプをしながら目的の素材を採取する。
ちょっとしたレクリエーションとして楽しめるし、キャンプをしながらお金を稼ぐことだってできる。最高じゃないか。
「へー、だったら冒険者ギルドにも登録してみようかな」
「なんなら今から冒険者ギルドに顔を出すか? ついてってやるぜ?」
休日なのにそこまで俺の面倒を見てくれるなんて、なんていい奴らなんだ。
「ありがとう。でも、商人ギルドのマスターに伺いを立ててからにしておくよ」
「あ、確かにそれもそうだな。トールの場合は従魔の件があるし」
「ギルドに登録できたら冒険者について色々と教えてくれると助かる」
「ああ、その時は任せてくれ」
今日のところはここらで解散し、俺は屋台を返却するために商人ギルドに戻るのであった。
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