アウトドアグッズの販売
「お金を稼ごうと思う」
「魔物もロクに狩ることのできぬというのに、どのようにして金を稼ぐというのだ?」
朝食を終えるなり言うと、ハクが胡乱げな視線を向けてきた。
この狼さんはお金を稼ぐ手段が狩りしかないと思っているらしい。
「魔物を狩るだけがお金を稼ぐための手段じゃない」
「では、何をするのだ?」
「商売だ」
「……料理を売るのか?」
「それもアリだけど、今回は簡単に物を売ろうと思う」
料理を販売するのはアリだけど準備に時間がかかりそうなので、今回は手っ取り早く物を売って儲けたい。
「ショップで購入したものをこちらで売るのか?」
「そう。具体的には冒険者向けのアウトドアグッズをね」
俺は亜空間からアウトドアグッズを取り出してグランドシートの上に並べた。
「わかりやすいものだとマッチとかかな」
「確か火をつける道具であったか? そんな物が売れるのか? 火など人間でも魔法で起こすことができるであろう?」
「その魔力を消耗するっていうのが問題なんだ。魔力が豊富なハクと違って、普通の人間にとって魔力は貴重なんだ。いつ戦闘になるかわからない依頼の途中なら魔力はできる限り温存したいって皆は思うもんなんだよ」
「ほう? 魔法も使えぬのに随分と語るではないか?」
「……俺じゃなくて、エスリナたちがそう言っていた」
自分のことのように言ってしまったが、語っていたのは冒険者であるエスリナだ。
先日の依頼では魔力切れのために回復魔法が使えず、危うく仲間のリックが命を落とすかもしれない状況になった。だからこそ、魔法使いにとって魔力を温存することはとても大事なのだと教えてくれた。
「他にも野営に便利なサバイバルシート、ステンレスの食器、折りたたみテーブル、チェア、着火剤、すべり止めつき軍手なんかを考えている」
「もっと便利そうなコンロ、ガスバーナー、ランタンなどは売らないのか?」
「それも一瞬考えたけど、あれはガスや電気をエネルギーにしているからこっちの人が継続して使うのは難しいんだ」
ガスコンロなどはエネルギーとなるガスが補充できなければ意味はない。
俺はショップがあるのでガスが切れてもガス缶を買えば、すぐに補充して使うことができるが、異世界の人は補充することができないので商品として成り立たない。
俺がドンと店舗を構えて、ずっとガスコンロやガス缶を販売し続けるのであれば、俺が生きている間は成り立つだろうが、ニルエットに永住して商売を続けるつもりはないからな。
「そんなわけで、ショップで購入したアウトドアグッズを冒険者向けに販売したい。ちょっと、やってみていいか?」
「うむ、賛成だ。CPを増やせる手段が増えるのであれば、それに越したことはないからな」
ハクの了承も得られたので俺はアウトドアグッズ販売のために動き出すことにした。
キャンプ道具を片付け、キャンピングカーを収納すると、俺たちはそのまま商業ギルドに向かう。
「こんにちは、トールさん。本日はどうされましたか?」
商業ギルドのカウンターに向かうと、昨日とは別の受付嬢が見事な営業スマイルを浮かべてくれた。
「あれ? どうして俺の名前を?」
「従魔を連れていらっしゃる行商人は滅多にいらっしゃいませんし、初日からギルドマスターに連行される方なんて稀ですから」
疑問に思うと、受付嬢が苦笑しながら答えてくれた。
昨日の出来事を思い返すと、他の人たちの印象に残っているのも無理もないなと思った。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
「商業エリアでの販売手続きをお願いします」
Fランク商人は屋台や露店での販売が認められている。
ニルエットの場合は商業ギルドが指定したエリア内で自由に商売ができる仕組みだ。
主な販売エリアは先日俺たちが食事をした屋台街や商業エリアだ。
屋台街は飲食に関係するものがほとんどなのでアウトドアグッズを販売するには向いていない。そのため商業エリアで販売にしたい。
「かしこまりました。屋台形式と露店形式がございますが、どちらになさいますか?」
「屋台形式でお願いします」
ただ物を売るだけなら露店でもいいのだが、屋台であればそのまま移動できるので屋台形式を採用。露店よりも少し値は張るが、客の動きを見て自由に動きを変えられるのがいい。
それに屋台であれば、こっそりとアイテムボックスから道具を補充することもできるからな。
屋台は自前で用意するタイプと商人ギルドによる貸し屋台がある。
ショップで屋台を買うこともできるが、それなりにCPを消費することになるので貸し屋台にした。
レンタル料金は一日で銅貨五枚。
本当は銀貨一枚なのだが、ニルエットの商人ギルド登録をした者は半額になるという有難い支援がついていたので即決だ。
手続きを終えると、職員の案内に従ってギルドの裏手側にある倉庫に移動。
そこには縁日で見かけるような屋台がずらりと並んでおり、その中から道具を販売するのに便利なサイズの屋台を選んだ。
屋台を借りると、俺とハクはそのまま商業エリアへと向かう。
商業エリアは昨日と変わらない賑わいを見せていた。
「どこで商売をするのだ?」
「冒険者が多く集まりそうなところだな」
もちろん、屋台を出店できる場所は商業ギルドが指定した場所だと決まっている。
その中でも武具、ポーション、道具、魔道具などの冒険者向けの品物を販売している店舗がいいだろう。
「あそこの武具屋の近くなんて良さそうだな」
ふと目についたのは冒険者向けの武具屋だ。
ショーウィンドウの中には煌びやかな全身鎧や大きな剣が展示されており、張り付くようにして冒険者の姿もあった。奥からは金属を叩く音が響いてくるので、鍛冶師も常駐しており、その場で修理やオーダーメイド製作も請け負っているのかもしれない。
入り口から店内の様子を窺ってみると、まばらではあるが冒険者らしき客は入っているようだ。大人気のお店とはいえないが、それなりに集客力のある武具屋とみた。
商業ギルドの書類によると、ここの通りも販売可能エリアに指定されているので問題はない。
「よし、ここにしよう」
武具屋の対面側に屋台を設置する。
近隣に屋台や露店を展開している同業者もいないので挨拶周りはせずに準備を始めることにした。
綺麗な布を敷いて、その上にアイテムボックスから取り出したアウトドアグッズを並べる。
今回販売する品物はマッチ、サバイバルシート、ステンレスの食器、折りたたみテーブル、チェア、すべり止めつき軍手などだ。
折りたたみテーブルとチェアは屋台の上に乗らないので屋台の隣に展開した。
これで販売準備は完了だ。
いつでもお客を迎え入れることができる。
そのまま屋台で販売を開始すること一時間。
客は一人もやってこなかった。
「……さっきから一人も客がこないではないか」
「おかしいな。冒険者自体はちょくちょくと屋台の前を通っているんだけどな」
チラチラと好奇の視線を向けてくる人はいる。
だけど、屋台の前までやってきて商品を手に取るまではいっていない。
「……よし。なら、こっちから声をかけてみるか」
あと一押しが足りないというのであれば、こっちから動いてみるまでだ。
俺は目の前に通りかかった四人組の冒険者らしきパーティーに声をかける。
「そこの冒険者のお兄さん、よかったらうちの商品を見ていってくれませんか? 冒険者向けにいい商品を――って、フランツ?」
「おや? トールじゃないか!」
怪訝な声で名前を呼んでみると、先頭にいるフランツが驚きの表情を浮かべていた。
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