アイテムボックスの機能拡張
昼食を済ませた俺たちは屋台街を抜けた先にある商業区に足を踏み入れた。
冒険者向けの道具や書店、武具屋、レストラン、衣服と種類も様々であり、立派な店が並んでいた。道端には露店もあり、行商にしてはいい品物を扱っているようだった。
ここにやってくれば欲しいものは揃いそうだな。
俺は露店に売り出されている品物をチェックし、スマホに名前と値段を入力していく。
「……トールよ。さっきから何をやっているのだ?」
露店や店舗をうろつき、そんなことを何度も繰り返しているとハクが胡乱げな声で聞いてくる。
「商品の名前と値段をメモしているんだ」
「そんなことをして何になるんだ?」
「きちんとした市場の価値を知るためさ。せっかくハクが魔物を仕留めてくれても、その素材を買い叩かれてしまったら意味がないだろう?」
先程、オルランドに注意されたこともあり、俺は早速とニルエットでの相場感を調べているのである。
すぐにすべての相場を把握できるわけではないが、こういった地道な活動が商人としての一歩なのだと信じている。
それにしても異世界だけあって食材も不思議なものが多いな。
青果を売っている露店では木箱にリンゴっぽいものが積んである。
形や色合いはリンゴなのだが、その表面には口がついており、だらしなく舌が垂れていた。
アプールという果実らしいが、これ美味しいのか?
銅貨一枚で試しに買って食べてみると、酸味は少し強かったが味わいはリンゴのようだった。
気になる口のついている表面であるが、そこには芯があって食べられないらしい。
そちら側だけを残して食べるようだ。
奇妙な果物である。
気になる食べ物があればハクと一緒につまみ食いをしたり、店主から話を聞いて情報を仕入れる。そんなことを小一時間ほど行ったところで俺は市場調査を切り上げることにした。
「そろそろ宿に向かうか」
あと三時間もすれば、夕方になって依頼帰りの冒険者や仕事帰りの市民でごった返すことになるだろう。閉門ギリギリに入ってくる旅人や行商人もいるとのことで早めに宿にチェックインした方がいい。
宿については商人ギルドと提携しているところをオルランドから教えてもらっている。
もちろん、従魔も泊まれるだけのスペースがあるところだ。
オルランドの描いてくれた地図に従って進んでいくと、商業エリアからやや離れたところに木造の建物があった。
あそこがオルランドの教えてくれた宿らしい。
やや中心地から離れた位置にあるのは従魔が泊まることを配慮した形だろう。
住宅街から離れており、やや物寂しい雰囲気ではあるが敷地はとても広い。
ここならハクが歩き回れるだろうし、敷地内で食事を作っても怒られることはなさそうだ。
宿に入るなり俺はカウンターに向かう。
「従魔がいるのですが、部屋は空いていますか?」
「空いてるよ。一泊銀貨一枚と銅貨五枚だ。ただ、従魔は外の小屋に泊ってもらうことになるが問題ないか?」
「先に小屋を拝見しても?」
「ああ、好きに見てくれ」
一度、外に出ると、俺たちは主人の指し示した宿の裏手に向かった。
きちんと壁があり、個室にはなっているようだがほとんど厩舎だな。
「ここが我の泊まる部屋なのか?」
「そうみたいだな」
「……狭いな」
「この街だとここ以上に広い場所は無いらしい。悪いがここで我慢してくれ。その代わり、夕食は美味しいものを作るから」
厩舎内の天井や壁はそれほど汚れておらず、地面に敷かれている藁も比較的綺麗だ。
街の宿ということや従魔と一緒ということを考えても宿泊費用は高めであるが、それなりに清潔感には気を遣っているらしい。
「わかった。ならばここで我慢してやろう」
ハクが空いている部屋に入ろうとすると、隣の部屋にいる黒い豹が睨みつけてきた。
鑑定してみると、ブラックパルドと名前が表示された。
ブラックパルドは背中から針を生やし、獰猛な唸り声を上げて威嚇する。
それに対してハクがチラリと一瞥すると、ブラックパルドは格の違いを悟ったのか、一瞬で背中の針を引っ込めて怯えるような声を上げた。
隣人問題についても問題はなさそうなので俺は宿に戻って五日分の宿泊代を支払うことにした。
「あ、敷地に馬車を入れたり、自炊しても問題ないですかね?」
「火の処理さえ、きちんとしてくれりゃ構わねえよ」
「ありがとうございます」
よし、宿の主人から言質が取れた。
これで敷地内にキャンピングカーを召喚しても大丈夫だな。
名簿に名前を書き、鍵を貰って二階の一番奥にある部屋に入った。
リュックをテーブルの上に置いて、少しだけ寝転がってみる。
「……キャンピングカーのベッドの方がいいな」
うちのベッドにはウッドスプリングとクッション性に優れたマットが採用されている。
マットには耐圧分散機能のあるオリジナルプリフィルウレタンを使用している。
そこらのベッドでは敵うはずもない。この世界の文明レベルからすると、ヘタをすれば貴族よりも寝心地のいいベッドで眠っている可能性もあるな。
高級宿やオーダーメイドでもしない限り、満足のいくベッドだと思うことはないだろう。
やれやれ。キャンピングカーの性能がいいというのも考え物だな。
●
小一時間ほど部屋で休憩した俺は宿の外に出ることにした。
あんまりダラダラしていると外に出るのが面倒になるし、暗くなってから料理の準備をすると設営が不便だからな。
「車両召喚」
固有スキルを発動させると、目の前にキャンピングカーが出現した。
「とりあえず、手に入れた金貨をアイテムボックスに収納するか」
商人ギルドで入手し、屋台での昼食、露店での調査、宿代を差し引くと、残った金額は金貨五十八枚ほど。これでも十分な大金だ。
ずっと持ち歩いているのはさすがに怖いので二十枚ほどはアイテムボックスに収納しておくことにした。
革袋の中身が軽くなると、少しだけ肩の重荷が降りたような気がした。
「車が無くてもアイテムボックスが使えれば便利なんだけどなぁ」
「できぬのか?」
ため息をついていると、厩舎から出てきたハクがそんなことを言ってくる。
「キャンピングカーの近くだったら持ち運ぶことはできるんだけど、それ以上まで運ぶことはできないんだ」
「できないとはどういうことだ? 非力なお前でも運ぶことくらい可能だろう?」
首を傾げるハクのために俺はアイテムボックスを抱えて外に出る。
キャンピングカーの周囲に置く分には問題ないが、そのまま遠くへと持ち運ぼうとすると突然手元からアイテムボックスが消失してしまった。
「なっ!? アイテムボックスはどこにいった!?」
「キャンピングカーの中だよ」
ハクと共にキャンピングカーに戻り、外部収納庫に戻ってみると、そこには俺が持ち運ぼうとしたアイテムボックスがあった。
「持ち運ぶことができないというのは、こういうことか……」
アイテムボックスを見つめながらハクが納得したように呟いた。
まあ、仮に運べたとしてもアイテムボックスはそれなりの大きさがあるので携帯することはできない。間違いなく両手がふさがってしまうし、街を歩いていて邪魔だ。
「せっかくアイテムボックスがあるのに街の買い物で使えないのは不便だな。料理とか食材とかたくさん買い込んでおきたいんだけど……」
「であれば、機能を拡張してみればどうだ? CPがあれば、キャンピングカーは成長するのであろう?」
「そうだな! アイテムボックスに関する機能を見てみよう!」
ハクにアドバイスに従い、俺は端末を操作して車体追加機能の中にある拡張リストを確認してみる。
【アイテムボックス機能の拡張……車外使用】
車両を召喚せずともアイテムボックスを使用することができる。使用者は召喚者のみ。
車両内にあるアイテムボックスと車外で使用するアイテムボックスは繋がっており、どちらからでも取
り出しが可能。
獲得するには1000000CPが必要。
「あった! アイテムボックスの車外使用! ……だけど、CPがめちゃくちゃ高い!」
「昼間にギルドで貰った魔石があったであろう? あれをCPに変換すれば、どうだ?」
「やってみよう」
商人ギルドで入手した金貨六十三枚ほどの価値のある無属性魔石。
大きな魔石が六つと、中くらいの魔石が一つ。
大きい方が金貨十枚分の価値があり、中くらいの方は金貨三枚分の価値なのだろう。
端末を操作し、魔石を押し当てると、CPへと変換されていく。
グングンと増えていくCPに感動しながら手に入れた七個の魔石をすべて変換した。
「一気に970000CPも増えて……1030000CPになった!」
「ならばやってしまえ」
「ああ!」
俺はその場でCPを捧げて車体機能の拡張をさせた。
俺の身体に変化はないが、アイテムボックスがどこでも使えるのだという感覚があった。
「ちょっと外で試してみよう」
キャンピングカーの近くで試しても意味がないので先ほどアイテムボックスが消失してしまった位置まで離れる。
「【アイテムボックス】」
そう告げると、何もない空間に亀裂が入り、黒い渦のゲートが現れた。
覗き込むと中は真っ暗だ。亜空間のようなものだろうか?
手を突っ込んでみる。
欲しいものをイメージすると、先ほど収納した二十枚の金貨を取り出すことができた。
取り出したものをそのまま亜空間に戻すと、何事もなく亜空間は閉じた。
特に魔力を消費した感じも倦怠感などもない。
発声せずとも亜空間は開くようなので、どこでも目立つことなくアイテムボックスを使うことができる。
「すごいぞ、ハク! 本当に外でも自由にアイテムボックスが使えるぞ!」
「これで街で手に入れた料理や食材を大量に保管しておけるのだな?」
「そういうことだ」
キャンピングカーまで荷物を運んでアイテムボックスに収納する。
そのひと手間が無くなるだけで大助かりだな。
「よし、問題点も解決したところで飯だな。今日は豪勢にしてくれるのであろう?」
「いや、それは無理だ。機能を拡張したせいでCPがほとんどない」
ハクの表情から笑みがすぐさまに消え去った。
「……おい」
「いや、しょうがないだろう!? CPを使っちゃったんだし! ハクも遠慮なく使えって言ったじゃないか!」
後先考えていなかった俺も悪いかもしれないが、ハクにだって責任はある。
「…………」
そのことを指摘すると、わかりやすいくらいに不機嫌なオーラを出し始める。
厩舎にいるブラックパルドが怯えたような声を漏らす。
「わかったわかった。もう一度、商業ギルドに行って魔物の素材を売ってくるから不機嫌になるなって」
今からギルドに行って、魔石を手に入れてくるのは面倒だが、ハクにとって俺の作る料理は何よりも楽しみだっていうんだ。だったらそれに応えるのが主というものだろう。
「ならばいい。できるだけ急いでくれ」
豪勢な食事が約束されると、ハクはわかりやすく機嫌を直すのであった。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




