屋台料理
「ふう、ようやく終わった」
商人ギルドの外に出ると、俺はため息を吐きながら呟いた。
商人ギルドでのもろもろの登録手続きをしていたら、まさかのギルドマスターに連行されての個人面談、さらには素材の買い取り……などと色々と肩が凝るような出来事だったからな。
「トール、我は腹が減った」
身体をほぐしながら歩いていると、隣を歩いているハクが言った。
これからは正式に白狼として従魔登録をするので街中で喋ってもいいとオルランドに言われた。
言葉を操る魔物はかなり高位なので驚かれることはある。しかし、そういった従魔も連れている者も稀にいるらしいので、そこまで大騒ぎにはならないようだ。
「俺もだ。せっかく街にきたことだし、今日は屋台の料理でも味わってみるか」
「賛成だ」
今から手料理を作ろうにもキャンピングカーを召喚できる場所を探さないといけないからな。時間がかかるし、俺も商人ギルドの事務手続きで色々と疲れた。
お金もたくさん手に入ったことだし、昼食は手軽に外食としよう。
大通りから一つ外れた通りの両脇には屋台がずらりと並んでいた。
いわゆる屋台街というような場所だろう。
屋台街へと入ると、あちこちから食欲がそそる匂いが漂ってくる。
肉の串焼き、新鮮なサラダ、焼きたてのパン、肉と野菜を煮込んだスープ、ミートパイと様々な料理が提供されていた。
「何が食べたい?」
「肉だ」
うん、君はそう答えると思っていたよ。
さっきも酒場で肉を食べていたけど、あんなものじゃ小腹すら膨れていないんだろうな。
「あれが食べたい」
ハクの視線の先には、網の上に糸で縛られた骨付き肉があった。
「ブルーボアのクラウンローストだよ。一つどうだい?」
なるほど。ブルーボアの骨付きロース肉にシーズニングスパイスをすり込み、円形に糸で縛ることで王冠に見立てているのか。
大胆な料理であるがスパイスをすり込んで寝かせたり、炭でじっくりと時間をかけて焼き上げていることだろう。それ以外にも色々なタレを刷毛で塗り込みながら焼いているに違いない。俺もできるが手間をかけるとあまりやりたいと思えない料理だ。こういうものこそ外食で食べるに限る。
「では、それを丸ごと三つ――」
「五つだ」
「従魔が喋った!?」
「五つでお願いします。かなり大食らいなもので……」
「わ、わかりました」
普段は王冠の内のいくつかを千切って提供するのだろうな。
店主は酷く驚いていたが、俺の足元にいるハクを見て納得したような顔になった。
「お待たせしました。ブルーボアのクラウンロースト五つです」
程なくして木皿に熱々のクラウンローストがまるごと載せられて渡された。
俺は銀貨十枚を支払うと、近くに空いていたベンチに腰掛ける。
「少しだけ貰うよ」
「……ああ」
ちょっと返事に間があったけど、足りなければすぐ傍にある屋台で買い足せばいいと思ってくれたのだろう。
骨の部分を掴んで引っ張り上げると、あっさりと一本のチャップが千切れた。
「デカいな」
たった一本だけでも俺の顔の半分ほどの大きさがある。
それが一つのクラウンで十五本ほど。肉体労働者でも半分も食べられれば十分というようなボリュームだ。
「いただきます」
食前の挨拶をすると、俺はブルーボアの骨付き肉にかぶりついた。
肉の表面はカリッと焼き上がっており、噛み締めると肉汁とスパイスの風味が口の中で一気に広がった。
ブルーボアの肉自体は恐らく野性味が強いのだろうが、ガーリックパウダー、パプリカ、クミンなどの組み合わせたシーズニングスパイスのお陰でクセがかなり和らいでいた。
赤身はしっかりとしていて脂にも甘みがある。
骨の周りの肉は特に柔らかく、じっくりと焼き上げたことによって旨みが凝縮されているようだった。
「美味いな!」
「少しクセがあるが、ボリュームがあるのがいい」
かなり大きいため俺はチビチビと食べているが、ハクは骨ごと豪快にバリボリと食べていた。あっという間に一つの王冠が無くなり、もう一つの王冠が消えかけようとしていた。
俺もまだ食べられるが、クラウントーストは一本だけでもボリュームがあり過ぎるので別の料理を食べたい。できれば、少しあっさりとしたものがいい。
視線を彷徨わせていると、一つの屋台が目についた。
野菜と肉をライスペーパーのようなもので巻いた春巻きっぽいものだ。
野菜の具材はニラ、葉野菜、パプリカに少しの牛肉を巻いたものや、葉野菜に茹でた海老にチリソースのようなものを巻いたものもある。とてもいい。
「このサラダロールをそれぞれ一本ずつ――」
頼もうとしたところで後ろから強い視線を感じた。
振り返ると、ベンチで最後のクランローストを口にしているハクからだった。
きっと、ハクの分も頼めということだろう。
「いえ、それぞれ十五本ずつでお願いします」
「じゅ、十五本ですか!? わ、わかりました」
爆買いをする俺に驚く店主だが、先に料金を支払うとスムーズに準備をしてくれた。
大漁のサラダロールを積み上げて、ハクの元に戻る。
クラウンローストを食べた皿にサラダロールを一本ずつ取ると、後の塊はすべてハクへと渡した。
「薄い皮がもっちりとしていて美味いな」
薄皮の生地はもっちりとしており、ほんの少しの甘みを感じる。
本当にライスシートのような味だ。
「葉野菜と酸味のあるソースや焼いた肉との相性がバッチリだ」
こういうのだ。こういうあっさりしたものが食べたかったのだ。
ハクと食事をしていると、どうしても食べるものが偏ってしまう。
思いついた時だけでもいいから野菜はしっかりと食べないとな。
俺が二本のサラダロールを食べ終わる頃には、ハクはすべてのサラダロールを平らげていた。
「トールよ。次はあれとあれが食べたい」
俺はちょうどお腹が膨れたが、ハクはまだまだ食べられるらしい。
ミートパイ、ブルーボアのクラウンロースト、山盛り肉野菜炒め、肉野菜スープ……俺はハクが指し示した屋台の料理をひたすら購入していく。
特にブルーボアのクラウンロースを気に入ったハクは何度も追加で購入し、屋台の店主は昼間なのに在庫が尽きて店をたたむことになってしまった。
「ふむ、小腹は満たせたな」
そんなことを四回ほど繰り返すと、ようやくハクの食欲が収まった。
「あれだけ食べてまだ食べられるのか!?」
「当たり前だ」
なぜか誇らしげな表情で言ってくるハク。
昼食だけで金貨が三枚飛んでしまった。
一回の食費だけでと考えると、それなりの出費だ。
でも、魔物の素材を売ってギルドで稼ぐことができたのはハクのお陰だからな。
たとえ金貨が飛んでいこうとも彼が食べたいと思ったのなら食べさせてあげよう。
「屋台の料理はどうだった?」
「悪くはないが、お前が作った料理の方が美味いな」
「はは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
ハクはお世辞を言うような奴じゃない。
それがわかっているからこそ、俺は嬉しかった。
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