表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/44

ニルエットの冒険者


【結界に侵入しようとしている人間がいます】


 ハクが戻ってきたわけじゃない。


 そもそもハクは俺の従魔だし、結界内に自由に出入りできる許可をしている。このようなメッセージが届くことはない。


 だとすると、メッセージの通りに俺のキャンピングカーに近づこうとしている人間がいるというわけだ。


 おそるおそる車体から降りて外の様子を窺うと、四人組の男女が結界の外にいた。


 俺のキャンピングカーに近づこうとしているが、結界に阻まれておりパントマイム状態になっている。


「おい! そこのあんた!」


「あ、はい! なんです?」


 視線が合うなり茶髪の男性に話しかけられる。


 急に大声を出されたのでビックリしてしまった。


 ハクと初めて出会った時も思ったが、結界の外側から内側に話しかけても声は届くんだな。


「俺たちはニルエットを拠点としている冒険者の『暁の翼』というものだ!」


「魔物との戦闘で仲間が負傷しちゃったの! 対価なら支払うからポーションか薬を分けてもらえないかしら? お願い!」


「仲間の命の危機なんじゃ! 頼む!」


 茶髪の男性に背負われている少年を見ると、額や足から血を流していた。


 血をかなり流しているらしく顔がかなり青白いものになっている。


 物々しい装備に身を包んでいるので驚いたが冒険者というのであれば納得だ。


 俺に害意を持って接近したのではなく、どうやら助けを求めてやってきたようだ


「わ、わかった。少し待っていてくれ」


 慌てて車内に戻ると、俺はキャンプ用の救急セットや清潔な布、ぬるま湯を手にして冒険者たちのところに戻った。


「すまない。ポーションや薬は持っていない。医療品だけで何とかしてくれ」


「いや、医療品があるだけでも十分だ。助かる」


 結界の外にいる冒険者に救急セットを渡すと、彼らはシートを敷くとその上に少年を寝かせた。彼らは

ぬるま湯で傷口を流すと、清潔な布で拭っていく。


 俺はまったくの素人なので大怪我をした場合の処置がわからないが、彼らはとても慣れているようでテキパキと処置をし始めた。


「傷口が大きいな。縫合する必要があるぞ」


「エスリナ、回復魔法は使えないか?」


「ごめんなさい。さっきの戦いで魔力は使い切っちゃって……」


 茶髪の男性が尋ねると、金髪の女性が力なく首を横に振る。


 リポDを渡すか迷ったが、あれは体力の回復に効果があるわけで病気や怪我が治るわけじゃないからな。


「仕方がない。ワシたちで縫うしかない……」


 髭面の中年男性が決断を下そうとしたところで俺はおずおずと手を挙げた。


「あの、ローレシアの花ならあるんだが役に立ったりするか?」


「確かにローレシアの花には魔力を回復させる効果があるけど微量だわ。最低でも白以上の花じゃないと――って、青!?」


「ローレシアの花でも最高級のものじゃぞ!?」


「こ、これなら私の魔力もすぐに回復するけど……」


「金貨五枚の出費は痛手だけど、仲間の命には代えられないさ」


 ローレシアの花には魔力が含まれていて、魔力回復効果があるのは知っていたがそこまでの値段がするとは思っていなかった。


「それをくれ」


「どうぞ」


 茶髪の男性が金貨五枚を差し出すと、俺は青のローレシアの花を渡すことにした。


 なんだか人の弱みにつけこんでいるような気がするが、無性での施しをするのは良くないしキリがないとハクに窘められたしな。


 金髪の女性はローレシアの青の花を豪快に丸呑みにする。


 少し目を瞑っていた彼女はシートの上に寝転がった少年に杖を向けた。


「ヒール」


 杖の先から翡翠色の光が放出し、少年の身体を包み込む。


 すると、額と足にあった大きな傷口が逆再生するかのように閉じていった。


 光が収まる頃には怪我をしていた少年の表情は和らぎ、顔色も良くなっていた。


 どうやら命の危機は乗り越えたようだ。


 俺たちは揃うようにして安堵の息を漏らす。


 それがどこかおかしくて俺たちは顔を見合わせると笑った。



 ●



「本当にありがとう。なんとお礼を言ったらいいか」


「いや、仲間が無事なようでよかったよ」


 ホッと一息ついたところで冒険者たちが居住まいを正して立ち上がった。


「改めて自己紹介をさせてくれ。俺は暁の翼のリーダーをしているフランツだ」


「私は魔法使いのエスリナよ」


「ワシはタンクをしているドルムンドじゃ」


「そして、今横になっているのが斥候のリックだ」


「俺は透。旅人だ」


「「「トール?」」」


 三人の何ともいえない発音に微妙な表情になる。


「呼びづらいならトールでもいい」


「すまない。トールと呼ばせてもらおう」


 白狼であるハクだから発音しづらいだけかと思ったが、やはりこの世界の人にとって俺の名前は言いづらいようだ。もう面倒くさいからトールでいい。


「えっと、エスリナは耳が尖っているが、もしかしてエルフという種族なのか?」


「そうよ。エルフは初めて見る?」


 エスリナが左側の髪をかき上げて、耳を強調して見せてくれる。


「ああ、直接目にするのは初めてだ。本当に耳が長いんだな」


 オセロニア王国の城下町にいるのは人間がほとんどでエルフ族は少ししかいなかった。一度すれ違った程度なので、こうしてハッキリと目にして会話するのは初めてである。


 それにしても酒場の従業員から聞いていた通り、本当に顔立ちが整っているんだな。


「気持ちはわかるけど、そんなに熱い視線を向けないでくれる? 恥ずかしくなっちゃうから」


「すまない。つい見惚れてしまった」


「まあ、初めてなら仕方がないわね」


 素直に頭を下げると、エスリナもまんざらでもなさそうに前髪を手で払った。


「ワシは見ての通りドワーフじゃ。ワシにも熱い視線を向けてもいいんじゃぞ?」


「いや、それは無い」


 エスリナは美しい女性だからだ。むさ苦しいおっさんに見惚れるような男はほぼいない。


「ところでトールは馬車でニルエットに向かっているのか?」


「まあ、そうだよ」


 本当は馬車じゃないけど、フランツたちが求めているのは乗り物であるので素直に頷いておく。


「よかったら俺たちをニルエットまで乗せてくれないか?」


「代わりといってはなんだが道中の護衛はワシたちが行おう。それでどうじゃ?」


「ああー、実は従魔がいるから護衛はそれほど必要としていないんだ」


「従魔?」


「ああ、ちょうど戻ってきたみたいだ」


 フランツたちと話し込んでいると、ちょうど視界の彼方からこちらに向かって疾走してくるハクの姿が見えた。


「なんだあれは!? ホワイトウルフ!?」


「いや、それにしちゃデカいぞ!?」


「こ、こっちにくるわよ!」


 フランツ、ドルムンド、エスリナが慌てた声を上げながら武器を構える。


 マズい。武器を向けられたハクがフランツたちに何をするかわからない。


「大丈夫です! あれは俺の従魔なので!」


「トール、今戻ったぞ」


「ああ、お帰り」


「んん? 妙な人間共がいるな?」


「この人たちは冒険者さ」


 俺は順番にフランツたちをハクに紹介し、仲間の一人が怪我をしていたから助けてあげたことを説明した。


「……そうか」


 それを耳にしたハクは特に興味がなさそうに頷いた。


 俺以外への人間の興味は本当に薄いらしい。


「人間の言葉を喋るじゃと!?」


「も、もしかして、白狼なんじゃ……」


 ドルムンドが驚き、エスリナが慄きながら口にした。


「ああ、ハクの元の名前はそうだったな。やっぱり、有名なのか?」


「有名なんてものじゃないわよ! 最強種の魔物の一体よ!? 人間の言葉を操るほどに賢く、風よりも速い。無数の尾から放たれる斬撃は鋼鉄をも呆気なく切り裂く……ッ! その威容は世界的にも有名で国の紋章にもなっているわ!」


「そ、そうなんだ」


「そうなんだじゃないわよ! どうして従魔にしている本人が知らないのよ!」


 いや、だって俺ってば異世界から召喚されたばっかりだし、魔物のことなんてロクに知らなかったから。もっとも知っていたとして従魔契約を断っていたかと言うと、そうじゃないと思うけどね。


「我の強さが人間共の世界にまで轟いているのは悪い気はしないが、勝手に紋章とやらで使われているのは気に食わん。どこの国だ?」


「ひっ!」


 ハクが顔をずいっと近づけてエスリナに詰め寄る。


 最強種の魔物に圧をかけられたエスリナは表情を青白いものにしている。それがあまりにも可哀想だったので俺は間に割って入った。


「聞いてどうするつもりだよ?」


「その国の代表に誰に許可を貰ったのか問いただすまでだ」


「絶対にダメだ」


 ハクのことだから絶対に問いただすだけでは済まない。


 勝手に紋章として使用した罰として偉い人の城くらい壊してしまいそうだ。


「俺は平穏に旅をしたいんだ。国に喧嘩を売るようなことは無しだからな? わかったな?」


「…………」


 釘を刺すと、ハクは返事をせずにそっぽを向いた。


 言葉は聞こえているが、言う事を聞くつもりがないようだ。


「言う事を聞かないとご飯を作ってあげないぞ?」


「おい、それは卑怯だぞ!」


 食事を人質に取られると、さすがに無視もできないのかハクが慌てたように言う。


「返事は?」


「わ、わかった。我は器が大きいからな。勝手に紋章を使っていることくらいは見逃してやろう」


 ハクから言質を取ったところですぐ傍から「おおおお!」という感心の声が上がった。


「あの白狼に言う事を聞かせられるなんて! トールはすごいな!」


「本当に白狼の主なのね!」


「最強種の一角にあのような堂々たる物言いなど、ワシらには到底できんわい」


 フランツ、エスリナ、ドルムンドが手を叩きながらキラキラとした眼差しを向けてくる。


 今さら凄い魔物とか言われても俺にとってハクはちょっとワガママで食いしん坊な奴でしかない。今さら態度を変えるなんて無理な話だ。







【作者からのお願い】

『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。

また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。

本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まぁ、確かにグレーでスレスレ感はありますよねー、 連載中で、止まってるのもあるからなぁ どーしても、つまみ食い感を感じてしまいがち そんな印象を吹き飛ばす様な話をお願いしたいです 更新が早めなので楽…
個人的には、導入から今までの流れは、別にいいんでないかと思う。<そもそもたとえばライターなんかは読んだ時点ではどなたかわからんし(^_^;) 今までが、読者の興味を引く為の掴みやフックだと考えれば、…
冒険者の登場シーンは新鮮だったけど、ハクを相手に食事を人質に取る遣り取りが 完全にとんスキwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ