結界への反応
レノア湖で車中泊をした翌日。
朝食を済ませると、俺はカーナビで周辺の地図を確認していた。
「何をしているのだ?」
助手席に乗り込んできたハクがカーナビを覗き込む。
「これから運転するルートを確かめているんだ」
「ほう」
この世界には道路なんてものはないし、一度もキャンピングカーで通ったことのない場所だらけだからな。その時になって慌てるのは嫌なのでカーナビを使って、入念に距離や道幅などを把握しておくようにしているのだ。
「ここから一番近い街はどこなのだ?」
「エルニットっていう街さ」
ルルセナ村から場所で二週間ほどの距離だとルーグが言っていた。
カーナビによると、レノア湖からエルニットまでの直進距離は百五十キロ程度。
日本だと高速道路を使って二時間半、一般道で三時間から四時間という程度であるが、舗装もされていない異世界の地面じゃそんな都合よく進めるとは限らない。
現にエルニットに向かうには広く伸びた森を迂回する必要がある。
ルルセナ村からレノア湖までのように道なりに真っ直ぐ進めばいいというわけではなさそうだ。
移動に半日はかかると考えた方がいいだろう。
「撤収作業を済ませたら出発だ」
「わかった」
風避けにした石を元の場所に戻し、僅かに残った灰や薪は耐熱性のビニール袋に入れる。
手頃な枝で灰が目立たなくなるまで土を混ぜ合わせ、地面を均す。
灰と土がよく混ざったら地面が冷えているかを確認したら完了だ。
焚き火の後片付けは「来た時と同じ状態に戻すこと」を心がければいい。
自分の後に来る人や、お世話になった自然のことを考えて、最後までしっかりと後始末を行うのが大切なのだ。
焚き火の片付けが終わると、サイドオーニングを収納してしまう。
外に設置していたテーブル、チェア、ドックコットなどを折りたたみ、外部収納庫に入れると撤収作業は完了となる。
「ご苦労」
運転席に乗り込むと、後片付けをまったく手伝わなかったハクが雑な労いをかけてくる。
「……いいご身分だな」
「我が手伝おうとするとトールは怒るであろう?」
「それはハクの片付け方が雑だからだ」
一度、ハクに後片付けを手伝ってもらったことがあったが、それはもう雑だった。
折りたたみテーブルをたたまずに外部収納庫に放り込もうとするし、まったくスペースを考えず放り込む始末だったからな。
まあ、片付けも含めて俺が楽しんでいるから別にいいんだけどな。
「よし、エルニットに出発だ!」
エンジンを始動させると俺はアクセルを踏み込み、キャンピングカーを走らせるのだった。
●
レノア湖を出発してから三時間半。
当初の予想では三分の二くらい進めるかと思っていたが、カーナビで地図を見ると半分を過ぎた程度の進行だった。
その理由はここまでの道がほとんど悪路だったからだ。
地面がデコボコしているせいかスピードを出すと車が大きく跳ねてしまい、転倒する可能性があるのだ。
そのためにあまり速度は出さずに安全運転で進行中。
本当はもうちょっとスピードを出して爽快に走らせたいのだが、身の安全には変えられない。
ちなみに助手席にいるハクはあまりに低速運転のために早々に眠気がきて爆睡中だ。
退屈しのぎに会話でもできれば嬉しいのだが、助手席に寝転んでいる相方にそんな配慮はなかった。魔物なので仕方がない。
早くこのデコボコ道を抜けてくれないだろうかと思いながら三十分ほどキャンピングカーを走らせていると、遂に道が平坦になってきた。それと同時に前方に大きな森が広がり始める。
高い木々が隙間を埋め尽くすように立っている。まるで、樹木の壁だ。
カーナビによると、エルニット東大森林と表記されている。
「……さすがにここを進もうとは思えないな」
車体強化をすれば無理矢理突き進むことはできるが、大きくCPを消費することになりそうなのだ。大人しく迂回することにしよう。
大きな森の輪郭を沿うようにして俺はキャンピングカーを走らせる。
視界の右側には鬱蒼とした森があるが、左側は広々とした平原が広がっていた。
平原には森から流れ出ているのか小川がある。
あの辺りで休憩したら気持ちが良さそうだな。
「少し休憩するか」
ハンドルを切って野道から平原方面へと移動。
東大森林から少し距離をとりつつ、平坦な小川の近くにキャンピングカーを停めることにした。
「む? ようやく街に着いたか?」
キャンピングカーを停車させると、助手席のハクがふわあと欠伸を漏らしながら顔を上げた。実に呑気な従魔だ。
「いや、まだだよ。お昼ご飯も兼ねた休憩にしようと思ってな」
「おお、飯か! 我は腹が減ったぞ、トール」
「ただ寝ていただけなのに、そんなに腹が減るのか?」
「減る」
ハクが何故か堂々とした態度で告げる。
ハクほど元の体が大きいとカロリーの消費もすごいのかもしれないな。
どちらにせよ、そんなに誇らしげに言うことでもないと思うが。
エンジンを切って運転席から降りると、俺は両手を上げて伸びをする。
キャンピングカーの運転席とはいえ、三時間半も座りっぱなしだと身体が凝ってしまう。
血液の循環を良くするために意識的に周辺を歩き回ることにする。
視界には緑のカーペットが広がっており、その中央を小川が緩やかに蛇行しながら流れている。その水は透き通っており、陽光を受けてキラキラと輝いていた。
レノア湖のように大きな魚はいないが、小さな魚影らしきものはいるようだ。
風が吹くと草原全体が波打つように揺れる。
「はぁ、いい景色だ」
日本にもこんな綺麗な景色がもっとたくさんあればいいのに。
特に都会に。人口が過密気味になり、人の多い都会だからこそ、こういう自然豊かな場所は数多く必要だと俺は思った。
「トールよ。我は少し運動をしてくる。キャンピングカーの周囲から離れずに飯の支度をしていろ」
「はいはい。わかったよ」
キャンピングカーの方に戻ると、入れ違うようにしてハクが草原に走り出していった。
魔物の気配でも察知したのかもしれないな。
安全のためにもCPを獲得するためにも積極的に魔物を狩ってくれるのは大歓迎だ。
「さて、昼飯の準備をするか」
今回はキャンプではなく、休憩なので設営はテーブルとチェアといった最小限のものにする。あまり道具を出し過ぎると片付けが面倒になるし、出発に時間がかかってしまうからな。
アイテムボックスの中にはレノアマスがまだ残っていた。
ここに入れておけば腐ることはないけど、生ものなので気分的に早めに消費しておきたいな。残っているのは串焼きに適さない大振りのサイズのものばかり。
「切り身にして串焼きにするのも飽きたし、ここはホイル焼きにしよう」
ハクと一緒に肉料理、魚料理ばかりを食べていたので、ここ最近は野菜不足だった。
ここらでしっかりと栄養を補給しておこう。
ホイル焼きということなので今回はキャンピングカーのキッチンで調理をすることにする。
下処理を済ませておいたレノアマスを取り出すと、包丁で三枚おろしにする。
それから料理酒をかけ、冷蔵庫に五分ほど漬け込む。
レノアマスを寝かせている間にタマネギを繊維に沿って薄切りし、えのきは食べやすい大きさに手でほぐしてやる。
ネギを刻み終わる頃には五分が経過したので、冷蔵庫からレノアマスを取り出してキッチンペーパーで水気を拭き取る。
アルミホイルの真ん中にタマネギとえのきを敷いたら、その上にレノアマスの切り身を置く。さらに残りのタマネギとえのき、有塩バターを乗せるとアルミホイルで包む。
「あとはフライパンに水を入れて加熱するだけだけど、ハクの場合これ一つじゃ絶対に足りないからな」
お代わりを想定して多めに食材を仕込んでおこう。
アルミホイルに包んだ状態にしておけば、焼くだけで食べられるようになるし今後の食事の時短にもなるしな。
そんなわけで俺はショップで追加の食材を購入すると、ひたすらに具材を仕込んではアルミホイルに包んでいくことにする。
【結界に侵入しようとしている人間がいます】
「んん?」
夢中になって食材をアルミホイルで包んでいると、そのようなメッセージが表記された。
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