栄養ドリンクの効果
ルルセナ村で車中泊をした俺はモーニングコーヒーを飲んでいた。
温かな日差しを浴びながらのコーヒーが美味い。
眠っていた肉体だけでなく脳まで覚醒させてくれるようだ。
異世界でキャンプをするようになってすっかりと朝にコーヒーを飲むのが習慣になってきた。そろそろ豆も挽いてみたいので近々挑戦しよう。
コーヒーを飲んでいると、ハクがステップを降りてキャンピングカーから出てくる。
お尻を思いっきり突き出すようにして四つん這いになると、その場でブルブルと体を震わせた。
こうした仕草を見ると、完全に犬だな。
「おはよう、ハク」
「ああ」
ハクは朝に弱い。
まったく起きられないわけではないが早朝の内はボーッとしていたり、ウトウトと目を瞑っていることが多い。
「ハクって、夜行性なのか?」
「む? そういうわけではないが、ここ数百年は夜に活動することが多かったからな」
「な、なるほど」
さすがは高位の魔物。人間とは生きているスケールが違う。そんなにも長く夜の生活サイクルを送っていれば、朝の生活サイクルに慣れないのも仕方がないな。
「トールよ。今日はどうするのだ?」
感心していると、大きな欠伸をかましたハクが尋ねてくる。
「できれば、街に行ってみたいな」
アイナやルーグの口ぶりからすると、ルルセナ村のような辺境の地では魔石がほとんど流通していない。
俺のキャンピングカーは魔石をエネルギー源としているので、魔石をしっかりと補給できる街に立ち寄りたい。あとハクが倒してくれた魔物の素材を売却しようにも、ここでは商人もいないために買い取ってもらうこともできない。
魔石とお金を手に入れて生活を安定化させるためにはより大きな街に向かうことが重要だ。
「では、村を出るぞ」
「そうしたいんだけど、ロアンナさんの体調が気になる」
「あの女が快復するまでずっとここにいるつもりか?」
「いや、さすがにそこまでいるつもりはないけど……」
ハクが何か物言いたげな視線を向けてくる。
頭ではハクの言わんとすることが正しいとわかるけど、ここまで関わってしまうとすっぱりと決断することが難しい。
「灰狼を討伐し、薬となる薬草もくれてあり、食べ物も恵んでやった。既に十分すぎるほどの施しだぞ?」
「そうだよな」
俺たちができる手助けは十分にしたし、これ以上はただの自己満足にしかならない。
「……わかった。コーヒーを飲んだら次の街に行こう」
俺は覚悟を決めるように残ったコーヒーを一気に口に含んだ。
「トールさん! お母さんの病気が治った!」
「ぶへっ!?」
アイナから驚愕の事実を述べられ、俺は飲み込もうとしたコーヒーを噴き出してしまう。
「ぬあっ!? なにをする! 少しかかったではないか!」
汚れてしまったハクが抗議の声を上げるが、今はそんなことはどうでもいい。
「治ったってどういうこと? 薬を飲みながら少しずつ回復していくはずじゃ……」
「でも、トールの栄養ドリンクを飲んだらすごく元気になったよ? もう立ち上がれるようになって朝食の支度してる!」
「そんなバカな……」
「え?」
「いや、なんでもないよ。とりあえず、様子を見てもいいかな?」
「もちろん!」
アイナはニコニコとした笑みを浮かべると、俺を家に案内してくれる。
「おはようございます。トールさんから貰った栄養ドリンクのお陰ですっかりと元気になりました」
「……そ、そうみたいですね」
扉を開けて中に入ると、台所にはロアンナが立っており鍋で汁物を作っているところだった。
昨日まであんなに咳き込んでおり、立ち上がることすらできなかった人が薬を飲んだ翌日には日常生活を送っているって……異世界ではそれが普通なのか?
「さあ、ちょうど朝食ができましたので召し上がってください」
「あ、ありがとうございます」
勧められるがままにリビングのイスに着席し、スープをいただいだ。
ハクもちゃっかりと招かれるままに入り、スープを口にしていた。
様々な野菜や干し肉が入っており、病み上がりの人にも優しい味だ。
「体調の方は本当に問題なく?」
「まだ少しだけ咳は残っていますが、体調の方はすこぶるいいです」
にっこりと微笑むロアンナ。
昨日に比べると顔色はとても良く、無理をしているようにも見えなかった。
「私も驚きました。ロアンナは過去にも病気にかかったことがあり、薬を飲んだことはありましたが、こんなにも治りが早いのは初めてです」
「ええ、そうです。これはきっとトールさんからいただいたお粥と栄養ドリンクのお陰です」
薬自体は過去に飲んだ経験もあるとすれば、異常な治りの速さは間違いなく俺の渡した七草粥と栄養ドリンクのお陰だと言えるだろう。
……ただの食材にそんな効果が? しかし、今まで異世界の食材を食べていたハクにそんな劇的な効果は無かったし、アイナとルーグにもそんな変化はなかった。
その三人に渡していないのは栄養ドリンクであるリポDだけ。
リポDは異世界人にとってとんでもない効果があるのか?
今後、こちらの人にこれを渡す時は慎重にならないといけないかもしれない。
「そ、そうですか。ロアンナさんが快復するための一助になれたのならよかったです」
「やっぱり、これはかなり貴重なポーションだったのではないでしょう?」
「そんなことはありません。私の故郷ではありふれたものなので気を使わないのでください」
ルーグの言葉に俺は首をブンブンと横に振る。
一瓶12CPで購入することのできる非常に安価なものだからだ。
「ですが、これほどの物を頂いて何もお返ししないというのは……」
「では、ルーグさんの知っているオススメのキャンプ地を教えてくれませんか?」
「オススメのキャンプ地ですか?」
「豊かな森だとか湖が綺麗だとか山が見えるだとかなんでもいいんです。そういった景色の綺麗なオススメの場所を教えてほしいです」
次は街を目指すつもりだが、近くに素晴らしい場所があるならば寄り道しながら向かうのもありだろう。
「景色の綺麗な場所ですか……」
「この辺りだと、ローレシアの花畑が綺麗だよ!」
「いいわね。ちょうど今は開花しているはずよ。それに花畑の先には綺麗な湖畔もあって美味しい川魚が獲れるわ」
ルーグが腕を組んで唸り声を漏らす中、アイナが口を開き、ロアンナが微笑みながら両手を合わせた。
「花畑に湖! とてもいいですね!」
「川魚か……思い出したら久しぶりに食べたくなってきたぞ」
花畑を散策し、湖畔でキャンプ。とてもいいキャンプができそうだ。
スープを平らげたハクが顔を上げて、口の周りを舌で拭った。
こちらは食い気が先行しているがとても乗り気みたいだ。
「でも、あそこまで行くのは遠くないか? 徒歩で三日くらいかかってしまうぞ?」
「トールのキャンピングカーならあっという間だよ! ね?」
休憩を挟みながら時速四キロで七時間くらい歩き続けたと仮定すると、四×七×三で八十四キロ。
「キャンピングカーなら一時間半くらいで行ける距離だね」
ずっと時速七十キロくらいで走れるわけじゃないだろうが、そのくらいの時間でたどりつけるはずだ。
「まあ! そんなに早いんですか?」
「一度乗せてもらったけど、トールのキャンピングカーは凄いんだよ!」
目を丸くするロアンナにアイナが得意げに語ってくれる。
アイナには車の知識もないためにその説明は要領を得ないが、娘が一所懸命に話している姿をロアンナとルーグが笑みを浮かべながら耳を傾けていた。
ああ、俺が見たかったのはこんな光景だ。
やっぱり、子供は笑顔じゃないとな。
●
朝食を食べ終えると、俺とハクはキャンピングカーに乗って街に向かいながらオススメされたキャンプ地に向かうことにした。
「えー! もう行っちゃうのー?」
運転席に乗り込むと、アイナがとても残念そうな声を上げる。
「ごめんな。俺たちも色々な場所を旅したいんだ」
ここにはキャンピングカーを維持するための魔石やお金を手に入れることができないからね。急いで向かう必要もないがCPに大きな余裕があるわけでないので、ジリジリと消費するのもマズいのだ。
「ローレシアの花畑までの道のりはわかりますか?」
「ええ、大丈夫です」
ルーグから聞いた方角にカーナビを操作すると、ローレシアの花畑と表示されている地名があった。その先にはロアンナの言っていた通りに大きな湖がある。ここが言っていた場所で間違いないだろう。
そこを目的地と定めると、カーナビが適切な道順を示してくれる。
ルルセナ村から北東に道なりに進むだけだ。道中はほとんどが開けた場所で森や山が遮っているわけでもない。花畑まではのんびりとした移動になるだろう。
ルートの設定が完了したところで俺はエンジンを始動させる。
「トールさん、ハクさん、本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
「またこの村に立ち寄った際は是非とも声をかけてください」
「またね!」
「こちらこそ、お世話になりました。また立ち寄った際はよろしくお願いします」
見送ってくれる三人に手を振ると、俺はアクセルをゆっくりと踏み込んでルルセナ村を旅立つのだった。
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