村で車中泊
キリク薬草の採取と灰狼の群れの討伐を終えると、俺とハクはキャンピングカーでルルセナ村に戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「トールさん、ハクさん、お帰りなさい!」
「お二人ともご無事でしたか!」
家に戻ってくると、アイナとルーグが笑顔で出迎えてくれた。
「フン、我があの程度の魔物を相手に遅れをとるわけがないだろう」
「ということはッ!」
「キリク薬草の採取もできましたし、灰狼の群れも討伐できました」
ルーグの期待に応えるように俺は依頼されていたキリク薬草十本と灰狼の討伐証明になる六十二本の牙をテーブルに並べた。
さっきよりも牙の本数が増えているのは、キャンピングカーで森の中を見回っていた際に灰狼の生き残りや、小さな群れを見つけたためである。
「これは紛れもなくキリク草だよ! これでお母さんのための薬が作れる!」
「アイナ、急いで薬師様のところに届けなさい!」
「うん!」
アイナはキリク薬草を手にすると、薬師様とやらに薬を調合してもらうために急いで家を飛び出した。
薬草から薬を作成する方法に興味はあるが、今はルーグに灰狼の詳細について報告するべきだろう。
「灰狼については群れのリーダーを討伐し、付き従っていた二十三匹の個体を倒しました。念のために小さな群れも二つほど潰しましたし、ハクの見解によるとこれ以上人間にちょっかいをかけることはないとのことです」
「まさか、そこまでの大きな群れだったとは……トールさん、ハクさん、本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
ルーグが両手を差し出してこちらの手を包み込んでくる。
こんなにも人から熱心に感謝の気持ちを伝えられたのは初めてかもしれないな。
「お父さん! 薬師様に薬を作ってもらった!」
「すぐにロアンナに飲ませるんだ!」
灰狼の討伐の報告が終わる頃には、アイナが薬を手にして戻ってきた。
ルーグが勢いよく立ち上がり、アイナと共に奥の部屋に向かう。
リビングから見える奥の寝室では、女性がベッドで横になっているのが見えた。
恐らく、アイナの母親だろう。
この家にやってきた時から咳き込むような声は聞こえていたが面会をしたところで負担になると思って顔合わせはしていなかった。
「トールさんも!」
「えっ」
女性の寝室だし、部外者の男が立ち入るのは良くないだろうと思ってリビングで待機していたら何故かアイナに無理矢理に引っ張られてしまって入ることになった。
ベッドで横になっているのはアイナと同じ髪色をした優しげな風貌のある女性だった。
「こほっ、こほっ、すみません。はじめての方なのにこんな状態で……」
「こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ありません。私はトールと申します。こちらは従魔のハクです」
「まあ、アイナから聞いていた通りに素敵な黒髪をしているんですね」
思わず自身の黒い髪に触れる。
ルルセナ村でも黒い髪をした人を見かけていないが、やっぱりこちらの世界では黒髪というのは珍しいのだろうか。
「アイナとルーグから話は聞いております。私たちのために危険を犯して薬を採取してきてくださったとのことで本当にありがとうございます」
「いえ、アイナやルーグさんにはお世話になっていますから」
アイナと出会えたお陰でルルセナ村に穏便に入ることができたし、そのお陰で俺はこの世界の常識や文化を色々と学ぶことができている。
お世話になったことを考えれば、依頼の一つくらいなんてことはない。
「さあ、ロアンナ。薬を飲むんだ」
「早く元気になって、お母さん」
夫であるルーグがロアンナの上体を支え起こし、小さな水差しのようなもので薬を飲ませる。アイナが心配げな表情で見守る中、ロアンナは必死に薬を嚥下した。
液体の色からしてかなり苦いんだろうな。
しかし、薬を飲んでからは少しだけロアンナの表情が和らいだ気がした。
「すみません。もう少しお話したかったのですが眠気が……」
「いえ、こちらこそお邪魔しちゃってすみません。後はゆっくりと休んでください」
家族以外の者がいてはゆっくりと休むこともできないだろう。
俺とハクは一足先にリビングに戻ることにした。
リビングでぼんやりと待機していると、ルーグだけが先に戻ってきた。
薬さえ飲めば、回復に向かっていくとのことなので後はしっかりと栄養をつけながら休めば大丈夫なようだ。
「トールさん、こちらが報酬となります」
ロアンナについて話し終えると、ルーグが懐から革袋を取り出した。
断ってから革袋の中を確かめると、銀貨が十枚ほど入っていた。
「何分、田舎なもので十分な額をご用意ができず申し訳ありません。その代わりといってはなんですが、トールさんが必要とされている魔石を別に用意させていただきました」
申し訳なさそうにしながら追加で魔石を三つほど差し出してきた。
灰狼のリーダーの魔石には劣るサイズであるが、中々の大きさをしている。
ルーグが魔物を倒して手に入れたとは思えないので、偶然入手していたものを万が一に備えとして保管していたのだろう。
「ふむ、質はまあまあだな。夕食は豪勢に食べられるだろう」
俺には魔石の良し悪しはわからないが、ハクがそのように評価するのであればそれなりのCPになりそうだ。
「問題ありません。ありがたく頂戴します」
「ありがとうございます」
薬草を採取し、灰狼の群れを討伐した時の相場というものがわからないが、俺やハクにとってはプラスになる出来事だったので文句はない。
仮に騙されていたとすれば、その時は自分の見る目が無かったと諦めればいいのだから。
「あ、もう夕方か……」
差し込んでくる光に気が付き、窓の外を眺めると空はすっかりと茜色に染まっていた。
「ああ、急いでトールさんの滞在できる家をご用意しないと……」
ルーグが慌てたように立ち上がる。
旅人があまり立ち寄ることのない辺境の村だ。村内に宿屋はないのだろう。
「俺たちはキャンピングカーの中で眠るので敷地だけ貸していただければ問題ないですよ
「いえいえ、恩人を相手に野宿のような真似をさせるわけには!」
車中泊をすると告げると、ルーグがとんでもないとばかりに首を振った。
キャンピングカーについて知らない彼がそのような反応を示すのも無理はない。
「本当に快適なんですよ。よかったらキャンピングカーを見てくれませんか?」
「は、はぁ」
俺は難色を示すルーグを外に連れ出し、停車させているキャンピングカーの前へ。
「こ、これはッ!?」
ステップを上がって車内の様子を見るなり、ルーグが大きく目を見開いた。
「馬車の中なのにテーブルにイスに台所がある!?」
「それだけじゃありません。手前と奥にはベッドがありますし、奥にはシャワールームとトイレもありますよ」
「まるでお貴族様の家のようです」
奥へ進みながら車内の内装を確認し、ルーグが驚愕のあまりに固まってしまった。
「驚いたでしょう? キャンピングカーの中には人間が生活できるだけの設備がすべて整っているんです」
「そこらの家よりもキャンピングカーに泊まる方が快適だ」
ハクの言い方はちょっと悪いけど、宿屋ならともかく急ごしらえで空き家を用意してもらうよりも、慣れ親しんだキャンピングカーの中で過ごす方が快適だ。
ベッドだってこっちの方がふかふかだろうし、クーラー、暖房、冷蔵庫などをはじめとした家電なども揃っている。
「……確かにこれなら空き家を用意する必要はありませんね」
車中泊に反対していたルーグだが、車内の内装を見るなり意見を翻すのだった。
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