ルルセナ村
明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いします。
アイナを拾った地点から二十分ほどキャンピングカーを走らせると、カーナビが目的地の周辺であることをアナウンスしてくれた。
そのまま道なりに真っ直ぐ進んでいくと、程なくして村を囲うにして建っている木製の柵が見えてきた。
入口は門のようになっており、側には見張り台らしき建造物がある。
「アイナ、あれがルルセナ村で合っているか?」
「うん、合ってる! すごい! もう着いたんだ!」
徒歩で向かえば二時間程度かかるらしいが、キャンピングカーの力にかかればあっという間だ。
速度を落としてルルセナ村の前に向かっていくと、なにやら村の入口に人が集まって騒がしくなる。
「なんだあれはッ!?」
「鋼鉄の馬車か!?」
「馬や牛が牽いているわけでもないのに勝手に馬車が進んでいるぞ!?」
やはり、この世界では自動車という乗り物は一般的ではないようだ。
村人たちがキャンピングカーを目にして口々に驚きの声を上げている。
「と、止まれ!」
ゆっくりと走らせながら近づいていくと、男性たちがこちらを囲んで槍を突きつけてくる。
その態度を見る限り、高圧的というより未知の物に怯えている様子だった。ただそれとは別に何かピリピリする要因がある? なんとなくそんな気がした。
言われなくてもこのまま入れるとは思っていないのでキャンピングカーを停車させる。
ただ槍を突きつけられては安心できないので侵入されないように範囲を狭めて結界は展開しておく。
「はじめまして。私は旅人をしているトールといいます。ルルセナ村の皆さんに危害を加えるつもりは毛頭ありませんので槍を下ろしてくださいませんか?」
窓を開けてにこやかに挨拶をすると、手前にいた男性が槍を手にしながらおそるおそる近づいてくる。
「旅人だと? この鋼鉄の馬車はなんなんだ?」
「キャンピングカーといいまして自走式の馬車のようなものだと思ってもらえればと……」
「きゃんぴんぐかー? そのような馬車が開発されたとは聞いたことがない! 怪しいやつめ!」
男性が槍をこちらに突きつけてきたところ助手席に座っていたアイナがこちらに身を乗り出してくる。
「お父さん! トールさんは悪い人じゃないよ! さっきも私が灰狼に襲われたところを助けてくれたの!」
「アイナ!? どうしてそこにいるんだ!?」
槍を突きつけた男性が驚いた顔をする。
どうやらこの男はアイナの父親らしい。
「お父さん! トールさんは恩人なの! 説明は後でちゃんとするから今は槍を下ろして!」
「わ、わかった」
アイナの剣幕に父親が怯み、周囲に武器を下ろすように伝えてくれた。
父親だけあって娘には勝てないようである。
「そのままでいいから村の中に入ってくれ」
「あ、その前に従魔がいるんですけど問題ないですか?」
「従魔?」
後ろのラウンジソファーに寝転がっているハクをさすと、アイナの父親が外から覗き込む。
「……ホワイトウルフか?」
「誰がホワイトウルフだ! そのような低級な魔物と我を一緒にするでない!」
アイナの父親の言葉が聞き捨てならなかったのか傍観していたハクが急に荒ぶった。
「魔物が喋った!?」
「お父さん、ハクさんはトールさんの従魔だから大丈夫だよ」
「いや、しかしだな……言葉を操るほどの魔物となるとかなり高位の魔物だ。そんな魔物を村の中に入れるのは……いや、ここまで来ている時点で無駄なことか」
アイナの言葉に難色を示していたアイナの父親であるが、やがて諦めたように呟いた。
「その通りだ。我がその気になれば、無理矢理に押し通ることもできるからな」
「すみません。村の中ではあまり喋らせないようにしますので……」
「そうしてくれると騒ぎにならんから助かる」
何も喋らなければ、ホワイトウルフの従魔だと勘違いしてくれて丸く収まるからな。
そんなわけで、俺たちはキャンピングカーごと村の中へ入れてもらえることになった。
「えっと、アイナを家まで送り届けようと思うんですが乗りますか?」
「いや、家はすぐ近くだ。私は走って向かおう」
未知なる乗り物に怯えたというより、後ろにいるハクと密室になるのが怖かったんだろうな。アイナの父親は頬を引きつらせると、俺たちを先導するかのように前を走る。
俺はゆっくりとアクセルを踏み込んで、アイナの父親の後ろをついていくことにした。
門をくぐると、木製の民家がまばらに並んでいる。
通りには主婦たちが井戸端会議を開いており、キャンピングカーを見るなり目を丸くしていた。ご婦人だけでなく、釘を打ち付けて大工仕事をしていた男性や煙管で煙を吹かしていた老人までもがこちらを見て呆然とした顔になる。
馬や牛に牽かれなくても自走することのできる乗り物は、異世界の人にとってかなり衝撃的なようだ。前を走っているアイナの父親が走りながら説明してくれなければ、ちょっとした騒ぎになっていただろうな。
ルルセナ村の様子を眺めながらゆっくりとタイヤを転がしていくと、先導していたアイナの父親が一つ民家の前で両手を上げて止まった。
「ここがアイナの家か?」
「うん、そうだよ」
アイナの家は村の住宅地から少し離れた位置にある木製の民家であった。
エンジンを切って運転席の外に出ると、助手席に座っているアイナと後部座席で寝転んでいたハクも降りてくれた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
アイナの両親が扉を開けてくれたので俺とハクは遠慮なく中に入る。
反射的にスリッパや内靴を目で探すが存在しない。
恐らくここでは欧州のように土足で過ごすのが一般的らしい。
文化とはいえ、ひと様の家に土足で上がるのは強い抵抗があったが、ここは異世界だと言い聞かせてそのままリビングへと上がった。
客人である俺とハクはそのままイスに腰掛け、対面にはアイナがちょこんと腰掛ける。
台所にはアイナの父親が立ち、お湯を沸かして飲み物を用意してくれた。
「どうぞ、お茶です」
「ありがとうございます。えーっと……」
「アイナの父親のルーグです」
キャンピングカーの騒ぎですっかりと名前を聞きそびれてしまったが、ようやく名前を聞くことができた。
お茶を一口飲んで喉を潤すと、ルーグが真剣な面持ちになって口を開いた。
「早速ですがトールさん。娘と外で出会った経緯を聞かせていただけますか?」
「いいですよ」
とはいっても俺の持っている情報はそこまで多くない。
キャンピングカーに乗って移動して森を抜けたら、街道で灰狼の群れに襲われているアイナを見かけて、ハクと共に救出しただけだ。
「なんと! そのようなことに! この度は大事な娘の命を救っていただき感謝いたします!」
外に出てしまったのは知っているが魔物に襲われて命を落としそうになっているとまでは思わなかったのだろう。ルーグは目を大きく見開き、テーブルに額を擦りつける勢いで頭を下げた。
「頭を上げてください。私はただできることをしただけですし、結果的に助けることができたのはハクのお陰ですから」
俺だけの力ではアイナを救うことはできなかった。俺だけの功績ではないし、自分よりも年上の人に頭を下げられると落ち着かないものだ。
「アイナ。どうして村の外に出たんだ?」
頭を上げるなりルーグが厳しい顔つきでアイナを見る。
「お母さんの病気を治すためには薬草が必要だったから」
「バカもの! 村の外には灰狼の群れがいるから外に出るなと言っただろう!」
「だ、だって、お母さんが病気で辛そうにしていたんだもん!」
ルーグに怒鳴られ、アイナが涙を流しながら必死に訴える。
アイナだって意味もなく一人で外に飛び出したわけではない。
大事な母親を助けたいという強い気持ちがあったのだろう。
「アイナのお母さんは病気なのですか?」
「はい。薬師によるとそこまで重い病気ではないのですが、妻は身体があまり強くないせいかこじらせてしまって……」
ただの風邪がきっかけになって肺炎や気管支炎などの合併症を引き起こす可能性がある。
身体が弱ければ、その危険性はなおさら高いだろう。
「薬を用意することはできないのですか?」
「もちろん、俺だって妻のために薬草を用意したい。でも、ここ最近灰狼の群れが村の周囲に流れてきてしまって採取に向かうことができないんです」
本当はルーグだって妻のために薬を採取しに行きたいんだろう。テーブルの上で握られている拳がミシミシと音を立てていた。
村人たちの警戒心が高いのも灰狼による被害があったからこそのようだ。
「アイナの籠には薬草が二本入っていたけど、あれじゃお母さんを治すのに足りないのかい?」
「二本じゃ足りない。一人分の薬を作るには最低でも五本が必要だって……」
アイナが俯きながらぽつりと言った。
それで街道を離れようとした時に嫌がる素振りを見せたのか。母親を治すための薬を作るには足りないから。
「トールさん、つかぬことをお伺いしますが、あなたたちはあのキャンピングカーで森を抜けてやってきた上に灰狼の群れを追い払ったのですよね?」
「ええ、追い払ったのはハクのお陰ですが……」
確かめるような言葉に頷くと、ルーグが勢いよく立ち上がった。
「トールさん、お願いがあります! 灰狼を討伐し、薬草を採取してくれませんか!? 蓄えているものは少ないですが、見返りはちゃんと用意します!」
「お願い! トールさん! お母さんを助けて!」
地面に額を擦り付けながら頼み込んでくるルーグと、深く頭を下げるアイナ。
この世界にも土下座ってあるんだ。なんてしょうもないことを考えている場合じゃない。
二人から薬草の採取を頼まれてしまったぞ。
しかし、俺には薬草採取のノウハウなんてない。
キャンピングカーにあるショップで薬を購入するという方法もあるが、あちらの薬がこちらの人の身体に合っているとは思えない。
なにせ魔力なんてものがある世界なんだ。俺や召喚された高校生たちと肉体の造りが違っていても何もおかしくはない。
治験もせずに薬を試すのは危険だし、倫理的に論外だ。
アイナの母親の病気を治すには薬師の言う通りに薬草を元に薬を作成するのがいいのだろう。
俺には戦う力なんてない。だけど、キャンピングカーの能力を活かせばいけるか?
薬草の群生地を見つけて、そこで停車して結界を展開してやればいい。
そうすれば、灰狼に遭遇しても安全に薬草を採取することができる。
しかし、灰狼を討伐するにはハクの力が必要になる。
「……ハク、ルーグさんの依頼を受けよう。手伝ってくれ」
「はぁ……お前というやつは本当にお人好しだな」
「今回は依頼という形で報酬もあるし、メリットもあるよ。キャンピングカーで生活をするとはいえ、お金は必要だ。それにお金さえあれば、街で魔石を買うことだってできる。そうですよね?」
チラリと視線を向けると、頭を下げていたルーグが顔を上げた。
「え、ええ。この村にはあまり魔石はないですが、大きな街には良質な魔石が販売されており買うことができます」
ハクのお陰でCPこそ溜まるものの俺たちは、お金をほとんど持っていない。
この世界で生活をするにはお金だって必要になるし、報酬を貰えるのであれば決して損ではない。
「ふむ、そう考えれば悪い話でもないか。わかった。付近にいる灰狼共を駆逐してやろう」
「というわけで、お二人の依頼を引き受けしましょう」
ハクも積極的に手伝ってくれるとのことなので俺は二人からの依頼を受けることにした。
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