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エピローグ①


 目覚まし時計の音が室内に響く。

 部屋主を起こさんとする使命のために。

 しかし、その役目は果たせなかった。

 なぜなら、叩き起こすべく対象者は既に目が覚めていたから。

 正確には二日間徹夜状態で、ほぼ一睡もしていなかった。


「時間切れかぁ~」


 無念の言葉を吐き捨てながら、木村は勉強机より立ち上がった。

 ベッドの端にて鳴り響く金属ベルの音を止めるために。

 視界に入る柔らかな布団。

 安眠を保証する枕。

 横になれば数秒で爆睡するに違いない。

 せめて五分と誘惑に駆られるが、その結果、五百分くらい眠り続ける事になるのが目に見えていた。


「七割やったから、先生も大目に見てくれるかにゃぁ~」


 一人言と欠伸を同時に吐き出しながら、衣服をその場で脱ぎ捨てた。

 頭が痒い。

 体臭もそれなりに。

 風呂場へ直行すべく一糸纏わぬ全裸姿へ。

 齢を重ね今年で十四歳。家族に見られたら良くて小言、悪くて説教なのだが、その心配は無用だった。

 なにせ今いるのは離れの一軒屋。元鉄工所の事務所だった二階部分。キッチン、お風呂付きの好物件。両親は賃貸に出すつもりだったが、老朽化とリフォーム代の見積金額に匙を投げた。当初は兄が一人で占拠していたのだが、自立で家を出た際にチャッカリせしめた。

 ガタつく浴場の扉を閉め、シャワーの栓を捻る。設備がボロくお湯なんてすぐには出ない。

 夏場なので苦にはならないが、眠気とヌメる床のタイルで、危うく転倒しかけた。


「やっぱ、一週間前に始めるべきだったかにゃぁ~」


 スマホゲームの限定イベント。つい完ストまでやり込んでしまった。

 だが、悔いはない。何だかんだで堪能しまくり。おかげで夏休みの宿題は、ずっと手つかずのまま。これがゲームならセーブポイントをロードしてやり直すところだが。現実というクソゲーには、そんな便利な機能など実装されていなかった。

 ボディソープで泡塗れ。指先に当たる生え放題のムダ毛。処理しないとマズいかなと思うも、今日は体育とか素肌を晒す事もないので、さっさと全身を洗い流した。この意識朦朧の中で、刃物を扱う気にはなれなかった。


「あれ? もうこんな時間?」


 脱衣場の時計を見て首を捻る。

 シャワーを浴びながら寝ていたのかもと。

 朝ご飯を諦め髪を素早くドライヤーで乾かす。

 男子だったら楽なのに。どうして女に産まれたのかと、鏡の前で念仏のように愚痴をこぼす。

 そういや数ヶ月前に友人と、そんな事を話した気がする。

 誰と?

 思い出せない。

 睡眠不足による思考の麻痺。既に幾度か立ったまま意識が飛んでいた。


「教科書は不要だしぃ~。鞄も置いて………って、宿題を持っていかなきゃぁ~」


 服を着ながら大きな声での一人言。黙っていたら睡魔に布団へと誘われてしまうから。

 姿見の前でセーラー服の襟元、スカーフの形を念入りにチェック。曲がっていると流石に目立つ。

 これにて準備完了。

 さぁ出掛けようと思うも。


「あれ? スマホは?」


 所定の場所にあらず。

 今朝からメールの着信音を聞いていない事に今更気付いた。

 どこだ? 

 周囲を見渡しても姿が見えず。

 ただでさえ時間が逼迫する中、部屋を引っ繰り返す事数分後、ベッドの隙間にてようやく発見。


「げっ!?」


 液晶をタップすれど無反応。ボタンを押せど起動せず。バッテリーが完全に充電切れ状態。


「メールのチェック出来ないじゃんっ!!」


 などと部屋の中で一人叫んでも状況が改善する筈もなく。充電用のモバイルバッテリーに接続し、鞄の中へと放り込んだ。


「ヤバい、時間ギリギリかも」


 シューズの紐を結び、玄関から飛び出す。

 外気に触れて、早くも心が折れそうになった。

 猛烈な残暑。地面を焦がす太陽の煌めき。ついでに部屋のエアコンを消し忘れた事を思い出し、一旦戻る羽目に。

 今日は二学期の始業式。学校は嫌いではないが、一ヶ月近く空調完備の部屋に籠もり自堕落していたので、この暑さは酷く応えた。

 急ごうと歩速を早めるも揺らぐ視界。


「眠いにゃぁ~」


 目を擦り、欠伸を噛み殺しつつ足を繰り出すも、交差点の信号にて足止め。

 いつもなら、この辺りで同級生に会うのだが。

 曲がり角の先を覗くと、遠くにそれらしき姿を発見。手を振ると、返答とばかりに相手も腕を上げた。


「お、おはよう木村さん」

「おはよう。今日は暑いですねぇ~」


 夏休み明け。久方振りの再会。

 何か言わなければ、伝えねばならぬ事があったような。

 半分寝ている頭で記憶の棚を引っ繰り返す。

 眠気を振り払うべく、頭を振りながらようやく思い出した。


「えっとですねぇ~。夏の同人誌即売会に行ったんですよぉ~」


 欠伸に邪魔されつつ、ノンビリと告げた。


「でも、あの子には会えなかったにゃぁ~」

「あの子って?」

「それは………」


 名前を言おうとして再び思考する事、約数秒。


「栗ちゃんだ、栗田ちゃんっ! 暫く会ってないから名前を忘れかけちゃ………って?」


 木村はハタと唇を止めた。

 今、自分は誰と話している?

 端正な顔立ち。特徴的な形の眼鏡。腰近くまで伸びた艶のある黒髪。

 その女子生徒の名は………。


「栗ちゃんっ!?」


 交差点に響き渡るような声で木村は叫んだ。


「栗ちゃんだよね? 夢じゃないよねぇ~っ!?」


 両肩を掴み、顔を近付け幾度も確認。


「栗ちゃ~んっ! 今までどこ行ってたのよぉっ! 急に学校休んで、連絡付かなくて、みんなで心配したんだからぁっ!!」

「ごめん、ごめん。色々と複雑で、込み入った事情がありまして」


 栗田は手を合わせ深々と頭を下げたのだが。


「メールの返信くらい、返すべきだと思うなぁっ!!」

「本当に、ごめんって」

「ごめんで済む話じゃなぁ~いっ!!」


 変わった交差点の青信号。

 木村は憤慨しながら、親友と揃って足を踏み出した。

 二人で再び登校出来る事を、神様に感謝しながら。


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