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虚無が広がる漆黒の中で


 暑い。

 死ねる。

 マジで危ないかも。

 二十代の頃ならまだしも、人生の折り返し地点を過ぎた我が身。

 冷気を求め移動するなり、水分を多めに補給するなり、最善の行動をすべきなのだが。

 俺は今、この場を離れる事が不可能だった。

 代わりの売り子が不在という如何いかんともし難い理由で。

 真夏の同人誌即売会。

 外気温というより、参加者の体温と汗で場内は蒸し風呂状態。際限無く汗が噴き出していた。

 こんな事もあろうかとスポーツドリンクを用意したが、残りは一本のみ。

 援軍はまだか?

 味方に見捨てられたか?

 無様に朽ちてるより、打って出て死に花を咲かせようぞっ!

 などと籠城()()()の妄想がはかどる間は、恐らく大丈夫であろう。


「いやぁ、栗田さん随分とお久しぶりで」

「志摩さんこそ、元気そうで何より」


 ともあり遠方より来たる。

 また楽しからずや。


「今まで、どこ行ってたの?」

「俺も良く判らない」

「マジで?」

「マジなんだな、これが。誰も信じてくれんけど」


 去年の十二月に失踪。

 気付いたら半年経っていました。

 その間、隠し子の娘が家に居ましたが、今その子は行方不明です。

 まぁ。

 無理があるよな、この話。

 突っ込む要素が満載だから。

 とはいえ『暫く女子中学生になっていました』などと説明するよりは、遙かにマシだった。


「栗田さんが居るぅっ!! 今までどこへ行ってたのよっ!」


 また一人、今度は騒がしい友人がご来訪。


「井上さんから失踪中と聞いたからさ、オレずっと心配してたよ。マジでどこ行ってたのっ?!」

「話すと色々と長くなりまして」


 語るのが面倒で小澤さんに平謝り


「君の義弟の井上さん。ずっと探してたよ?」

「えぇ。彼からも長時間に渡り問い詰められました」


 理詰めで、しかも強圧的に。

 戦前、戦中における、憲兵や特高警察の取り調べは、恐らくこんな感じなのかしらと思うくらい、容赦なく苛烈な尋問だった。


「ねぇ、栗田さん」


 質問がありますと志摩さんは手を上げた。


「今日、春ちゃん来てないの?」

「娘は同僚の病欠につき、急遽出勤になりもうした」


 あまりに急過ぎたので、コチラも売り子要員を見付けられずワンオペに。


「じゃぁ、これ陣中見舞い。あと新刊」

「助かります」


 いつもの和菓子の返礼にと、志摩さんへサークルの本を多めに手渡した。


「ウチからも新刊どうぞ。それじゃ、またっ!」


 席(あたた)まるに暇あらず。

 本を交換するや、せわしなく去り行く小澤さんを見送った。

 そういや。

 いつもの面子めんつで、まだ顔を見せていない者が約一名。


「志摩さん。今日、西村さん見た?」

「見てないなぁ。深夜作業ばかりとボヤいてたから、寝てるんじゃね?」

「なら良いけど」


 揃いも揃って、皆()()歳になられたので、姿が見えないとアレコレ余計な心配をしてしまう。


「ほんじゃ、そろそろ行くわ。お客さんが後ろで待っているし」

「客?」


 立ち去った志摩さんの背後。

 俺達の会話が終わるのを、二人の少女が待ち侘びていた。


「すみません。今日、栗田由喜さんは来ていますか?」


 うやうやしく、私服姿の木村さんが言葉を切り出した。

 戦々恐々な面持おももちでコチラの表情を伺いながら。

 方や隣の伊藤さんは、興味深げな表情で俺の顔を眺めていた。


「申し訳ございません。本日、由喜は不在です」


 元クラスメイトに深々と頭を下げた。


「栗ちゃんは今、どちらに?」

「すみません。元気だとは思いますが、ハッキリと答えられなくて」

「そうですか。失礼しました」


 丁重ていちょうに御礼をべながらお辞儀すると、木村さんはきびすを返した。しょんぼりと肩を落としながら。

 励ますように背中を叩く伊藤さん。慰めの言葉を掛けながら肩を並べ歩み去った。

 やはり、判らないか。

 予想はしていたが少し胸がいたむ。

 実は俺が………などと口にしたところで、困惑が深まり混乱するだけだろう。

 まして、木村さんとはアノ約束があるしな。

 寂寥せきりょう的な気分で後ろ姿を見送っていたら、二人の向かう先に背の高い男子の姿が。

 三川君も来ていたのか。わざわざ、こんな所まで。

 遠くなので聞こえはしないが、どんな会話が交わされているのか、想像は容易だった。

 あの様子だと、彼は数年くらい引きずりそう。

 すんなりと忘れてくれたら………って、原因を作った者にそれを思う資格はないか。


「君って奴は、罪作りな男だねぇ~」


 不意に至近から放たれた糾弾の声。

 誰だっ!?

 慌てふためきながら正面を向いた。


「元気そうじゃん。どうよ、身体の具合は」

「とりあえず。生ビールが大変、美味しゅうございます」

「やめろっ! 僕を誘惑するんじゃないっ!!」


 呪い発動とばかりに、目の前で悶え苦しむ美少女。

 それも、テレビから抜け出したようなコスプレ衣装で。


「掘さん。今日はバイト?」

「そんな感じ。企業ブースでね」


 良く見ると、露出が多めの真夏仕様になっていた。

 もしも男に戻っていなければ、俺も誘われたのだろう。


「どっちみち今日は来る予定だったけどね」

「何かあるの?」

「ベティちゃん、初の即売会参加。列が凄かったよ、狂気じみて」


 そうだった。

 聞いた筈なのに、スッカリ忘れていた。


「ネット系アイドルに、なるのかな?」

「今、流行はやりだしねぇ」


 下手したら、ベネット名義の頃より集客力がありそう。


「すると。あの人は暫くベティちゃんのまま?」

「元に戻る気、ないっぽいねぇ。歳を取ったら、更に少年の姿へ変わりたいとか言ってるし」

「はぃ? 何故なにゆえに?」


 それ可能なのか?

 絶対に有り得ないとは言い切れないけど。


「栗田さん、先日のベティちゃんねる観た?」

「いや、見逃した」


 入稿間際で、そんな余裕なかった。


「あの人さ。心のおもむくまま『ぎょうさん漫画を描きたいんや』と、配信で熱く語っていたよ。誰も極めた事がない領域まで、作品の質を追い求めたいって」

「プロだねぇ~」


 小説を可能な限り書き続けたいと思いはしたが。

 寿命の枠を破壊するという発想には至れなかった。

 自分が職業作家になりきれない理由。何となく判った気がした。


「掘さんは? ベティちゃんと同じく現状維持?」

「二十歳くらいまでは、この状況を楽しむ予定。元に戻れる事は、栗田さんが確認してくれたし」

「戻る気あるんだ」

「だって、嫁が可哀想じゃん」


 キッパリと胸を張るように言い切った。


「まさか、嫁を男にするってわけにも、いかんしょ」

「判る」


 性別反転した妻の姿など、考える気すら起きなかった。


「そういや栗田さん。さっき、ココにいた女子って誰なんよ?」

「通ってた学校の同級生。由喜ちゃん居ますかって尋ねられた。失踪同然で蒸発したからさ」

「それ、凄くね? 君のために、ココまで来てくれたん? 三ヶ月も通ってないっしょ?」

「色々やらかしたからね。悪目立ちしたし。凄い事なんて何一つないよ」


 濃い目のエスプレッソみたいな毎日だったと、今でこそ思う。


「僕さ、たまに思うんだよね」

「何を?」

「君って時折、信じられないくらい馬鹿な事を言うよねっ!」

「……お、おぅ」


 うら若き年下の美少女から面と向かっての罵倒。

 ご褒美ありがとうございますと、義弟の井上さんなら平伏して喜ぶだろう。ついでに踏んで下さいまで言いそう。


「あのさぁ。僕とベティちゃん。この姿になってから、新規の友人なんて誰もいないよ? 君は今回どんだけメアド交換したんよ?」

「どれだけって………。まぁ、それなりに」


 三十人以上と素直に答えたら、机ごと蹴られる気がした。


「それが君の十八番おはこだろ? どんな人の輪にだって、スッと入り込むじゃん。僕には真似が出来んよ」

「そうかなぁ~」


 褒められて全く嬉しくないのは、気苦労で辟易しているからだろう。

 通学中、ひたすら知り合いが増え続けたし。

 これが俗に言う、隣の芝生は青いってヤツか。


「正直に言えば未練はあるよ。あの環境は嫌いじゃなかった」


 青春のやり直し。心のどこかで望んでいたのだろう。


「もう少しだけ居たかったな。私としては」

「わたし?」

「う、うん。わた…し、じゃないっ! 俺だ、俺っ!」


 掘さんの前だから、つい油断した。


「別に良いんじゃね? 私でも」

「まぁね」


 似たようなやり取りを、過去にも誰かとした気がする。


「君のお父上。結局どうなったのよ? 学園ライフを切り上げたのは、それが理由っしょ?」

「親父なら元気に退院したよ。もう酒は一滴も飲んでいないらしい」


 あれほどの酒豪がな。

 今ではリハビリと称し、川で鮎竿を振ってると母から聞いた。


「じゃぁ、急がなくても良かったじゃんっ!」

「あの時は、持って数か月と覚悟したんだよっ!!」


 心配が空振りに終わった事は、誠に喜ばしくはあるけれど。


「悪りぃ。そろそろ時間だから行くわ」

「バイト、頑張ってね」

「栗田さん。今日は暑いから気を付けて」

「その言葉、そっくり掘さんに返すよ」


 黙っていると、マジで美少女だからなぁ。道中が心配になる。

 あまつさえ目を惹く衣装だし。

 追っ掛けが数人いても不思議ではない。

 姿が見えなくなるまで手を振った後。

 お約束のように気付いた。

 飲み物、お願いするべきだったと。

 幸いにしてトイレ休憩の欲求はないのだが。

 それってつまり、水分が足りていないか、汗として全部流れたか。いずれにしても、よろしくない状況。

 最後の一本。飲むか。

 バッグを開け、探り入れた指先でペットボトルを引き抜いた。


「あら?」


 出て来たのはスポーツドリンクではなく、どこぞの天然水。

 買った記憶はないのだが身に憶えはある。

 朝のコンビニ、時間に余裕がなく適当に買い物籠へ放り込んだからな。

 ん?

 水か。

 アレをするか。

 帰りに銭湯に寄ろうかと用意した手拭てぬぐい。飲料水を染みこませると、眼鏡を取り、汗まみれの顔へと当てた。

 生き返る。

 ちょっとヌルいけど。

 ただ、目を閉じると途端に睡魔が襲来。

 昨夜は準備で、一時間くらいか寝ていない。

 油断すると、マジで寝落ちしそう。


「すみません、本を見ても良いですか?」

「あ、どうぞ」


 顔を上げるのが億劫で、俯いたまま手の平でご案内。

 いやぁ。

 本当に眠いわ。

 暑さによる疲労もありそう。

 もう、早めに切り上げるべきか? 無理をして最後まで残る理由もないし。


「作者の方ですか?」

「はい。そうです」


 どっかで聞いた声だけど、朦朧とする意識では思い出す気になれず。

 帰宅前にベティちゃんのサークルへ顔を出したいけど。

 山本さんとバッタリ会いそうな予感。

 そうなったら『どうないしたん? なんや元に戻れんたんか。詳しい話、聞かせて欲しいわぁ』という展開に、絶対なるよなぁ~。

 それだけは是非とも避けたいのだが………。


「やっぱり、読むとすぐに判りますね。由喜ちゃんの文章は特徴があるから」

「それは、ありが…」


 今。

 なんと言った?

 慌てて眼鏡を掛け、顔を上げる。

 一人の少女が目の前に立っていた。

 丈の短いスカート。

 半袖のフリル付きブラウス。

 俺と目が合うなり、その子は嬉しそうに微笑んだ。

 元同級生。

 宇垣さんだった。


「以前。ある親友が、わたしに()()言いました。自分は何もない虚無だと。真っ暗闇の宇宙空間みたいな存在だと」


 あの日。

 夕陽に照られながら吐き捨てた言葉。

 大事に取っておきましたとばかりに、彼女は笑顔で復唱した。


「でも。その人は、気付いていませんでした。自分が漆黒の夜空にきらめく一等星である事を。とてもキラキラ輝いているから、今どこにいるのか、わたしには直ぐに判るんです」


 そう言い終えると。

 少女は真っ直ぐ俺を指差した。


「由喜ちゃん、みぃ~つけたっ!」


 それは、あまりにも突然だった。

 不意打ちだった。

 旧帝国海軍の真珠湾攻撃のように。

 だから、取り乱した。

 何か言わねば。

 誤魔化さねば。

 だが、咄嗟に何も言えず。

 ろくな言葉が浮かばず。

 数秒悩み抜いたすえ

 溜息を一つ吐き。

 頭を掻きながら、俺は唇を開いた。


「見つかっちゃった♪」


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいおじさんの「見つかっちゃった♪」イイ味してますね(^-^)
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