夢の果てに求めしは⑲
どんよりした朝の天気はどこへやら。
校門から見上げる空は、夕暮れの黄昏色に染まっていた。
「今日は疲れたよ。色んな意味で」
隣にいる宇垣さんへ愚痴をこぼす程に。
「明日が週末で良かったじゃないですか」
「朝から平日授業だったら、私は仮病で休んだよ」
文化祭の後片付け終了後。
演劇部より反省会と言う名の打ち上げに、二人揃って召還された。
「宗教の勧誘より酷かったなぁ」
部長さんと角田さんから、情熱的にステレオで入部を口説かれた。
何とか逃げ切ったが、想定よりも遙かに手強かった。
「それだけ栗田さんの能力を、高く評価しているのでは?」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、文章くらい気ままで自由に書きたいよ」
しかも無報酬で締め切り厳守だからな。
「そういう宇垣さんこそ、クラス演劇の脚本、褒めて貰えて良かったじゃない。来年の脚本、依頼されたんでしょ?」
「あの部長さん。絶対わたしが一人で書いたと、勘違いしていますよねぇ」
期待の過重に耐えかねてか両肩をガックリ落とした。
「そこまで心配する? あのキャラと設定は、あなたのオリジナルでしょ? 自信持って良いと思うよ。今は少しだけ技術不足だけど」
「少し、ですか?」
「そうさ。毎日書けば上手くなるよ。次の文化祭まで一年あるし」
飽きずに歩み続けたら、彼女も何時の日か辿り付けるだろう。もしかしたら、俺より早いかもしれない。
「栗田さんは週末、何か予定されています?」
「部屋に籠もって執筆予定。帰省やら文化祭やらで、新作を書く余裕がなかった」
早く小説の投稿サイトにアップしないと、ただでさえ数少ない読書が離れてしまう。
「ですよね。わたしも前に作品を投稿してから、日が空いてしまいました。帰って頑張らなきゃ」
その意気だと、彼女の背中を軽く叩いてやった。
「じゃぁ、私はコッチだから」
差し掛かった十字路で、俺は行くべき方向を指差した。
「そう……でしたね」
名残惜しそうに友人は溜息をついた。
「栗田さん。今日は本当に楽しかったです」
「私こそ。色々と見て回れて面白かったよ」
女子と手を繋ぎ文化祭を巡る。初めての体験だった。
「では、栗田さん。また来週♪」
「うん、またね。さようなら」
手を振り、去りゆく背中が小さくなるまで見送った。
さて、帰りますか。
自分のマンションへと足を向ける。
途端に薄暗くなる帰宅路。
今まで進んで来た道は街灯が多めだったから、余計にそう感じるのだろう。
嫌だなぁ。
怖いなぁ。
静かで不気味なんだよなぁ。
学校を出た時は僅かに明るかったが、今はトップリ陽が暮れ夜空に星が見え始めていた。
まだこの時間だから、幽霊の類いは出て来ないだろうけど。
むしろ生きている人が怖い。
変質者が出没すると、誰かが言ってたような。
男の時は無頓着だったが、今はか弱い女子中学生。
家路を急ぐべく歩速を上げた時。
背後から駆けて来る足音が聞こえた。
それも、真っ直ぐコチラに向けて。
まさか?
そんなわけ………いや、ヤバいかもっ!?
慌てて走りだそうとした瞬間、いきなり背後から、何者かに抱き締められた。
「ヒィッ!?」
思わず女性みたいな悲鳴を上げてしまった。
いや、今は女だった。
つーか、そんな事どうでも良いっ!
背後から聞こえるは怪しい呼吸音。
変質者か?
痴漢か?
警察に通報?
いや、スマホは鞄の中だ。
今は大声で助けを………って、周囲に人いねぇしっ!!
「良かった。まだ、間に合った」
耳に入ったのは少女の声。
それも聞き憶えがあった。
「宇垣、さん?」
「もう、間に合わないかと………思った」
長い距離を走ったのだろうか。
背後から感じる体温は高く、乱れた呼吸は暫く安定しそうになかった。
「栗田さん。また来週、ですよね?」
「ごめん。さようなら、なんだ」
さりげなく伝えたのに。
彼女は気付いてしまったか。
「なぜ? どうして?」
「もう時間なんだ。これ以上遅らせる事が出来ない。私だって、みんなと別れたくはないよ」
今日、少しだけ思ってしまった。
もう暫く、ここに居たいと。
「来年の文化際は? 脚本を書くと宣言しましたよね?」
「書くよ。約束したから。でも、宇垣さんと一緒に、その劇を観る事は叶わない」
俺は角田さんのメールアドレスを知っている。
文化祭の一ヶ月前に送れば文句は………きっと有るよな。長文で返信が届くに違いない。
「どこか遠くへ、行ってしまうのですか? もう二度と、由喜ちゃんに会う事は、出来ないのですか?」
震える細い腕が、俺の体をキツく締め付けた。離れまいと母親の背にしがみつく子供のように。
「今、私の事。下の名前で呼んでくれた?」
「今更ですよね。ずっと、由喜ちゃんと呼びたかった。でも、図々しいと思われるのが怖くて」
「そっか」
本来なら俺も同じように、彼女を下の名で呼ぶべきだろう。
しかし残念ながら、憶えているのは名字のみだった。
「私は遠くの地へ、行くわけじゃないよ」
住む場所は今までと同じだし。
「でも、街中で擦れ違っても、宇垣さんは気付かないと思う」
ただの中年の男性としか認識出来ないだろう。
「私はこの先も小説を書き続けるよ。新作がアップされたら、元気にしていると思って欲しい」
生存確認には一番判りやすい方法だろう。
「わたし。由喜ちゃんを、見付けてみせます」
はっきりと。
力強く彼女は言い切った。
「いつの日にか、必ずっ! あなたを見付けてみせますっ!!」
誓いの声が、薄暗い閑静な住宅街に響き渡った。
宇垣さんの気持ち。
ちょっと嬉しかった。
涙腺が少し緩むくらいに。
だが。
正直、二度と会わない方が良いと思うなぁ~。
本来の俺を見たら、絶対に幻滅する。
鉄板の本命馬、複勝馬券レベルで。
とは言え、それを口へ出すわけにも行かず。
ゆっくり彼女の腕を解くと、正面からその身体を抱き締めた。
頬を摺り合わせ涙の雫に塗れながら、耳元へと唇を寄せた。
「また会える日を、楽しみに待ってる」
「ただいま」
「お帰り。遅かったね」
マンションの扉を閉めるより早く、娘が姿を現した。
「文化祭の後始末、めっさ大変だった」
人間関係も含めて。
「わたしも観に行きたかったなぁ~」
「お母さんも同じ事を言うかもね」
シューズの紐を引きながら妻の顔を想像した。
「さっき連絡あったよ。明日には帰るってさ」
「仕事、溜めてるからな」
一人で滞在しても肩身が狭いだろうし。
「由喜ちゃん、夕飯出来てるよ?」
「ありがとう。悪いけど今はお菓子でお腹一杯なんだ」
演劇部での接待。カロリーを計算すると嫌な数字になりそうだった。
「明日の朝食にするから、冷蔵庫にしまっといて」
「了解」
何を作ったのか興味あるのだが。
今は先にすべき事が。
制服を脱ぎ、下着も全て外し、伸びる生地の服を身に纏った。
「アドレスは、確か……」
自分の部屋に籠もり、スマホを起動。登録したリンク先をタップ。
液晶画面に名前と生年月日を入力。
続いて顔の認証。
表示された画面の文字情報を、念のため上から下まで目を通した。
「これだっけ?」
一番最後にある性別反転のキャンセル項目。
タップするとご丁寧に再確認の表示。
「実行後の取り消しは出来ません、か」
俺は迷う事なく、男へと戻るアイコンを指で叩いた。




