夢の果てに求めしは⑰
「栗田さん。次は上の階へ行ってみませんか?」
「わたしは、どちらでも」
「後で音楽室にも行きましょう。ライブ演奏しているみたいですよっ!」
文化祭の催し物。見学のため右へ左へ。
なぜか俺の左手は宇垣さんに握り締められていた。
固く指が痛いほどに。
教室を巡り、廊下を渡り、階段を上り下り。二人だけの旅路。
てっきり、いつもの四人でと思っていたが。
クラス展示物の案内役係りの事を、うっかり失念していた。
「お化け屋敷とか、いかがです? わたし怖いのは苦手ですけど」
「別に無理しなくても良いよぉ」
今日の宇垣さん、めっさ積極的。
普段からこの調子なら、友達がたくさん出来るのに。
「栗田さん、昨日休んでいたから、まだ見ていない所がありますよね?」
「そりゃ、あるけどさ」
スタンプラリーでもあるまいし。
「そんなに慌てなくても良いよ。まだ時間なら余裕があるから」
俺の提言に、彼女は口を開けかけるも。
結局何も言わぬまま、繋いだ手を更に強く握り直した。
「なんか、人が多くない?」
足を踏み入れた体育館。
普段とは打って変わり、賑やかな喧噪に満ちていた。
「昨日のクラス公演の時も、こんな感じでしたよ」
「そうなの?」
並べられたパイプ椅子は八割方埋まっていた。
生徒だけでなく保護者の姿もそれなりに。
「この学校の演劇部。結構、人気がありますから。それ目当てで訪れる父兄もいますし」
「すると昨日も?」
「はい。初日は主に二年生が。二日目は三年生が中心ですね」
あれ?
今日は二日目だよな。
「角田さんは二年生だから、昨日じゃないの?」
「昨日も舞台に立っていましたよ。今日とは別の演目で」
「どんだけ演劇が好きなのよ。あの子は」
何がそこまで彼女を駆り立てるのか。
興味はあるが尋ねる気にはなれなかった。
きっと語り始めたら数時間は止まらないだろう。
「とりあえず、座らない?」
数時間は歩き通しだったから、流石にヘトヘト。
「前の方へ行きます?」
「いや、後ろで良いよ」
脚本担当が目の前に座っていたら、役者は気になるだろうし。
「昨日のクラス演劇って、今くらいだっけ?」
「そうですね。舞台はクラス演劇と演劇部で交互に使います」
「なるほど」
適当な場所に二人で腰を降ろし、今一度プログラムの紙を確認。
角田さんの演劇に合わせて体育館に来たが、終わっている演目で気になる内容がチラホラ。
校内の教室を回るより、コッチを優先すべきだったかも。
「栗田さん。今日の公演、楽しみですか?」
「もちろん。脚本を書いたの私だし」
だが、それと同じく気になるのが………。
「宇垣さん。昨日のクラス公演どうだった?」
メールで報告は受けていたが、生の声が聞きたかった。
「とても大盛況で、皆さん褒めていましたよ」
やはりか。
その返答で大体判った。
「やっぱり、宇垣ちゃんは不満だった?」
彼女は自分の感想を述べていない。他人の評判を口にした。
その理由は考える間でもない。
「私が勝手に脚本を改変したから、良い気分じゃないよね。本当に、ゴメン」
自分のした事に後悔はしていない。
かと言って、全てが許されるわけでもない。だから、一言謝っておきたかった。
「昨日のクラス公演。わたしが不満に思っているのは、一つだけです」
「どんな事?」
「すぐ側に、栗田さんが居なかった事です」
視線を前に向けたまま、伸びて来た彼女の指先が俺の手の甲を包み込んだ。
「本当に素晴らしい公演でした。みんな演技に気迫が籠もって。終わった後の拍手が、いつまでも終わらなくて」
とつとつと呟くように、彼女は言葉を紡いだ。
「わたしは嬉しくて、幸せな気分で一杯でした。なのに、その想いを栗田さんに伝えられなくて。それが、たまらなく………辛かったです」
「アレは宇垣さんの作品だよ。私は少し手を加えただけ」
テーマも、キャラクターも、彼女が考え悩み抜いた末に作り出したものだから。
「それは違います。だって栗田さんの協力がなければ、あの脚本は…………」
「じゃぁ。あの作品は、二人の子供だね」
「こども?」
「そう。あなたと、私の」
俺は彼女の手を持ち上げると、深く指先を絡め合わせた。
混じり結合する、二人の遺伝子を模して。
「最初はどうなるか不安だったけど、無事に産まれたみたいで安心した。昨日は本当に心配していたんだよ? 遠くの地で」
数秒間。
俺の顔を見つめた後。
「はい。無事に産まれましたっ!」
破顔ながら、宇垣さんはコクリと頷いた。
「わたしと栗田さんの、とても可愛い娘が」
「娘?」
「はいっ! わたし達の自慢の娘です♪」
息子じゃダメなのか?
そもそも脚本に性別?
色々疑問が浮かぶも、突っ込みを入れるのは止めにした。
「そうなると……]
呟きながら、俺は口元に手を当てた。
「間もなく始まる公演は、私と角田さんの子供になるのか」
「……えっ? はぃっ? そ、それって、どういう意味ですかっ?!」
何も聞いていませんと、あからさまに困惑気味な宇垣さん。
そういや、この事は誰にも話していなかった。
「角田さんに脚本を渡した数日後、修正して欲しいと頼まれてさ」
「それで?」
「好きに変えて良いよって答えたんだ。だから、どんな結末なのか私も知らない」
確認を求められたけど、全て突っぱねたし。
「だから今回の公演、とても楽しみにしていたんだ」
「栗田、さん」
前触れなく。
いきなりガッシリと、俺の指に強力な圧力。
それも爪が食い込む勢いで。
「栗田さんは、わたしの娘と、角田さんとの娘。どちらが可愛いですか?」
「へ?」
「どちらを、楽しみにしていました?」
待って。
ちょっと待ってくれ。
なぜ、いきなり修羅場になった?
それも超、生臭いんだが。
「そりゃ両方、期待していたけど」
「わたし達の娘と、同じくらいという事ですか?」
なぜに、そうなるっ!?
しかも、ベネットさんの時みたく、ヤバいモードに入ってるし。
「宇垣さん。ちょっと落ち着こう。つーか、落ち着けっ!」
「なぜ今まで、わたしに黙っていたのですかっ!」
状況が、浮気と隠し子の発覚みたくなっている。
そんな要領が俺にあるわけ………いや、今はそういう話ではないか。
「いた、いたぁ~っ! 栗ちゃん、発見でありますっ!」
背後から聞き馴れた声。
「あらあら。何か楽しい事になっているわねぇ」
聞き慣れた声、二人目。
突然の水入りに、正直ホッとした。
「木村さん、伊藤さん、クラスの案内係りは?」
何しに来たと、不満げな宇垣さん。
「演劇が見たくて、交代して貰ったにゃぁ~」
「角田組で栗田さんの脚本でしょ? 万難を排して観る価値があるじゃない」
右隣の空席へと腰を下ろす伊藤さん。そこまでは判るのだが。
「あの。どうして私と腕を組むので?」
「前に言ったじゃない。あなたは私のお気に入りだから♪」
そう言いながら視線は俺の左隣へ。
あぁ、そういう事か。
俺は漠然と理解した。
彼女は宇垣さんを、からかうのが目的か。
その挑発を買うように、左側の席も腕を絡めて来たし。
もしかすると、友達を思っての行動?
今まで喜怒哀楽を表に出さなかった宇垣さん。
それが面白いほどポジティブに………いや、それは流石に買い被り過ぎか。
いずれにしろ、両腕を固定され身動きが出来ない状況。勘弁してください。
あと木村。
嬉しそうにスマホで撮影すんな。
栗田由喜の黒歴史がまた一ページ。
きっと後輩へと語り継がれるのであろう。




