夢の果てに求めしは⑬
「絶対、入院中にお酒飲んだって。そうに決まってる!」
妹の美妙恵が口から泡を吹く勢いで捲し立てた。
「最初に入院した時と全く同じじゃんっ! あの時も退院の前日に悪化したしっ!!」
俺もそう思う。
声に出して同意したかった。
女子中学生の姿でなければ。
「こんな時なのに肝心の長男は連絡が取れんし、本当に栗田家の男は役立たずばかりだわっ!!」
居ないと思って好き勝手に言ってくれやがる。
真底ムカ付きはすれど、正論なだけに立つ瀬がなかった。
父親に何かあれば俺が全て手配する予定になっていたから。
可能であれば協力したいのだが、未成年では邪魔にならないよう、隅っこで沈黙しているのが関の山だった。
「まぁまぁ、美妙ちゃん。病院で大声出したらダメやさ」
やんわりと俺の母が窘めた。
さっきから病棟の廊下に響きまくり。
自販機のある待合スペースとはいえ、いつ文句を言われるのか冷や冷やしていた。
「義母さん。お医者さんは何と?」
怖ず怖ずと妻の陽子が手を上げ尋ねた。
「今は心配ないやろって事やけど、意識が戻らんのやさぁ」
危機的状況は脱したが、今後は不明という事か。
それだけでも良しとすべきだろう。
妻は今回の帰省で、数珠と喪服を鞄に詰め込んでいた。無駄になって幸いともいう。
「ねぇ。いつまでいるの? おじいちゃんのおうち、いかないの?」
姪の花美が我慢の限界とばかりに駄々をこねた。
「花ちゃん。もうちょっとだけ我慢してくれる?」
「やだやだ。あそびたい~」
母親の美妙恵が抱き上げるもジタバタと藻掻いた。
手を離したら、すぐにでも走り出すだろう。
「美妙恵さん。花ちゃんを連れて先に帰りましょうか? ここに居ても退屈でしょうし」
「いいの?」
「はい。家の鍵はいつもの場所ですよね」
待ってましたとばかりに姪が母親の手を撥ね除け、パタパタと俺の元へ。
早く行こうと強く手を引いた。
「えぇんか? もう少ししたら、一緒に帰るんやけど」
「歩いて帰りますよ。近いですし」
気を遣う母へ、お先に失礼しますと二人で手を振った。
本当はこの先の事を含め色々と聞いておきたいのだが。
口を挟めずに、意見も言えずにいるのはストレスが溜まり過ぎる。
どうやら俺も手を引くこの幼子と、何も変わらないらしい。
「ねぇ、どこへいく?」
「荷物があるから、真っ直ぐお家へ帰ろう」
駅から病院へタクシーで直行したから、宿泊用具を担いだまま。
まさか妹達と鉢合わせするのとは、全く想定外だった。
「花ちゃんのお父さんは?」
「おしごと」
「やっぱりね」
病院からの家路。
手を繋ぎ二人でテクテクと歩く。
端から見たら、歳の離れた姉妹に見えるのだろうか。
「おねぇちゃん。あれって、なぁに?」
「あれは酒屋さんの看板。お爺ちゃんが良く買っているお店」
「じゃぁ、あれは?」
「お魚を釣る道具を売っている所」
父親が鮎の友釣り用の竿を注文していたな。
今でも川に出掛けているのだろうか。
嬉々とした顔で釣果を炭火で炙る姿が、ふと目蓋に浮かんだ。
「ねぇ、なにするの?」
「そうだねぇ」
姪と遊ぶつもりで実家に帰って来たのだが。
「えほん、よんでぇ~」
どこにあるんだ?
家中を探せば幼児用の本くらいある筈だが、サッパリ判らない、
「げぇむでも、いいよぉ~」
「ゲームねぇ」
スマホを貸すのは色々と支障が出そう。
この時間だと、子供向けのテレビ番組は放送していない。
花ちゃんの気に入るよう遊び道具が…………有るな。
廃棄していなれば。
「花ちゃん。上の階へ行こう」
木造の急階段を注意深く登り、倉庫にしている部屋へ。
「なにして、あそぶの?」
「良い物を見せてあげる」
押し入れを開け、古い記憶を手繰り寄せながら目的の箱を探す。
有った。コレだ。
邪魔な物を取り除きつつ、ズルズルと奥から引きずり出した。
「おねぇちゃん、それは?」
「今開けるから、もう少し待ってて」
開梱する前に窓を開けなきゃ。
蓄積された埃と塵でクシャミが出そう。
何せ二十年以上、封印されていた代物。
カビたり虫に食われていなきゃ良いけど。
祈るような気持ちで、蓋を開け小箱を取り出した。
「すごぉ~い。おねぇちゃん、これなぁ~に?」
「雛人形だよ」
無事な姿で、ほっと一安心。
梱包材を注意深く取り除き、とりあえず畳の上へ。
「今から全部出していくよ。壊れやすいから触っちゃダメだからね」
「わかったぁっ!」
御内裏|様と御雛様。
三人官女。五人囃子。随身の右大臣と左大臣。仕丁。
子供の頃に見た姿で残っていた。
金屏風が傷んでいるのは致し方なし。
道具類も幾つか欠けているが、これは前からだった気もする。
「いっぱいあるっ!」
「これはねぇ。花ちゃんのお母さんのために、お爺ちゃんが買った物なんだよ」
子供頃、桃の節句が近付くと家族一緒に組み立てた。
専用の雛段もある七段飾りだから、かなり値が張った事だろう。
「ほかには、ないの?」
「部屋のどこかに鯉のぼりも有る筈」
コチラに関しては俺も探し出す自信がなかった。
雛人形は妹が高校生の頃まで出していたから、大体の見当はついたけど。
「こいのぼり?」
「大きなお魚の形をした布の事だよ。この部屋をはみ出すくらい尻尾が長くてね」
両腕を大げに広げて見せた。
「風が吹くと、ハタハタと大空を泳ぐんだよ」
「おそら? どうやって?」
そっか。
今の子供は知らないのか。
田舎はともかく街中では見掛けないからな。
「とても大きくて長い棒に付けるんだよ」
「ながいの?」
「うん。この家よりも高い棒を立てるの」
アレは本当に大変だったに違いない。
端午の節句になると、大人数人掛かりで設置していた。
「お爺ちゃんが屋根に登ってね、もう少し右とか、もうちょっと手前とか、大きな声で叫びながら棒を立てるの」
まだ幼かった俺は、その様を地表から見上げた。
両手を握り締め。
凄いな。
格好いいなと憧れながら。
「その時のお爺ちゃん、誰よりも張り切っていてね。大空に楽しそうな声が、遠くまで、遠くまで……響いて…………」
「おねぇちゃん」
「ん?」
「どうして、ないてるの?」
「…………ぅん。どうしてかなぁ…………」




