夢の果てに求めしは⑪
人生において無駄な時間など存在しない。
空虚に感じられても、後々何らかの意味が生じる。
そう思っていたのだが。
この鏡の前で髪を梳く行為に関しては、正直どうかなと疑念を覚えてしまう。
長くて艶のあるストレートの黒髪。
男子の目を惹くという威力はあるが、ウザいだけだし。
十センチ、いや、二十センチくらい切ろうかな。
どうせ毛先が傷んでいるのだから。
「由喜ちゃん、おはやぁ~」
「おはよう春佳姉さん。随分眠そうだね」
背後からの声。
顔は見えないが、どんな表情かは容易に察しがつく。
「昨日、何時まで起きてたの?」
「三時前かなぁ。どうせ今日は休みだしさぁ」
「そういう生活してるから、自律神経がイカれるんじゃない?」
ただでさえスマホが手放せない毎日。
頭痛とか便秘とかボヤいてる割に、その辺に関しては無頓着だよなと、いつも思う。
「由喜ちゃん。あの在庫を一枚借りた」
「また?」
「大きめのが無くてさ。今度返すから」
先月も同じ会話をした気がする。
返却された例しは、まだ一度もない。
「春佳姉さん。洗濯物、全部出しといて。布団の回りに脱ぎ散らかしている服とか」
「アレは今日もう一回着る。それより靴下お願い」
「了解。夕方にまとめて洗う」
「あと下着も」
「待てや」
朝から盛大な溜息を吐いてしまった。
今は義理の妹だが、半年前まで父親って事スッカリ忘れているのでは。
「たまには春佳姉さんが洗濯をしても良いんだけど?」
「ここ最近、仕事がハードでさぁ。帰ってから何もする気が起きなくて」
お前は学生の頃も、母親に全部やらせていたよなぁ。
口から出掛けた言葉を、ぐっと飲み込んだ。
これ以上、朝から非生産的な会話をしても致し方なく。鏡を見つめながら髪留め位置を指で調整した。
「ハンカチは?」
「待った」
「忘れ物?」
「ないと思う」
お出掛け前に妻と交わすお約束。
「気を付けてね。無理はしないように」
それはコッチの台詞。
「昨日、何時に寝た?」
目の下の隈が今日も寝不足ですと主張していた。
「ちゃんと寝たわよ」
「どれくらい?」
「三時間くらいかしら」
「お願いだから、もう少し寝てください」
この母親ありて、あの娘ありか。
徹夜していない分、マシと思うべきか。
「ねぇ、あなた。もうすぐ文化祭よね?」
「明日、明後日だけど」
「見学に行っても良い?」
多分、大丈夫と首を縦に振った。
一般公開はしていないが、保護者の参観は問題ない筈。
詳細については、今日のホームルームで何かしら説明があるだろう。
「じゃぁ、行って来る」
「行ってらっしゃい♪」
そう言うなり妻は身を屈め、唇を重ね合わせた。
いつもの事ではあるが。
顔を見上げてのキスは、未だに馴れない。




