表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/113

夢の果てに求めしは⑩


「マジで、この店?」


 休日の夕暮れ時。

 ベネットさんから指定された場所。

 和牛一頭買い。

 個室焼き肉。

 最高級霜降り肉。

 看板に並ぶ文字を見て、たじろいでしまった。

『べてぃちゃんねる』出演料の先渡しとはいえ、流石に気が引ける。

 ネット放送の投げ銭で、毎回それなりの額を稼ぎ出しているのは、の当たりにしているけど。

 かといって回れ右をする選択肢はなく。

 一呼吸入れ腹をえると、正面の扉に手を掛けた。


「いらっしゃいませっ!」


 入店するなり威勢の良い挨拶。


「米内で予約をしている者ですが」

「はい、うけたまわっております。ご案内します」


 場違いな客で申し訳ございませんと、思わず謝りたくなる。


「米内様は一番の奥のお部屋でございます」

「突き当たりですね」


 店員に頭を下げつつ、心の中では冷やせが一筋。

 よりによって一番の奥座席かぁ。

 格子状の木戸を横へスライド。

 酷く重く感じるのは、重量的な理由だけではあるまい。


「遅いやんけ栗田さん。肉を全部、食うてまうところやったわぁ~」

「栗田はん、おいでやすぅ~」


 まさかのステレオ関西弁が俺をお出迎え。


「今回、山本さんもご一緒ですか」


 何も聞いていないのだが。


「ウチが居たらアカンの? いけずやわぁ~」


 タイトスカートのビジネス姿。紅いルージュに大きめのイヤリング。それら全て台無しにするビールの大ジョッキ。


「栗田は~ん。なしてこないな時間になったん? えぇ男でも見付けはった?」


 身体を捻りつつ上目使いでのお伺い。大人の色香が全開状態。

 呂律の回り方すると、かなりこししているっぽい。


「ちょっと野暮用で…」


 遅くなったと言おうとするも。

 奥に座るベネットさんを見て絶句した。


「栗田はん。早う戸を閉めなアカンて。他の人に見られたら大事おおごとや♪」

「お、おぅ」


 慌てて振り返り引き戸をピシャリと締めた。

 小学生らしき少女とビアジョッキ。

 この組み合わせは絵面えづら的にヤバい。


「ベネットさん、それ大丈夫なの?」

「なんも心配あらへんよ。最初どないかなぁって思うたけど、イケるイケる。全く問題なかったわ♪」


 そう言い終えるなり、身体に不釣り合いなほど大きなジョッキ杯を傾け、気持ち良く喉を鳴らした。

 今回、個室の理由。

 まさかコレ?


「そないな所で立たんと、早よ座り。せっかく焼いたお肉が焦げてまう」

「あ、はい」


 場の雰囲気飲まれつつ手短な席へ。


「カルビ、牛タン、ロースどれも頃合いや♪」


 灼熱の炭火。

 網上で炙られる牛肉。脂身が焦げる香り。

 一目見てよだれが垂れそうになった。


「さぁ、熱い内にお食べ」


 母親が娘へと食べさせるように、取り皿へと盛られる牛肉。


「栗田はんの分も、たんと用意したさかいに♪」


 予想はしていたが。

 俺の前にも大きなグラスの器がドカリと置かれた。ご丁寧に霜付きで。

 容器内に満たされた黄金色の液体。表面には白い泡の層。

 ご無沙汰しておりますと、頭を下げたくなるほど久方ぶりのご対面。

 取っ手を掴み、一気に飲み干したい衝動に駆られるが。


「お肉、戴きますね」


 箸を割り、安牌あんぱいな方へ手を伸ばした。

 飲むにしろ、飲まないにしろ、コチラは空きっ腹の状態。

 程よく焦げ目が付いたカルビ肉にタレを付けて……。


「うまっ!」


 思わず声に出た。

 舌がトロけるとは、この事か。

 この肉汁にビールを流し込みたいっ!

 強烈な誘惑に手が伸びそうになるも。


「あの、ご飯を注文したいのですが」

「何を言うてはります? それはめに頼むもんやろ?」

「ですよねぇ~」


 お約束のようなご回答。


「先ずは冷たい物で喉をうるおさな。キンキンに冷えとるさかい、今が一番飲みごたえあるで♪」

「判ってます。えぇ、判ってはいますけど」


 大丈夫か?

 本当に飲んでも大丈夫なのか?


「栗田さん、何も怖ないって。ウチらは成人式、二十年以上前に済ませとるさかいっ!」

「そりゃ、そうだけどさぁ~」


 可憐な少女の姿で力説されても説得力など微塵もなく。


「ベネットさん。本当に身体への影響はないの?」

「あらへんて。ほろ酔い程度や。所詮ビールやしな」


 以前は日本酒とか、ガンガン飲んでいたからなぁ。

 実際に見た目は普段と何も変わらない気がする。

 元の身体は中年男性だし、アルコール耐性があるのだろうか。


「大丈夫、大丈夫やって。栗田さんは心配し過ぎやっ!」

「そうかなぁ」


 酔っ払いの大丈夫ほど、当てにならぬものはなし。

 しかし………。

 ちょっとだけなら。

 グラスの端へ唇が吸い寄せられるも。

 いや。

 その一口で後々に影響が。

 冷静に考えろとフルブレーキを踏み込む理性。

 脳内の議論は紛糾するばかりで、一向に結論が出る気配はなく。

 俺は目前にある黄金色の液体を見つめるばかり。


「しもうたっ! 米内君。ウチら大事な儀式を忘れとる」


 突然、山本さんがパチンと掌を打ち鳴らした。


「アレやな、姐さん」

「………儀式って?」


 一体何を?


「乾杯やっ! すまんなぁ栗田はん。スッカリ忘れとったわ~」

「ほな、しよか。栗田さんもジョッキ持ってやっ!」

「やるの?」


 仕方なく取っ手を握り、持ち上げる。

 手がプルプルと震えた。

 ビールの大ジョッキ。こんなに重かったかなぁ。


「ほな、三人の未来に乾杯♪」

「乾杯!」

「か、乾杯」


 打ち鳴らすグラス。

 波立つ液体。

 そのまま二人はごく自然に杯を傾け、遠慮なくゴクゴクと。


「半年振りやから、たまらへんなぁ~」

「この季節は冷やこいビールやわぁ」


 …………飲もうかな。

 もう。

 限界点突破。

 箸を拾い焼き肉を口の中へ放り込む。

 噛み締め牛肉の旨味を堪能すると。

 覚悟を決め、重いビアジョッキを持ち上げた。

 唇から喉元へ滑り落ちる液体。

 舌に広がる麦芽の苦み。

 爽やかな飲み応え。


「ぷはぁあぁああああああっ!」


 焼き肉にビール最高っ!

 口元に付いた泡を拭いつつ、長々と息を吐き出した。

 約半年の振りだから感慨も一押し。

 胃から上がって来る……………。


「ぅん?」


 はて?

 何か足らぬような。

 首を傾げながら再びグラスを持ち上げる。

 舌に広がる麦汁。

 少し控え目の炭酸。

 味は間違いなくビールなのだが。

 思考する事、数秒。


「これ、もしかして麦芽飲料?」


 口に出すやいなや。

 目の前の二人が同時に噴き出した。


「アカンかったかぁっ!!」

「なんや、もうバレてもうたっ!!」


 腹を抱え、ケラケラと机を叩きながら笑い転げた。

 念のため、もう一口。

 やはりというか。

 これ、アルコールが入っていない。


「よく考えつきますねぇ。こんな手の込んだ悪戯いたずら


 霜付きビアジョッキを、このためだけに用意するとは。


面白おもろいやん? こないなのは真面目に気合い入れんとなぁ~」


 過呼吸一歩手前、息もえの山本さん。

 首謀者は考えるまでもない。


「でも、栗田さん。ビールやないけど、悪かないやろ?」

「烏龍茶よりはマシだけどさ」


 ベネットさんの指摘通り、宴会している気分にはなる。


「俺も最初どうかと思うたけど。お酒飲んだみたいな良い気分になるわぁ~」


 それはパブロフの犬と同じ状態なのでは?

 心に思うも、声に出すのは思い留まった。


「ただなぁ。やっぱこの身体やと、ようけ食べられへん。すぐにお腹がパンパンになりよる」

「食べるだけならともかく、炭酸飲料だしねぇ」


 年齢的に伸び盛りとはいえ、胃の大きさは子供サイズだろう。


「ほな、ちょっと失礼して来るわ」


 紙のエプロンを外し、ベネットさんは席を立った。


「なんや? 米内君、ローマ人の真似事でもしはるん?」

「そないなもったい事、ようせぇへんよ」


 お子様のサンダルをパタパタと響かせながらの退出。

 見た目だけは、どこにでも居そうな小学生の女の子だよな。

 後ろ姿を見送りながら改めてそう思った。


「栗田はん。まだ、ぎょうさんあるさかい。遠慮せず食べてな」

「あ、はい。戴いてます」


 トングで網上のお肉を、まとめて皿へと移した。

 今の一騒動の余波で、幾つか焦げ掛かっていた。


「今日は全部ウチの奢りや♪」

「全部?」


 てっきりベネットさんの経費だと思っていた。


「米内君と掘はんから聞いたわ。色々と助けてくれたんやろ? ほんま感謝しとる。ウチは何も知らへんかったからなぁ」

「困った時はお互い様ですし」


 たまたま今回は俺が最初だったに過ぎない。

 逆の立場だったら、きっと二人に助けられた………と思う。


「ちなみに君ら、なんでそない姿になったん?」

「なんでと言われても」


 切っ掛けと戻る方法は判明したが。

 理屈に関しては未だサッパリ意味不明。


「二人に聞いても、よう判らん言うし。ウチとしてはメッチャ気になるわぁ~」


 優しげな声。

 口元に浮かぶ微笑み。

 だが二つの目は俺の顔をジッと見据えていた。

 そっか。

 掘さんもベネットさんも、流石に全てを話してはいないのか。


「俺も良く判りません。朝起きたら、こんな状態でして」


 お手上げとばかりに両掌を広げてみせた。


「あの二人も、そない言うてたな」

「興味、お有りで?」

「誰でもそう思うやろ。面白おもろいやん?」


 それだけの理由で、熱い視線をコチラへ向けるわけがなく。


「山本さんも変わってみたいですか? 俺達みたいに」

「せやな。明日からっていうんは困るけど、ちぃ~とばかり考えはするなぁ」

「もしも性別が変わったら、何をしたいので?」


 女性の身体から少年の姿へ。

 何する?

 何を求める?

 好奇心から、つい問いただしてしまった。


「お父さんやな」

「………はい?」


 今、何と申した?


「ウチ、お母さんは体験済みや。娘を二人産んで育てたやろ?」

「だから、今度は父親をやってみたいと?」

「流石は栗田はん。物分かりがえぇなぁ~」


 満面の笑みを浮かべると、紅いマニュキュアの塗られた人差し指で、俺の顎を下から軽く持ち上げた。


「ウチの子供を産んでみぃへん?」

「こど、も?」 

「そうや。ウチが父親で、君がお母さん。知的な子が出来そうやんか?」


 待て。

 ちょっと待って。

 冗談だよね?

 それともマジなのか?

 これ、迂闊に返事したらアカンやつでは?


「栗田はん。子供産むなんて大した事あらへんよ。つわりと分娩が少し大変なだけや」


 それ絶対に『少し』じゃないと思う。


「あの、山本さん。嬉しいお言葉ではありますが。今は中学へ通う身分なので」

「せやった、せやった。ほな、四年くらい待とうか?」


 それなら年齢的には……って、そういう問題じゃない。


「そもそも俺には、愛する妻と娘がおりまして」

「それは男の時の話やろ? 今は栗田由喜という可愛い娘やんか。後ろめたい事は何もあらへんって♪」


 二人で食事をするような、軽い口調で言われても困る。

 そういやベネットさんが以前ボヤいてたな。

 姐さんの冗談はいつもタチが悪いと。


「山本さん。お酒ちと飲み過ぎでは?」

「そないな事ないよ。まだ三杯くらいしか飲んでへんし」


 確かに頬がホンノリと赤い程度。

 むしろ今までの会話。素面しらふの方が問題あるかも。


「お待たせ。帰ったでぇ~」


 密室を開放するように滑る扉。

 ベネットさんの姿に、真底ホッと胸を撫で下ろした。


「なんや、えらい早かったな。米内君マジで吐いたん?」

「便秘を解消して来たんや。スッキリしたから、まだまだ食えるでっ!」


 上機嫌で再び紙のエプロンへと指を伸ばした。


「そや米内君。君の鞄から何ぞ鳴ってたで?」

「ほんま?」


 バッグを引き寄せ取り出したのは、少女には不釣り合いなほど大きなスマホ。

 実際、ベネットさんの操作中、手からはみ出していた。


「最後のお客さん来よった。もう数分で到着や」

「ほな、スペシャルなドリンク用意しとこか♪」


 いそいそと山本さんは部屋から退出。


「栗田さん。すまへんけど、もうちょい奥に詰めてくれへんか?」

「別に良いけど」


 俺は荷物を持ってベネットさんの真横へ移動。


「さらの、もうて来たで♪」


 山本さんの手には二個の霜付きジョッキ。

 一つは新しい席へゴトリと置かれた。


「米内君の、新しいのに替えとき」

「気ぃ使わせて、すまへんなぁ」


 新しい取り皿。

 おしぼり。

 箸と箸置き。

 目の前で着々と進行する宴席準備。

 子供が悪巧みを仕掛けるがごとく、二人とも溢れんばかりの笑顔。

 俺は半ば呆れながら麦芽飲料をチビチビと啜った。


「栗田はんも、あんじょうよろしゅうな♪」

「へ? 俺も?」

「酔ってる振りだけでも頼むわぁ」


 いつの間にやら共犯者。

 手配が完了したところで、頃合い良く近付く足音。横に滑る格子戸。


「お待たせぇ~……って!?」


 やはり最後の一人は掘さんか。

 俺と同じく、室内の状況をみるなり硬直状態。


「掘はん。早う中に入って戸を閉めてくれへんか? 他人に見られたら面倒やさかい」

「いや、言われなくても判るって!」


 珍しい。

 あの掘さんが明らかに取り乱していた。


「米内さん、それマジでヤバくね?」

「どないかなぁ~って最初は思うたけど、イケるで。何も心配あらへん」


 涼しい顔でベネットさんは、ゴクリとジョッキの中身を飲んで見せた。


「マジでっ!?」


 まぁ、普通は驚くわなぁ。


「栗田さんも飲んでるの?」

「うん。何か普通に飲めた。元の身体が中年の男だから、アルコールに耐性が有るっぽい」


 真顔で言い放ちながら、俺も一緒に杯を傾けた。


「役者も揃ったさかいに、皆で乾杯しよか? 掘はんもジョッキを持ちなはれ」

「本当に飲むの? マジで飲むの? ねぇ、これ本当に大丈夫なんっ?!」

「問題あらへんてっ! 俺が平気やさかい掘さんも絶対イケるっ!」


 ベネットさんに同意とばかりに、俺は首を縦に振った。

 下手に喋るとボロが出そうので。


「準備はえぇか? ほな、皆の幸せを祈願し乾杯っ!」

「乾杯っ!」

「乾杯」

「ホントに飲むのっ?!」


 一人を残し、ジョッキ杯を上げる三人。

 その後、ほぼ同時に炭酸混じりの息を吐き出した。


「なんや。君、飲まへんの?」


 ポツリと呟く山本さん。

 掘さんはグラスの表面を暫し眺めると。

 覚悟を決めたのか、一気ビアジョッキをあおった。

 喉を鳴らす音。

 見守る周囲の視線。

 数秒後、ジョッキ杯を下ろすと口元の泡を拭った。


「これ、ノンアルじゃねぇかっ! 騙しやがったなっ!? お前ら全員、地獄へ落ちろっ!!」


 憤慨の声に、三人同時に爆笑した。

 久し振りに、腹の底から笑った気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ