遅れた福音⑨
何か言われそうだな。
先の展開を憂いつつ、玄関に鍵を差し込んだ。
スッカリ夜も更け時刻は日付が変わる間際。
地味に胃が重い。
三人でお酒代わりに飲んだ中国茶と、ケーキを筆頭に大量に食べた甘味の数々。
どれだけカロリーを摂取したのか、あまり考えたくはない。
「ただいま」
帰宅を告げながら恐る恐る入室。
靴を脱ぎつつ気配を探るも、物音は何一つなく。
布団へ入るには、まだ早い時間だった。
「おかえりなさい」
トイレのドアノブを握るや、扉越しに娘の声が聞こえた。
「春佳姉さん。もしかして長い?」
「もうチョイ掛かる」
「出来れば早めに交代して欲しい」
駅から我慢して来たのだが、先約いるのは想定外だった。
「母さんは?」
「リビングじゃない?」
先にそっちだな。
荷物を自室へ投げ入れ廊下の奥へ。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい♪」
予想は見事に外れた。
妻は見るからに上機嫌だった。
「お酒、飲んでるの?」
「あなたの梅酒、戴いてるわ」
カラカラとグラスの氷をマドラーで掻き混ぜた。
「あなたも一杯いかが?」
「ノンアルコールで良ければ」
冷蔵庫から炭酸水を持ち出すと、妻の隣の席へ。
「かんぱ~い♪」
「乾杯」
ガラスの接触音が静寂な室内に響いた。
「陽子。何時から飲み出した?」
「さぁ。いつからだっけ?」
舌の呂律かなり怪しい。
テーブルの対面には、空のグラスが一つ置かれていた。
どうやら娘も巻き込まれていたらしい。
「義弟。夕方に来ていたよな?」
「そうよ。どうして顔を見せなかったの?」
「他に約束があったからさ」
面倒で逃避したわけだが。
「今日、来るなんて聞いてなかったけど」
「アレねぇ。実はバレちゃったのよぉ~」
「バレたって、何が?」
酔い覚ましを兼ねて、空いた妻のグラスへと炭酸水を注いだ。
「あなたの行方不明者届。いわゆる捜索願よ」
「そういや、前に言ってたな」
「あれって警察に提出するんでしょ? 私って嘘を付くのが下手だから、ずっと逃げていたのよねぇ~」
姿が変われど、俺と毎日会話をしているからな。
気が乗らないのは痛いほど判る。
「失踪届の証明資料になるからって、井上さんに力説されだけど。それも何だかねぇ~」
「早くて七年後だしな」
気になっていたから、電車の中で詳細は検索済みだった。
「マンションのローン。失踪届が受理されたら無くなるんでしょ? あなたの名義だから」
「契約上はね」
長年払って来たから、七年後、残金はあまり残っていないと思うけど。
「気が乗らないのよ。あなたが毎月返済して来たのに、私の物にして良いのかなって」
一人言のように呟くと、妻は注がれたグラスの中身を一気に飲み干した。
「俺は構わないさ。家族の住む所が維持されるのなら」
空になったガラスの器を、再び炭酸水で満たした。
「陽子には迷惑を掛けているし」
「そういう問題じゃぁ~な、い、の」
不服そうに横目で俺を見ながら、アイスバケットから氷を摘み液体の中へと沈めた。
「ここは、二人で見付けた場所だから」
広くて、窓がたくさんあって、駅に近くて。
長時間歩き探した末に見付けた物件。
「私と、あなた。二人の物でしょ?」
妻からの問い掛け。
黙って頷いた。
せっかく用意したクリスマス・プレゼントを、送り返された気分で。
「ねぇ、あなた。その姿になってから、今日で半年くらいになる?」
「そう……かな?」
性別が反転したのは十二月の下旬。日付的に六ヶ月を経過していた。
「もしかして明日の朝、元に戻るって事はないの?」
「それは起きてからのお楽しみ♪」
俺は冗談を口にするように明るく答えた。
男へ戻る方法が判明した。
その事を妻へ告げるべきか。
ベネットさんの仕事場を出た直後から、ずっと考えあぐねていた。




