遅れた福音③
せっかくの休日。
なぜ俺は早起きをしているのだろう。
キャスター付きのスーツケースを引きずりながら、欠伸を一つ。
夜明け前に家を出る、年末の即売会に比べたらマシではあるが。
娘に借りたスカートが時折、脚に絡み付く。
涼しいのは良いが、下半身が布一枚に下着のショーツのみというのは何となく心許ない。登校時のようにスパッツでも穿くべきだったか。
遅刻するのは失礼なので、五分前に集合場所へ。
だが、すでに同行者は先着済みだった。
「おはようございます。栗田さん」
コチラの姿を見付けるなり、宇垣さんは元気良く朝の挨拶。
「おはよう。もしかして待たせた?」
「わたしも今来たところです」
俺と同じワンピース姿ではあるが、フリルやパステル色などのファンシー系。帽子やリュックなども可愛さ重視。
「今日の宇垣さん、気合い入ってるね」
普段、地味な印象ばかりなので、正直意外だった。
「それは。その……。せっかく栗田さんにお招き戴いたので、頑張ってみました」
頬を少し赤らめながら視線を外した。
「わたし、お友達と遠くへ出掛けるのは、あまり経験がなくて」
「ただの同人誌即売会だよ」
俺はつい苦笑した。
目的地まで一時間以上。ちょっとした旅行と言えなくもないか。
「栗田さん。今日の昼食はどのようなご予定で?」
「まだ、特には決めてないけど」
いつもはパンとか適当に食べるだけ。
「わたし、サンドイッチを作って来ました。温かい紅茶もあります♪」
「それは助かる」
ピクニックでも違和感ないなと思ってしまった。
「そろそろ行こっか」
間もなく電車が来る。
二人で自動改札を抜け、階段を降りた。
ホームへ滑るように入線する電車。
ここまでは予定通り。
車内は少し混んでいたが、無事に二人分の座席を確保。
並んで腰を下ろし一息付いた。
この後は終点の都心ターミナル駅まで乗り続けるだけ。
以前ならノートパソコンを取り出し、小説を書いていたのだが。
この状況で個人作業を優先するのは野暮だろう。
「宇垣さんは、同人誌即売会に行った事ある?」
「今回が初めてです。前から興味はあったのですが」
交通費や参加費、本の代金を考えると、中学生にとって敷居は高いか。
俺も初参加は二十歳を超えていた気がする。
「あの、栗田さん。今日は一緒に売り子をするんですよね?」
「人はあまり来ないから、座っているだけで良いよ」
「そうなのですか?」
「一人でも充分こなせるけど、トイレとかは二人の方が楽だからさ」
話し相手が欲しいという理由もある。
「わたしは今日どんな衣装を着る予定でしょうか?」
「衣装って?」
「サークルの人は、必ずコスプレ姿で売り子をすると聞きましたけど」
俺の目を見ながら、宇垣さんは小さく首を捻った。
「それ、どっから出た情報?」
「木村さんです」
アイツかぁ~。
「宇垣さん。友達の言葉を全て真に受けるのは、あまり良くないと思うよ」
あの女、後でシメる。
「実際は違うんですか?」
「たまに見掛ける程度かな」
壁際とか大手サークルくらいだろう。
「そういえば、木村さんもお昼頃に伺うと言っていました」
「みたいだね」
サークル入場は三人まで可能なので、一緒に声を掛けていた。
興味はあるけど、朝は苦手との返信。
きっと深夜アニメでも見て夜更かしをしているのだろう。
かくいう俺も頼まれた脚本で睡眠時間を削っているため、マジで眠い。
歩いている時は平気だったけど、座っていると意識が飛びそうになる。
「即売会について、今の内に聞きたい事とかある?」
もし他になければ、十分でも良いから仮眠させて欲しいのだが。
「今は特にないです。ただ、全くの初心者なので、会場に着いてから色々お尋ねすると思いますけど」
「それもそうか」
「質問の代わりに一つお願いをしても良いですか?」
そういうなり宇垣さんは携帯の液晶画面を素早くタップした。
「わたしも栗田さんと同じ小説サイトに登録してみました。相互フォローよろしいでしょうか?」
「その名前。やっぱり宇垣さんか」
昨日、俺のアカウントに読者登録されていたので、気にはなっていた。
「作者のプロフィールに誕生日を登録していたよね?」
「はい。何となく入力してみたのですが、変えた方がよろしいでしょうか?」
「それは個人の自由だけど。私と一ヶ月違いだなって」
「本当ですかっ!?」
なぜか嬉しそうに声を上げた。
「うん。翌月だけどね」
「では、わたしの方がお姉さんですねっ!」
俺に向けられる、とびっきりの笑顔。
宇垣さんは一人っ子なのかな?
そんな事を、ふと思ってしまった。




