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遅れた福音②


 走った先にあるのは車か。

 はたまた秘密部屋か。

 俺の予測とは裏腹に、たどり着いた先は渡り廊下先の校舎裏だった。


「この辺で良いかな? 栗田チャン♪」


 不穏な笑みをコチラへ向ける角田さん。


「あの、どうしてここへ?」

「他の人に知られたくないでしょ?」


 ボブカットの子が髪を掻き上げながら溜息をついた。


「えっと、みっちゃんだっけ?」


 そう口にした瞬間、舌打しながら睨まれた。


「私は淵田。今度、下の名前で呼んだら蹴るから」

「ごめん、ごめん」


 言葉を交わす機会が全くなかったので、今初めて名字を知った。


「それで淵田さんと角田さんは、私にどのようなご用件で? 秘密とか仲間とか、良く判らないんだけど」


 俺は無知な振りをして、軽く探りを入れてみた。


「アタシねぇ。脚本の読み合わせで判っちゃった。いや、もう確信したね。栗田チャンの本当の姿を」


 演劇部よろしく台詞を話すが如く、身振り手振りを交えながら角田さんは間合いを詰めて来た。


「どれだけ一般生徒を装っても、アタシ達の目は誤魔化せないよ?」

「私は、ただの転校生ですけど」

「はぁ? まさか、まだとぼける気?」


 挑発的な角田さんの問い掛け。

 俺は敢えて無言まま視線だけ返した。

 相手の手の内が、まだ見えない。不用意にコチラからふだは切れなかった。


「もうバレてんだって。黙っても無駄だから。栗田チャン、あんた過去に…………」

「過去、に?」

「演劇で主役やった事があるでしょっ!!」

「……………………はぃ?」


 ずるりと肩の力が抜けた。


「あの発音の仕方。あの感情の込め方。素人じゃないって一発で判ったよぉ~。栗田チャン、前の学校で演劇やってたんでしょ? 正直に言いなって!!」

「うん。やった。主役じゃないけど」


 もう何十年も前の学校で。


「だよねぇっ! どんな役? やっぱ演劇部だったの?」

「部活動じゃなく、文化祭のクラス演劇で一回だけ。主役の次に台詞が多かったかな」


 必至に脚本を憶えて、何度もリハーサルを行った。

 なのに、本番でスポットライトに照らされた瞬間、頭の中が真っ白に。

 練習では自然に話せた台詞が、緊張で滑舌が最悪。

 気付いたら幕が下りていたというていたらく。

 あの日以来、体育館のアーチ屋根を見る度に、トラウマが脳内再生される始末だった。


「そんじゃ、アタシらが言いたい事、もう判るよねぇ~?」


 数分前までは不明だったけど、今では容易に想像がついた。


「演劇部への勧誘?」

「当ったりぃ~っ! どう? 一緒に舞台に立ってみない? 栗田チャンなら主役もバッチリいけるよっ!」


 舞台に立つと緊張するから。

 人の目が怖いから。

 理由なら、いくつも思い着くが。


「ごめんなさい。放課後は、夕飯や家事仕事があるので無理です」


 一番無難な理由で断りを入れた。


「マジで?」

「マジです。本当に、ごめんっ!」


 駄目押しとばかりに深々と頭を下げた。

 もしも私が演劇部に入部したら。

 先に断った三川君から、何を言われるか判ったもんじゃない。


「角田。彼女に頼むのは、入部じゃないでしょ?」


 淵田さんが横見で見ながら、肘で隣を小突いた。


「いやぁ、栗田チャンが入ってくれたら、全て解決すると思ってさぁ~」


 え?

 今、何と申した?


「また他にも、私に用件があるの?」


 これ以上の面倒事は勘弁したいのだが。


「実はねぇ。アタシら演劇部としても、文化祭で一芝居する予定でさぁ~」


 説明しつつ、角田さんはスカートのポケットから携帯を引っ張り出した。


「この話を舞台でやりたいんよ」


 私へと向けられた液晶画面。

 一目見て、凄く嫌な予感がした。


「それって…」

「栗田チャンの最新作、凄く良いじゃんっ! もうプロローグからテンション上がりまくりっ!」


 やはり俺が小説をアップしているサイトだった。


「こんな傑作を書いておいて、私には才能がない? もう、嫌みにしか聞こえないって!!」


 宇垣さんだな?

 これを教えたの。

 やはり、あの時の言葉を根に持っていたか。


「角田さん。そのアップしている作品、まだ連載中なんだけど」


 ようやく中盤を過ぎたところで、これから盛り上がる展開なのだが。


「序盤の部分だけでも良いからさ。切り抜いて一本作ってよ」


 気軽に言ってくれるなぁ。この子はいつも。


「ちなみに期待しているのは、アタシだけじゃないよ♪ ミッチャンも、この話やりたいんだよねぇ~」

「まぁ。悪くないし」


 素直に首を縦に振らず、気まずそうに淵田さんは俺から目を逸らした。


「そんなわけで。栗田チャン、脚本書いてくれない?」

「いきなり言われても……」

「この間、めっちゃ早かったじゃんっ!」

「アレは宇垣さんの脚本を修正しただけ」


 直す箇所が決まっていたから、早く仕上がったに過ぎない。

 俺は腹の底から大きく溜息を吐き出した。


「角田さん。予定の公演時間は?」

「三十分くらいかなぁ~」

「締め切りは?」

「早ければ早いほど嬉しいって感じ」


 文化祭まで三週間切っていたっけ。


「私が脚本を書く利点は? 何か得になる事あるの?」

「演劇の紹介文に、脚本担当として栗田さんの名前を明記。あと、小説サイトの宣伝もして上げるよ♪」


 正直、微妙。

 アレを他の生徒の目に晒されるのは、あまり嬉しくないけれど。


「一週間。早くても一週間は掛かる」

「書いてくれんの? マジで?」


 俺は依頼主の目を見ながら頷いた。

 宇垣さんの脚本を修正した時。

 つい思ってしまった。

 自分が書いた脚本を、皆が演じている光景を想像してしまった。

 いつしか、それを望んでいた。

 だから。

 断るという選択肢は最初から存在しなかった。


「荒削りになるけど良い?」


 時間的に書き上げるだけで精一杯。

 内容を吟味する余裕はないだろう。


「全然OK。やっぱキミは最高だよっ!!」

「判ったから、抱き付くなって」


 両腕で抱き締められ、なおかつ頬摺り付き。

 俺の正体が中年男性だと知ったら、後で殴りに来るだろう。


「角田、時間ないってば。早く部長に報告しないと本当にマズイ」

「無事に決まったから、別に急がなくても良いじゃん」

「マジ切れメールが着信してる。ほら、行くよ?」

「もう少し栗田チャンと話したいのにぃ~」


 母親が子供を連れ出すように、淵田さんが強引に角田さんの手を引いた。


「じゃぁ、栗田チャンよろしくねっ! 楽しみにしてるからっ!」


 演劇部の二人に手を振りお見送り。

 姿が見えなくなったところで、一息ついた。

 脚本が書いて欲しいなら、最初からそう言えっての。

 過去だの秘密だの言うから、無駄に冷や汗を大量にかいた。


「一週間か」


 自分で締め切りを設定しておきなら、余裕のなさに頭を抱えた。

 気合い入れて書かないと間に合わないかも。

 今夜『ベティちゃんねる』に出演予定だったが、断りの連絡を入れなきゃ。

 ダメ元で掘さんに代打の依頼をしてみるか。

 ベネットさんの不機嫌そうな顔が脳裏をぎるも、すぐに霧散した。

 自分の脚本が文化祭で上演される。

 期待と不安と高揚感で身体が小刻みに震えていた。


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