遅れた福音①
放課後。
部活や帰宅を急ぐ生徒で賑わう教室内。
俺は返って来た中間テストの答案用紙を見ながら溜息一つ。
英語五十二点。
何度見直しても採点ミスはない。
おかしいな。
中学レベルの英語だぞ?
悪くても八十五点くらい取らなきゃ変だろ。
ちゃんと試験勉強もしたのになぁ。
まぁ、昔はもっと酷かったので進歩はしてるっぽいが。
「栗ちゃん、どうしたのかにゃ?」
顔を上げると目の前に木村さんが立っていた。
「テストの結果が悪くてさ」
「そうでありますか? わたくしより二十点も多いじゃないですか」
それは流石に低すぎだろ。
あまり人の事は言いたくないが。
「あら、それほど悪くないじゃない」
成績順位トップ勢の親友が、いつの間にやら背後から覗き見。
「今回、高校受験の英単語とか混ざっていたから、平均点数は五十点を切ってるはずよ」
「そういう伊藤さんは何点?」
「全然ダメ」
溜息を吐きながら顔を左右へ振った。
「八十点しか取れなかったのよ」
それは本音か? 単なる嫌みか?
憮然とする木村さんと目を見合わせた。
「お先に失礼しますね」
我関せずと言いたげに、席を立つ宇垣さん。
こちらに一礼すると帰路についた。とぼとぼと肩を落としながら。
「宇垣ちゃん、元気ないですねぇ」
皆で背中を見送りながら、木村さんがポツリと漏らした。
「栗田さん。何かあったの?」
眼鏡の蔓を持ち上げながら、問い詰めるような視線。
相変わらず、伊藤さんは勘が鋭い事で。
「今、ちょっと倦怠期」
「え? 栗田さんと宇垣さんて、そういう関係なの?」
「冗談を真に受けられても困る」
両目があからさま輝いていた。何を期待しているのやら。
「彼女が考えたクラス演劇の脚本。私が全面的に書き直して、面子を潰しちゃった」
その後、更に追い打ちを掛けたしなぁ。
自分には才能がないと話したら、マジ切れされた。
「それであの子、毎日お通夜みたいな顔をしているのね?」
なぜか笑顔で頷く伊藤さん。
それを見てドン引きする木村さんと俺。
お通夜ねぇ。
確かにそんな感じの表情ではあるが。
「今度、カラオケでも誘った方が良いかなぁ」
罪滅ぼしになるか判らんけど。
「栗ちゃん、それ名案では?」
「木村さんは歌いたいだけでしょ?」
お約束のように突っ込みを入れる伊藤さん。
「いやぁ。だって、テストだの文化祭準備やらで、ご無沙汰でありますから。たまにはストレス解消もアリかにゃぁ~と」
そう言われてみると、十日近く歌ってないや。
「じゃぁ、いつ行く?」
「今でしょっ!」
はい?
これから?
「なら、急いで宇垣さんに声掛けなきゃ」
まだ校内にいるはず。
「でも私からだと…」
「栗ちゃんが誘わないと、意味がないと思いますよ?」
「ですよねぇ~」
木村さんとの丁々発止。
まるで、十年以上付き合いのある親友のようだと最近思う。波長がどこか合うのだろう。
「とりあえず、メッセ飛ばしてみる」
「電話の方が早いのでは? アプリに通話機能ありますよね」
「それは判るけどさぁ」
どのように誘う?
こういう時に限って、言葉が浮かばない。
「栗田さん。難しい事を考えず『歌いに行きましょう』の一言で良いんじゃない?」
「それが直球か」
伊藤さんの意見に頷きつつ、スマホのロックを外した。
アドレスは確か………。
「栗田チャン、いるぅ~っ!!」
液晶画面をタップしようとした矢先。
けたたましく教室の扉が開いた。
「いたいたっ! ミッチャ~ン。栗田チャンまだいたよぉ~っ!!」
演劇部特有の滑舌の良さと、教室の隅々まで響くような声音。
足取り軽くパタパタ駆け寄る靴音。
こんなヤツ、一人しかいない。
「角田さん。ごめん、今日は…」
「悪いね栗田チャン。どうしても話したい事があってさ、相談したい事があってさぁっ! ほんの少しだけ良いかなぁ~? 良いよねぇっ!?」
俺に抱き付くなり、もう決めたからと言わんばかりの傍若無人ぶり、
ちっとも良くないよ。
「マジで今日は用事があるから、明日にしてくれない?」
「なんでぇ? ダメなの? コッチも超急ぎで、超重要な話なんだけどさぁ~。良いでしょ? 良いじゃんっ!?」
ずかずかと土足で踏み込むような押しの強さ。ここまで来ると本当にウザい。
「角田さん。本当に今日は無理なんだって」
「冷たいなぁ、つれないなぁ、アタシのお願いが聞けないって~の?」
「マジで無理。本当にごめんっ!!」
俺は手を合わせ頭を下げた。
どうせ演劇関連の事だろうけど、今は宇垣さんが何よりも最優先事項。
「栗田チャ~ン。そんな事を言うならさぁ~」
声のトーンを下げながら、角田さんは俺の耳元へ唇を寄せると。
「秘密。バラしちゃうよ?」
「はぃ?」
「栗田チャンの過去。みんなに教えちゃっても良いの?」
他の人には聞こえない小さな声で、悪魔のように囁いた。
秘密。
俺の過去。
まさか………。
「あれ、あれぇ~? もしかして図星? アタシの勘、当たっちゃった?」
俺の狼狽える様を眺めながら、彼女は嬉しそうに口元を吊り上げた。
「角田さん、一体何の話をしているの?」
様子を眺めていた伊藤さんが、咎めるように会話へ割り込んだ。
「詳しくは話せないけどぉ~。アタシと栗田チャンは仲間だった………という事が、たった今、判明しちゃいました~っ!! そんなわけで、栗田チャン借りて行くよっ! ごめんねぇっ!?」
腕を掴むなり、有無を言わさぬ勢いでその場から連れ出された。
呆気に取られる友人達に見送られながら。
「角田、急いで。もう時間がない」
教室の外、片割れの演劇部の子が待っていた。どこか不機嫌そうな顔で。
「あれ? もしかしてミッチャン怒ってんの?」
「だから、学校ではその名前で呼ぶな」
二人に挟まれながら足早に進む学校の廊下。
何がどうなっているのやら。
俺は今から、どこへ連れて行かれるんだ?
サッパリ訳が判らなかった。




