幸せの代価⑩
「お疲れ様で~す」
無言では無愛想なので、おざなりに一言告げながら教室の扉を開けた。
「栗田チャン、どしたのっ!?」
黒板の前にいた角田さんが、驚愕しながら振り向いた。
「今日、休みじゃないの? まさか今、登校したの? もう授業終わって放課後だよ?」
「めっさ遅刻した」
昨日の面子が教室内に居残っていた。
「いやぁ、病院へ寄ったら時間が掛かってさぁ」
「随分と遠い病院ですね」
ボブカットの子から冷ややかな視線と突っ込み。
「マジで遠かったのよ」
なにせ片道四時間だし。
「栗田チャ~ン。あの脚本めっちゃ良いよっ! 時間バッチリ、話もスッキリ、何より最後が超ハッピーだしっ!」
剥き出しの笑顔で、パタパタと角田さんが駆けて来た。
「あれ一晩で書いたの? 一日で完成させちゃったの? 凄いよ、栗田チャン天才じゃねっ!?」
「気に入って戴けたようで何よりです」
かなり強引に内容を圧縮したから、修正依頼あるかなと危惧していた。
「アタシさぁ。あの脚本ボツにするのは、少し惜しいかなぁ~って思ってたんよ。だから、あのエンドは凄く良いっ! ミッチャンも、そう思うよねぇ?」
「私は別に」
「素直じゃないなぁ。最初に読んだ時、ベタ褒めしてたじゃんっ!」
「角田、余計な事は言わなくて良い」
とりあえず演劇部の二人からはOKが出たか。
気になるのは原作者の方だけど。
「宇垣さん、あれで良かった?」
「はい。問題はないかと。皆さん褒めていますし」
どこか引っかかる物言い。
やはり嬉しくはないか。当然と言えば、当然だろうけど。
「それじゃぁ脚本の読み合わせ、もう一度最初からやるよぉ~。みんな準備、準備」
「またやるの?」
「すぐ終わるから、ミッチャンもう一回やろっ!」
二人の会話を聞きながら、ハタと気付いた。
「あれ? もう一人は?」
演劇部、三人目の姿が見えない。
「今日はお休み。だから栗田チャン代理やって」
「はぃ? 私が?」
目的達成で、帰ろうと思っていたのだが。
「一回目は宇垣チャンにお願いしたけどさぁ~」
「声が小さくて、ごめんなさい」
しょんばりと俯く原作者。
「そんなわけで、よろしくっ!」
有無を言わさず渡される脚本。
「まぁ、やっても良いけど」
短めの話だし。もしかしたら、修正が必要な箇所があるかもしれないし。
「それじゃ、やるよ? やっちゃうよ? そいじゃ、本読み二回目の開始っ!」
宣言するやいなや角田さんは教壇に立ち、何やらポーズを取った。
「朝の光が待てなくて、夜の寒さに震えている。淡い妄想で暖をとり、叶わぬ夢を糧とした」
教室の隅々まで響きる凛とした声。俺は思わず目を見張った
「明けない夜はない。誰かが昔そう言った。でも私は、黎明を告げる太陽が、地平線を黄金色に染めあげるまで、生きている自信がなかった。漆黒の空の下、凍える手足を擦りながら、煌めく星々を、ただじっと見つめていた」
本読みと言いつつ、している事は本番さながら。
角田さんが言葉を発する度に。
表情や手足が動く度に。
室内の空気が変わるような錯覚に陥る。
まるで教壇が、体育館のステージのようにすら思えた。
しかも今朝、脚本が完成したばかりなのに、一字一句完璧に暗記している。
なるほど。
伊藤さんと木村さんが、太鼓判を押すわけだ。
「姉さん。また飲んでいるの? いい加減にしないと、本当に体を壊すよ?」
ボブカットの女子生徒、みっちゃんも台詞に演技を交えながら壇上へ。
この子も負けず劣らず上手い。
所詮、中学生の演劇。大した事はないと高を括っていたのだが。
豈図らんや、今から文化祭当日が楽しみだった。




