幸せの代価⑨
「すみません。家族が入院したと聞き、駆け付けたのですが」
病院の受付。
父親の名前を告げ、病室の番号を尋ねる。
学生証を提示し、同じ名字の親族ですよと係りの人にアピール。
実家に電話したら一発で判る事なのだが。
俺が今ココにいる事を知られたくなかった。
「少々お待ち下さい」
見た目が未成年なせいか、怪しまれる事もなく丁寧に場所を案内された。
この番号、見覚えがあるなぁ。
もしかして前と同じ病室に放り込まれたか?
「こちらをご記入願います」
手渡された用紙にペンを走らせた。栗田由喜と。たまにウッカリ間違えそうになる。果たして俺はいつまで、少女の名前を綴り続けるのだろう。
消毒液の臭い。
スリッパの音。
行き交うは医療服と寝間着の人ばかり。
病院へ来る度に、いつも異質な領域へ足を踏み入れた気分になる。
そんな事を思いながら、エレベーターへ乗った時。手ぶらで来てしまった事に気付いた。
本来ならお見舞い金を持参すべきなのだが。
中学生が差し出したところで、受け取りを拒否されるのが目に見えていた。
「やっぱり同じか」
辿り着いた病室。番号を確認しながら、周囲を見合わす。
廊下の配置から間違いないだろう。
部屋は四人用だが、患者の札は父親の名前のみだった。
ノックすべきか?
腕を持ち上げるも、寸前で思い留まった。
寝ている可能性があるな。
金属の手摺りを掴み、静かにスライドさせた。
隙間から見える人影。
誰だ?
看護師か?
扉が開いたのに気付いたのか、女性らしき人が振り返った。
「あれ? どうしたの?」
妹の美妙恵がコチラに目を向けるなり、ぽかんと口を開けた。
「父さんの様子を見に来た」
「はいっ!?」
後ろ手に扉を閉めながら室内へ。
父親は窓際のベッドにいた。そのすぐ側に小さな幼子の姿。
「おねぇちゃんだ。こんにちわ~」
「こんにちは。花見ちゃん」
にぱっと笑う姪に、腰を折りご挨拶。
「おじいちゃん、おきてくれないの。ずっとねたまま」
「そっか。残念だね」
横たわる親父の顔を見て、少し胸を撫で下ろした。
顔色はそれほど悪くない。付けている医療器具も点滴が一つのみだった。
「由喜ちゃん。さっき、お父さんって言わなかった?」
背後より、妹から鋭い突っ込み。
「気が動転して、間違えちゃいました♪」
にこやかな笑みで誤魔化した。
気の知れた妹なので、つい口走ってしまったが、詮索されたところで痛くも痒くもなし。現状、何も変わりようがないのだから。
「おじいちゃん、おきてぇ。おねぇちゃんも、おみまいきたよぉ~」
折角来て上げたのにと、姪がペチペチと小さな掌で、皺がれた頬を叩いた。
これは止めるべきだろうか。
微笑ましい光景なので、もう少しこのまま見ていたい気もする。
「ん………」
ぴくり反応する目蓋。
「おじいちゃん、おきたぁ~」
それは起きたというより、起こしたと言うべきだなぁ。
苦笑しながら姪と一緒に、その顔を覗き込んだ。
「おぅ。花見か。こんなところで、どうしたんや?」
孫へと話し掛けながら、父親は腕を持ち上げた。幼子の頭を撫でるために。
なんだ。
思ったより元気じゃん。
滑舌も悪くない。心配して損した気分。
「ん? 由喜ちゃんか?」
「はい。入院したと聞いたので、お見舞いに来ました」
手近のパイプ椅子を引き寄せ座った。同時に姪を膝の上へと乗せた。
「花ちゃん。お爺ちゃんに、調子はどうって聞いてごらん?」
「おじいちゃん、ちょうしどう?」
少し椅子を前に出し、姪の顔をベッドへ近付けた。
「お爺ちゃん。たくさんお酒を飲んじゃダメよって」
「おさけ、のんだらだめよ」
孫娘、二人がかりでお説教。
「いつまでも長生きしてねって」
「おじいちゃん、ながいきしようねぇ~」
大人が何を言っても聞きやしない父親だが。
幼子の呼び掛けは効果抜群。目に涙がうっすら滲んでいた。
そういや、一番最初に入院した時も同じような事をやったな。
あの時、膝の上にいたのは春佳だったけど。
「お爺ちゃん。元気そうで安心しました。私そろそろ帰りますね」
無事に目的達成。太股から姪を降ろし、腰を上げた。
「もう、帰るんか?」
「はい。名残惜しいですが、駅に戻る必要がありますので」
帰りの特急列車、一本逃すと次が一時間後。あまり長居する余裕はなかった。
「由喜ちゃん。車で駅まで送ろうか?」
「大丈夫です。私の心配より、なるべくお爺ちゃんの側に居て上げて下さい」
妹が動くと姪もセットだからな。
送迎の車内でアレコレ質問攻めされるのも避けたかった。
「それでは失礼します。お爺ちゃん、しっかり体を治してくださいね。病院を抜け出して、お酒を飲んだらダメですよ?」
念のため最後に釘を刺した。前回の入院時、本当にやらかしたから。
名残惜しく手を振りながら病室の扉を閉めた。
さて。帰りますか。
なるべく早足で廊下からエレベーター乗り場へ。
今から駅へ向かえば充分間に合うと思うが、身長が低くなった分、歩く速度が遅いので若干不安だった。
出来れば母親の顔も見たいところだけど、流石に今回は自重。
時間的な都合もあるが、余計な心配をさせたくなかった。
今から帰るとして。
学校へ到着するのは放課後だろうか。
脚本の感想なら明日でも良いかなって、思わなくもない。
しかし。
今回の旅費は痛いなぁ。
人生初、日帰りで往復の新幹線。
残り少ない貯金残高。
真面目にバイトを探すべきか暫し悩んだ。




