幸せの代価⑧
時間は………あるな。
新幹線を降りて在来線のホームへと向かう道すがら。
猛烈に腹が減った。
朝食抜きで家を出たから当然ではあるが。
この少女の身体。胃が小さく食が細い割りには、すぐ空腹になる。燃費が悪いというべきか。
軽く口に入れるとしたら、おにぎりかパンが定番ではあるが。折角の鉄道旅行。駅蕎麦で立ち食いしかあるまい。
運良く発見した暖簾をくぐり、自販機で食券購入。
「かけ蕎麦」
「かけ、一丁!」
うん。
これだよ、これ。
店員の掛け声から待つこと約一分。その間にコップへ冷水を投入。
差し出された湯気の立つ器。
色良し、香り良し。
近所の蕎麦屋は小麦粉が多いせいか麺が白っぽい。選んでいる店が安いと言われたら、ぐぅの音も出ないが。
先ずは汁を一口。醤油の味より出汁の風味が強い。
では蕎麦を実食…………と思いきや。
耳の後ろから垂れる横髪がウザい。油断すると器の中へ混入しそうになる。
こういう時に限って髪留めを忘れるという体たらく。
仕方なく、左手で髪を抑えながら蕎麦を啜った。
うむ。予想通りの味。もう少し歯ごたえが欲しいが、駅蕎麦にそれを求めるのは我が儘というもの。
個人的には満足。
満足なのだが。
なんか、周囲から向けられる視線が痛い。
店舗内にいる客とスタッフ全員から見られているような。
まぁ、平日の午前中という半端な時間に、セーラー服の女学生が立ち食い蕎麦を啜っていたら、普通は浮くわな。多分、俺でもガン見する。
「ごちそう様」
床に置いた鞄を再び肩へ掛け、いざ在来線乗り場へ。
土産物売り場を横目で眺めつつ、早足で跨線橋を渡る。
建物が新しくなり、案内板が液晶表示に変わっていた。旅情的には昔の木造の方が好きだったな。趣味嗜好の類いなれど。
「ここか」
ホーム番号を確認し階段を降りる。既に特急列車は入線済みだった。
自販機でペットボトルを買い、デッキから車内へ。
流石、平日のローカル線というべきか。客が俺しかいねぇ………。
いや、奥に二人ほどいるか。
いずれにせよ、廃止にならないか不安になる。
客として乗り込む分には気楽で良いけど。
手前の座席に荷物を下ろし窓際へ。
ここから約一時間か。
新型車両へ置き換えたのは知っていたが、全ての座席にコンセント装備。無線LANも完備。
サービス充実は嬉しい限りだが、生憎とノートパソコンは家に置いて来た。スマホも自室の充電器に差したまま。つまり、娯楽アイテムが何一つない。
以前のようにビールを買い込み、駅弁で一杯と洒落込む訳にいかず。
下車駅まで仮眠しようにも、うっかり熟睡すると終点まで直行確定。
かといって、鞄の中から教科書を取り出し、勉強を始める気にもなれなかった。
騒がしく駅構内に鳴り響く出発合図。駅員の笛の音。
ゆっくり滑るように列車は走り出した。
頬杖をつき、流れる車窓を眺める。
遠くに見える山脈。
のどかな田園風景。
のんびり楽しむ鉄道旅行。悪くはない。
孤独な旅愁は好むところだが。
レールの繋ぎ目を通過する音が、カタコト、カトコト鳴る度。
父親の顔が。子供の頃の想い出が。浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
俺は高校を卒業するや家を出た。
妹も嫁に行った。
親父が酒に溺れるようになった原因など、俺が一番良く判っていた。
ふと思う。
地元に残って結婚していたらと。
孫の顔を毎日、見せていたらと。
今更どうしようものない事ばかり考えてしまう。
今回の顛末。
幸せを求め、踏み出した代償とは、思いたくなかった。




