幸せの代価⑤
「今日も忙しい中をご苦労さ~ん。文化祭の打ち合わせ始めるよっ! 司会はアタシ、角田チャンが務めます。今回もよろしくっ!」
丁寧なのか適当なのか、よく判らない挨拶で放課後の会議は始まった。
教室に集まったのは俺も含め六名。クラスメイトとはいえ普段あまり話さない人達ばかりだった。
「ではまず宇垣チャン。昨日の宿題、ちゃんとやって来た?」
「あ、はい」
指名され、弾かれるように宇垣さんは背筋を伸ばした。
「角田さんに言われて、脚本を修正しました。登場人物は六人から五人に。話も二割削りました。これが改訂版です」
恐る恐る鞄の中から、綴じられた冊子を取り出した。
「あのさぁ宇垣チャン。アタシが昨日、何を提案したか憶えてる?」
「はい、おぼえて……ます」
「舞台の人数、六名から三名に減らせと言ったよねぇっ!」
「そ、それが、どうしても難しくて」
いきなり詰め出す角田さん。
開始直後なのに、お隣の友人は既に涙目状態。
「昨日、宇垣チャンに説明したじゃん。このクラスで舞台に立てるのは、三人しかいないって」
「でも、他の人に協力して貰えば」
「誰に? ツテ有んの?」
「無い……です」
あれ?
何か、俺が想定したのと状況が違う。
折を見て、助け船を出すつもりでいたのだが………。
「話も長いから、半分に短縮って決めたよね? それで二割? ふざけてんの?」
「色々と考えたんです。でも、でも、削れない場面ばかりで」
二人の激しい攻防戦。
他の生徒は覚めた目で見つめていた。またかたという表情で。
意見を言うでもなく、咎めるでもなく、早く終わって欲しいと溜息すらつく有様だった。
「この脚本、宇垣チャン声出して読んだ? 明らかに時間オーバー。変えたくない気持ち判るよ? 判るんだけどさぁ。無理なものは無理なんよっ!」
現実離れした目標。
ふざけるなとキレる現場。
懐かしいな。
前にいた会社が、こんな感じだったよなぁ。
バカみたいな売り上げ目標を掲げ、未到達ならボーナス減給とか。
あの部長の禿げ頭を、何度スリッパで叩こうと思った事やら………って、自分のトラウマほじくり返してる場合じゃなかった。
「角田。肝心な事を忘れてる」
唐突に、ずっと黙っていたボブカットの女子生徒が、気怠そうに声を上げた。
「どうすんの? あの最悪なバッドエンド。やだよ、私はやりたくない」
「わたしもアレは嫌だなぁ~」
連鎖する同調の輪。
俺も思わず頷きそうになった。誰も彼も不幸で終わる結末だから。
「みんなの意見、宇垣チャン聞いた? 聞いたよねぇ? 話の最後どうすんの? どう変えんのよ?」
教壇の黒板前から、脚本担当の前へと角田さんは歩み寄った。
「わたしは………」
「ワタシは?」
「あのままで良いと、思い………ます」
持ち上がる司会の両掌。数秒後、宇垣さんの机を激しく叩いた。
「あのさぁ、いい加減にしてくれる? アタシ達がやんのは文化祭だよ、文化祭っ! 文化のお祭りなんよっ! 楽しいハレの場なんよっ! ねぇ、判ってんのっ!?」
「わ、わかっていますけどぉっ!」
「判ってないよっ! 客が求めてんのはエンタメ。説教臭い話じゃないのっ! あんな脚本、終わった瞬間お通夜状態になるじゃんっ! アタシ達が目指すべきは、観客の笑顔と拍手でしょっ!!」
「それは、そうです………けど」
宇垣さんがチラリと私を横目で見た。
助けてと。
案の定と言うべきか、その場にいる全員の視線が俺の方へと向いた。
「えっと…………君、誰だっけ?」
「栗田です」
「そうそう。今日のゲスト、栗田チャ~ン。せっかく来たんだからさ、是非とも意見を聞かせてくれるかなぁ?」
周囲から様々な思惑と視線を浴びながら、俺は唇を開いた。
言うべき事は決まっていた。
「角田さんの、おっしゃる通りだと思います。異論はありません」
「だよねぇ~っ!」
目の前に晴れやかな笑顔。お隣は失意の泣き顔。
同時に見る機会なんて早々ないだろう。
昨日の昼休み。
宇垣さんの脚本を読んだ時の第一印象。
やはり考える事は皆同じだったのか。
「結論が出たみたいなので、今後の方針を決めたいと思いま~す」
大手を振りながら司会は再び壇上へ。
「脚本。変えるしかないよねぇ? 宇垣チャンは変更不可って事だし。適当に短めの脚本を探すって事で良いかな? 反対意見ある人いるぅ~?」
飛び交う視線。皆一様に黙っていた。
いつまでも完成しない脚本を待つより、他の話に切り替え、さっさと次の段階へ。
俺だって、この会議をダラダラと続けるより、とっとと家に帰りたい。
「じゃぁ、脚本を変更って結論で良いよね?」
「異議なし」
「良いですよ」
「良いから、さっさと決めて」
皆が意見表明をするなか、残るは俺と隣で俯く宇垣さんのみ。
普通に考えるなら迷う余地はない。
角田さんに賛成と言えば良い。
言えば、楽になるのだが…………。
「ちょっと待って」
宇垣さんが握り締めている脚本。
手を伸ばし、半ば強引にむしり取ると、一枚捲った。
「これ、登場人物を六人から三人に減らし、話を半分に削り、最後をハッピーエンドに変更したら、丸く納まるんだよね?」
前提条件を司会に今一度確認。
「まぁね。それが出来るんなら」
「私が書き直す」
「マジ? マジで言ってんの栗田チャン?」
「大マジ」
角田さんから向けられる訝しげな視線。俺は正面から受け止めた。
「今から脚本改変って、栗田さん本気ですか?」
割り込む外野からの横槍。
「スケジュール的に、あまり時間はないですよ?」
無理でしょと冷ややかな視線。気持ちは判らなくもない。
「三日。三日で修正する。それくらいなら待てるでしょ?」
まぁ、それならと、ボブカットの子は小さく頷いた。
「じゃぁ、栗田チャンに任せちゃうよ? マジで」
「良いよ。私はね。後は………」
言葉を敢えて句切り、お隣へ視線を投げた。さっきのお返しとばかりに。
「改変の許可が、出れば………ね」
ここで宇垣さんがゴネたら御破算なのだが。
「お任せ、します。全て栗田さんの、好きなようにして下さい」
絞り出すような声で、彼女は許諾を告げた。
「では、脚本改変って事で、栗田チャンよろしくっ! 以上を持ちまして今日の会議は終了。お疲れちゃ~んっ!」
司会自らの拍手で場を締めた。
「ミッチャン、演劇部へ急いで行くよ~」
「下の名前で呼ぶな」
「遅くなりましたけど、部長きっと怒ってますよねぇ?」
角田さんと他二人が、揃って教室から退場。
なるほど。
舞台に立てるのが三人と断言したのは、そういう理由か。
普段から部活で劇の練習をしているのだろう。
「そろそろ私も失礼します。栗田さん。脚本お願いしますね」
「お疲れ様」
名前を知らぬまま、もう一人お見送り。
そして残るは俺と宇垣さんのみ。
言いたい事は色々とあるけれど。
「宇垣さん。脚本の元データ、手元にある?」
「いえ。自宅パソコンの中です」
「自宅かぁ」
今ここで受け取れたらと思ったが、流石に無理だったか。
「悪いけど、家に帰ったら直ぐに私へメールしてくれる? ある程度は今日中にケリを付けたい」
「判りました。今から急いで帰宅します」
いや、そこまではしなくて良いのだが。
早いに越した事はないけれど。
「栗田さん。今日は色々ありがとうございました。脚本の改編、よろしくお願いします」
俺に深々と頭を下げると、宇垣さんは教室から立ち去った。
振り向きもせず、足早に。
残されたのは俺一人。
それと脚本が一冊。表紙が彼女の涙で濡れていた。




