手の平サイズの幸せと不幸せ⑬
「そないな事になっとるん?」
最後の牛ヒレ肉を口にしながら、ベネットさんは身を乗り出した。
「え? まさか気付いてなかった?」
「今、初めて知ったわ」
いそいそと手提げ袋から取り出される液晶タブレット。
少女が持ち歩くには、見るからに不釣り合いな大きさだった。
「ほんまや。ベティちゃんで検索すると、正体不明とか、謎の少女とか、ようけ出て来る」
「結構前から話題になっていたっぽいけど」
「おっ! 関連動画までアップされとるやん。これは観な、あきまへんなぁ~♪」
少しは不機嫌になるかなと思いきや、本人はご満悦なご様子。
知名度がそのまま売り上げに直結する商売だから、当然ではあるか。
俺は白磁の皿に残っていたステーキ肉を、ソースに絡め頬張った。
肉汁の旨味が舌上に広がる至福の一時。
身が震える程に堪能出来るのは、体が若返った事も無縁であるまい。口にした物が全て成長に必要な栄養として消化される。本来の体なら運動不足も相まって、贅肉の肥やしになりそうだった。
それにしても………。
周囲を今一度見回す。
店の規模は大きくないのだが。
落ち着いた室内。格式の高い調度品。流れる音楽は静かで厳か。賑わう店内の客層は気立ての良い服装の人ばかり。
見た目が中学生と小学生の二人組は、明らかに場違い甚だしく。
着席した直後から、幾度も奇異な視線を向けられていた。
ベネットさんの『えぇもん食いに行こうや』の誘いにホイホイ付いて来たわけだが。
前菜から始まる本格的なコース料理とは露と思わず。
脇に置いたショルダーバッグから財布を取り出し、そっと中を覗き見。足りる………かなぁ。
今でも通常営業で稼ぐ掘さんやベネットさんと違い、こちとら失業中、兼、学生のご身分。辛うじて入って来るのは、小説の投稿サイトより、閲覧数に応じて振り込まれる僅かな収入だけ。
かと言って、妻や娘から小遣いを無心するのは流石に気が引けた。
「デザートをお持ちしました」
白一色の調理服、エプロン、コック帽の男性従業員が恭しく一礼した。
「お口に合いましたでしょうか?」
「めっさ美味かったで。言う事なしやわぁ♪」
「それは何より」
少女の一言に、コック服の中年男性は笑みを浮かべた。
「米内様に斯様な可愛らしい姪がおられるとは。本日はゆくっり、おくつろぎ下さい」
再び頭を下げると、食べ終えた皿を何枚も器用に抱えながら運び去った。
「ここ、ベネットさんの行きつけ?」
「せやで。接待用や………って、栗田さんと来た事あらへんかったっけ?」
「初めてだと思う」
「せやな。憶えがないわ」
締めのデザート、多層的なクリームにチョコレート粉末がまぶされた西洋菓子をパク付きながら、小さく頷いた。
「ベネットさん。ここの御代は如何ほどで?」
金額によって、コンビニのATM直行。
「かまへん、かまへん。もう支払い済みや」
「え? いつの間に?」
お金を払う仕草は見ていないのだが。
「ネット予約でカード決済したんや。姪が行くから、よろしゅうってメールも添えてな」
手品の種明かしとばかりに、金色のフォークを振りながらのご解説。
「それくらいせぇへんと、この手の店には入られへん。この身形やと、大人と一緒に来ぃや~言われてお終いや」
「道理で」
だから来店時、名前を告げると席へと案内され、何も注文していないのに前菜が運ばれて来たのか。
「こないだ出てもろた、ベティちゃんねるの出演料やから、気にせず食べてぇ~な」
「え? そんな理由で良いの?」
「だから、かまへんて。あの放送、めっちゃ評判良かったんやで。チャンネル登録者数めっさ増えたし、投げ銭も割り増しやったからなぁ」
それはつまり、次回もよろしくって意味か?
多分、そうだろうな。
まぁ、良いけどさ。
「栗田さんやから言うけど。銭を使わんとアカンのもある」
唇端のマスカルポーネを舌で舐めながら、少女は浮かない顔で頬杖をついた。
「経費で銭を使わんとなぁ、ごっつう税金で持っていかれるんや」
「そんなに稼いでるの?」
「そうやない」
俺の問いにフルフルと首が振られた。後ろ髪も同時にフワリと宙を舞った。
「この体やと使い道があらへん。溜まる一方なんや」
赤の他人が聞いたら卒倒しそうな悩みを、しみじみと呟いた。子供の容姿で。
「酒飲まんやろ? 車に乗れへんやろ? 旅行にも出られへんやろ? 美味いもん食いに行けへんやろ? なぁ~んも出来へん。来年の確定申告、今から憂鬱やわぁ~」
「株とか投資は?」
「あんま好きくない。相場とか毎日に気にするんは嫌や。そないな暇があったら、マンガ画く方が性に合っとる」
遊べないから仕事する………か。
そりゃ、お金が貯まるわな。
「ベネットさん。旅行なら掘さんの夫婦と一緒に行けば良いのでは? 嫁さんが保護者という事で」
「それなぁ。話は既にあったんやわぁ」
「何か問題でも?」
以前、しょっちゅう二人で旅行に出掛けていたから、断る理由はないと思うのだが。
「旅先の旅館。一人で寝る事にならへんか?」
「あ……」
「掘さんは夫婦同室で、俺だけボッチは寂しいやんけ」
「お、おぅ」
今は女性の体とはいえ、三人同室というのは難しいか。
「そないなわけやから。栗田さん、もっと遊びに来てぇ~や。次は何食べたい? 焼き肉か? 寿司か? 鰻がえぇか? 小学生一人だけやと、どこの店にも入られへんのやぁ~」
あどけない少女姿、潤んだ瞳で迫られると破壊力が半端ない。
保護欲に駆られるというか、放っておけないというか。中身は俺と同じ中年男性なのに。
「一緒に飯を食うなら、それこそ掘さん呼んだ方が早いでしょ」
家が近所だし。ベネットさんと同じ自由業だし。
「今あの人なぁ。新番組の企画やら脚本が立て込んで、今月は全く暇があらへんみたい」
「言ってたね、そういや」
春服を大量購入したのに、お披露目の機会がないとボヤいてたっけ。
「判った」
これは人肌脱ぐしかあるまい。
「休みの日は、もう少し足を運ぶよ」
部活とか何もやっていないし。
「ベネットさん。ノートパソコン持ち込んでも良い?」
「えぇけど、何すんの?」
「そっちの職場で小説を書きたい。昼過ぎに到着して、夕飯を一緒に食べると言う事でどうかな?」
執筆も捗るし一石二鳥。
「かまへんよ。一緒に仕事しよや」
「こちらこそ、よろしく」
「ベティちゃんねるも頼むわ♪」
出来れば、そっちは遠慮したかった。
「ほな、早速帰って旬のネタやろかっ!」
「旬って?」
「これや、これ♪」
液晶タブレットを俺に向け指差した。
ベティちゃん推察動画の一覧を。




