手の平サイズの幸せと不幸せ⑫
「このタイプのキーボードか」
パソコンの電源を入れながら舌打ち一つ。
「何か問題でも?」
「フニャフニャしてるから、打刻した時の感触が判り辛くてさぁ」
宇垣さんの目の前で、幾つかのキーを押して見せた。
校内の図書館備え付けのパソコン。液晶の上には『一人三十分まで』のステッカー。
無料で使用出来るのだから、有り難いと思えという代物か。
「栗田さん。今から何をされるので?」
「執筆作業」
「これで?」
「うん、これで」
一番楽なのは普段使っている物だが、わざわざ家まで取りに帰るのは面倒だった。
「宇垣さん。さっき教えた小説、どこまで読んだ?」
「まだ少しですけど」
「最新の話だけ、軽く目を通してくれる? 短いから数分で読み終わると思う」
「判りました。少しお待ち下さい」
さて。彼女がスマホを見ている間に、俺は機器の環境チェック。
変換ソフトは初期状態のままか。
日本語キーボードを使うのは久し振りだ。スペースキーが短いから単語変換の効率が落ちるんだよなぁ。
「読み終わりました」
「ご苦労様。今から、その続きを書くから見てて」
テキストファイルを新規作成。章題を適当に付けてと。
「では、お披露目といきますか」
一呼吸入れた後、俺はキーボードを打ち鳴らした。
帰宅後に執筆予定だった内容。前回の続きを書き綴った。
「速い……ですね。栗田さん」
呆気に取られて目をパチクリ。
「書く内容は既に決めていたから」
「凄い。そんなにスラスラ打てるなんて」
信じられないという表情で口元に手を当てた。
その反応、悪くないぞ。
つーか、ちょっと嬉しい。
いかん、口元がニヤけてしまった。
「断っておくけど。この速度、いつもの半分くらいだから。何せ環境が違い過ぎてさ」
「これでも、遅いのですか?」
そりゃぁ、二十年以上の経験がありますゆえ。
賞に応募した作品は、二次審査で落ちたけどなっ!
審査員への恨みを込めつつ、キーボードを打刻。
押した感触がハッキリしないから、深く打ち込む関係で音がどうしても大きくなる。
普段は気にも留めないが、ここは静かな図書館の室内。長く続けると迷惑か。
「こんな感じで信用してくれる?」
場面が変わる区切りの良い箇所で指を止めた。
「確かに、さっきの続きになっています」
宇垣さんはスマホと液晶画面を交互に見比べた。
「お判り戴けたようで何より」
後すべき事は………と。
鞄から接続ケーブルを取り出し、パソコンとスマホを接続。
「栗田さん、それは?」
「データのバックアップ。今夜この続きを書いて、今見ている投稿サイトへアップする。それで証明完了でしょ? ログインとパスワードは登録している本人のみが知っている情報だから」
このパソコン。ネットに接続されているから、メールで内容を送信、またはサイトへ下書きとしてアップする方法もあるのだが。他の生徒と共用端末だから、パスワードや登録番号の類いを入力するのは避けたかった。
「この小説。本当に栗田さんが執筆されていたのですねっ!」
「まぁね」
最初からそう思ってくれたら、こんな面倒な事をしなくて済んだのに。
「プロの小説家みたいで、わたし感動しましたっ!」
当初の疑念に満ちた態度はどこへやら。尊敬の眼差しを俺へと向けた。
プロみたいねぇ。
「二次審査で落ちたけどな」
「二次って?」
「あ、なんでもない」
聞かなかった事にしてと、手の平を左右へ振った。
心の中で押し留めていた愚痴が、つい口から溢れた。
「栗田さんの作品。今夜じっくり読ませて戴きますっ!」
「他の人には言わないでね。ベンチでも話したけど、全てが私の作品じゃないから」
一番最初に投稿したのは十年以上前だからな。四歳での執筆は流石に誤魔化しようがない。
「では、どこからが栗田さんの作品ですか?」
「最近の三本は私の」
「判りましたっ!」
今日一番の笑顔を浮かべると、謝辞を述べるように頭を下げた。
俺の作品を読んで彼女は何を思うのやら。
果たして、どんな感想を聞かせてくれるのか。
明日が楽しみだった。
学校へ通う楽しみが、また一つ増えた。




