手の平サイズの幸せと不幸せ⑩
「栗ちゃん、おっはよぉ~っ!」
「おはよ」
駅近くの交差点。
居るだろうと予想していたけど。
「私を待たなくても良いって」
「いやぁ。件の呪いとやらが復活するやも、しれませんし」
笑顔で言う事か、それ。
「期待してない?」
「心配しているだけですよぉ」
木村さんは相変わらず飄々と肩を並べ歩き出した。
まぁ。愚痴られたり、暗い話題を振られるよりは全然マシなのだが。
朝から笑って話し掛けてくれる友達。宝石よりも貴重で、欲しくても容易に手に入らぬ財産。
それが今、手元にある。幸せな事なのだろう。
そんな自分は、誰かの宝石に成り得るのだろうか。
「栗田さん、おはよう」
「うん、おはよ」
「ちっす」
「古村君、おはよ」
教室内。
足を踏み入れ浮かべる笑顔。
なんか楽しい。
毎日が。学校へ来る事が。
初登校の憂鬱が馬鹿馬鹿しいくらいに。
でも、そう思えるのは、積み重ねた対人経験が下敷きにあって、それらの結果………などと考えてしまうのは、やはり悪い癖か。
「宇垣さん、おはよ」
荷物を肩から下ろし、クラスメイトへ話し掛けた。
交差点で見た、あの表情を真似するように。
だが………。
「宇垣、さん?」
返って来たのは無言の視線。
口元を固く結び、黒縁眼鏡越しに俺の事を正面から見据えた。
「どうか、した?」
頭に寝癖でも付いているとか?
いや、朝シャンしたよなぁ。
「栗田さん。お時間よろしいでしょうか」
そう言うなり、いきなり手を掴み歩き出した。
「どこへ?」
問い掛けるも返事はなく、教室を抜け廊下へと連れ出された。
トイレかな?
違う。向かう先は何もない行き止まりの筈。
「私に何か用?」
せめて目的くらいは教えて欲しい。
そう思った矢先、彼女は唐突に足を止めた。人気のない曲がり角だった。
俺の腕を引き壁際へ追いやると、宇垣さんは両手をコンクリート壁へ叩き付けた。
「へ?」
これって俗に言う、壁ドンなのでは?
「わたし。栗田さんに、お尋ねしたい事があります」
この子、こんなにハッキリ喋れるんだ。
などと思ってしまうくらい強い口調だった。
「昨日の夜、どこにいました?」
「私?」
「そうです。昨夜の七時頃、何をしていましたか?」
テレビドラマでお馴染みの、刑事の取り調べみたく問い詰めて来た。
「昨日だよね?」
「はい、夜七時から八時の間です」
その頃は確か…………。
「駅前にある、スナック明美にいた。プロ野球中継を観ながら、バーボンのロックを一人寂しく飲んでいたよ」
「そういうボケ、今は要りません」
面白くないですか。そうですか。
場を和ませようと思ったのになぁ。
「昨夜のその時間なら、友達の家にいたけど」
「どのようなご友人ですか?」
それを聞く? 何故?
「創作関係の知り合いだけど」
コチラから逆に問い質したく思うも、今は大人しく応じた。
「マンガ家さんですか?」
「うん、まぁ。そんな感じ」
「それって、小学生くらいの女の子ですか?」
「へ?」
予期せぬ言葉に、つい変な声を上げてしまった。
「どうなんです? 答えてください」
暇を与えぬ矢継ぎ早の追及。
「そう、だけど」
あれ? 話した事あったっけ?
頷きながら記憶を探るも、思い当たる節はなかった。
「栗田さんは何時から、ベティちゃんとお知り合いなのですかっ!?」
「ぁ………」
そっちかぁっ!!
「宇垣さん。ベティちゃんねる、観てた?」
「観てました、聞いていました。栗田さんの声を耳にした瞬間、飲んでいたココアを噴きましたっ!」
「お、おぅ」
「彗星の如く突如ネット上に出現した、超絶に手が早く技巧派の天才少女、ベティちゃん。その正体は全く不明なのに、栗田さんはどこでお知り合いになられたのですかっ!?」
「彼女とは、その、長い付き合いで」
確か十年以上前に、中東料理を食べる会で知り合いに………などと話せるわけもなく。
「ネット界隈ではAIだとか、中身はオッサンだとか、酷い意見を目にしますけど。ベティちゃんは実在しますよねっ! 可愛い少女ですよねぇっ?!」
「あの、落ち着いて。チャイム鳴ったし。教室に先生来ちゃうよ?」
そうでなくとも廊下中に響き渡る怒鳴り声。何事かと人が覗きに来そうだった。
「栗田さん、本当の事を教えて下さいっ!」
「放課後、授業が終わったら話すから」
「約束ですよっ!!」
「判ったから。必ず説明するから」
何とか彼女を言いくるめ、その場から解放された。
背中に冷や汗を掻きまくり。
マジで怖かった。
三川君の時より身の危険を感じるとは、思ってもみなかった。




