手の平サイズの幸せと不幸せ⑨
降り注ぐのお湯のシャワー。
心地良い良い。
心地良い良いのだが、俺は湯船でゆっくり浸かる派。
シャワーだけで風呂を出るなんて、もったいない。
とはいえ、朝にそんな余裕など皆無。
髪の毛を乾かすのも時間ギリギリ。
ストレートの長い黒髪。
ここまで維持するのが面倒とはなぁ。
本日もお約束の如く、バッサリ切りたい衝動に駆られる。
「こんなもんかな」
欠伸を噛み殺しながら、お湯の栓を捻った。
目前の鏡に映るは、裸体姿の麗麗しき少女。
「ん?」
もしかして?
自分の乳房を軽く撫でてみる。
少し成長した………かも?
年齢を考えると不思議ではないのだが。
あまり育ち過ぎると、男子から向けられるストレートな欲情的視線が、ぶっちゃけ五月蠅い。
だが、在りし日の過去を振り返ると責める気になれず。
因果応報という言葉を、しみじみと噛み締めた。
「あなた、おはよう♪」
リビングにて妻が笑顔のお出迎え。
「おはよ。ちゃんと寝たかい?」
「もちろん。朝食の内容を見たら判るでしょ?」
「まぁな」
食卓の上はトーストした食パンと、黒胡椒をまぶしたベーコンエッグ。短時間で作りましたという内容。
俺としてはこれで充分。むしろ起き抜けの胃の中へ、手の込んだ料理を流し込む方が苦痛だった。
「あなた。春佳を起こしてくれる?」
「まだ布団の中か」
親より早く起きた例しなし。
いや、仕事が早番の時だけは別か。
将来、娘が結婚したら、その子供は自分で朝食を作る事になりそうな気がした。
「春佳。起きろ」
娘の部屋を覗く。
やはり就寝中。右手が目覚まし時計へと伸びていた。一度アラームを止め、二度寝という判り易い構図。
「朝だぞ、春佳。早く起きて支度しろ。化粧までは言わんが、せめて顔を洗って寝癖くらい直せ」
「そんな起こし方じゃ、やだぁ~」
「はぁ?」
「春佳お姉ちゃんって、呼んでくれなきゃ、起きる気がしない~」
真面目に言ってるのかコイツ。
つい舌打ちをするも、義理姉妹という立場上、無下に否定も出来ず。
深呼吸をし、気持ちを切り替えた。
「春佳お姉ちゃん。起きて。一緒に朝食を食べよ♪」
甲斐甲斐しく姉を世話する妹みたいに話し掛けた。
「まだ眠いから、もう少し寝かせてぇ~」
…………ダメだ、この姉。
ならば、こちらも実力行使をするまでの事。
「判った。お姉ちゃん、して欲しいのね?」
俺は毛布を捲り、露出した娘の頬を両手で包んだ。
「はっ! え? なに?」
顔を近付けるや、パッチリ見開く両目。
「何って、おはようのキスだけど?」
「それ、要らないっ!」
「なんで遠慮するの?」
「お母さんだけで、間に合っているから」
俺の手を振り払うなり、娘は勢い良く跳ね起きた。
「お姉ぇ~ちゃん、それって酷くない?」
部屋から逃げ出す背中へ、非難の声を浴びせた。
妹って楽しいな。
そんな事を思いながら。
「ハンカチは持った?」
「持った」
「テッシュは?」
「ある」
「忘れ物は?」
「ないと思う」
朝食を済ませ、玄関にて妻とのやりとり。
夫婦というより、母親と子供の会話だよな、これ。
「じゃぁ、後はよろしく」
「気を付けてね」
手を振る妻。
つい、じっと見つめてしまった。
「どうしたの?」
「今日は、しないのかなって」
娘に逃げられたせいだろうか。
柄にもなく、ねだってしまった。
「良いわよ♪」
細い指先が俺の顎へ。
顔を上に向かせるなり、唇を重ね合わせた。
違和感。
以前は陽子の身長に合わせ、俺が頭を下げていた。
今は身長が逆転。
してるというより、されている気がして………。
「行ってらっしゃい」
長いキスの後、妻は微笑んだ。
「行って来る」
口元を手の甲で拭いながら、扉を開けた。
頬が少し熱かった。
キスなんて今まで、何度もしている筈なのに。




