手の平サイズの幸せと不幸せ⑦
「ベネットさん、遅くなって申し訳ない」
扉が開くなり頭を下げた。
夕方に到着する予定が、空は既に真っ暗闇。電灯がマンションの廊下を煌々と照らしていた。
「栗田さん、制服で来たん?」
家主の少女が目を丸くした。
「着替える余裕がなくてさ」
ネットで時刻表を調べ駅まで走った。帰宅していたら更に三十分以上遅れただろう。
「まぁ、入りぃ~や」
「お邪魔しま~す」
靴を脱ぎ、教材の詰まった鞄を床の上へ。地味に重くて疲れた。コインロッカーへ放り込めば良かった事に今更ながら気付いた。
「えっ!? なにそのサプライズ。制服姿すげぇ可愛いじゃんっ!」
予想通りの反応というべきか。先着していた掘さんが驚喜乱舞。
「栗田さん、一枚撮らせ……いや、ボクの気が済むまで撮らせなさいよっ!」
では早速とスマホのレンズが俺の方へ。
「撮っても良いけど、顔は止めて」
「なんで?」
「いや、その、恥ずかしいから」
覆い隠すように目元へ手を当てた。
まるで年相応の女子中学生みたいだと自覚しながら。
「もったいないじゃん。栗田さんにとって今が一番可愛い瞬間でしょ? たくさん記録を残さなきゃ損じゃん」
「それは否定しないけどさ」
うっかり口車に乗ったら、服を脱ぐハメになりそうだった。
「掘さん、すまんけど後にしてくれへんか? 設定だけ先にやらんと間に合わへん」
設定?
見ると家主は卓袱台上のノートパソコンを慌ただしく操作中。
「ベネットさん。何を準備してるの?」
「おもろい事。栗田さん、ここに座ってや」
言われるがままに、座布団の敷かれた指定席へ。
「これは?」
液晶画面にはCGの少女が一人。
「栗田さんのイメージで画いてみたんや。似てるやろ?」
「あ、動く」
口に合わせ唇が開閉。手を振ると鏡映のように指が左右へ。
「カメラが栗田さんの動きをトレースしてるんや」
「へぇ~」
表情まで追随するのか。
素直に感心するも、キャラが今の自分にそっくりで、いささか困惑。
「掘さん、ログインいける?」
「うん、これで良いかしらん?」
画面の右端に美少女キャラが出現。今の掘さんに良く似た………ゴスロリ服と予想したが外れた、
桜色の艶やかな振袖美人。
だと思いきや下は紺袴。いわゆる古式ゆかしき女学生。
これはモデルからの要望だろうか?
そういや先日、大正浪漫の作品を書いてると聞いた気がする。
「米内さん、そっちどうよ?」
「いけるで。ほな俺も入るわ」
不自然に空いていた画面中央に、真打ちよろしく小柄で活発そうな少女キャラ登場。
「マイクも大丈夫そうやな」
「コッチは問題なし。栗田さんは?」
「声を拾っているから機能していると思うけど」
なんでマイク?
この距離で使用する理由が良く判らない。
「ほな、時間やから始めるでっ! 3、2、1、ベティちゃんねる、今日も始まりやっ!」
家主の掛け声と共に流れ出す軽快な音楽。しかも拍手の効果音付き。
「みんな元気にしてたか? 今日はゲストもおるでっ! ほな、先ずは自己紹介したってやっ!?」
へ?
じ、自己紹介?
「栗田由喜………です」
名前を口にしてから漸く気付いた。
「これって、ネット配信っ!?」
「うん、そうやでって………すまへんっ! 遅れて来たから説明し忘れとったわっ!」
「マジですか」
個人的な理由で遅刻したから、文句が言い辛い。
「皆様はじめまして。ほっちゃんです。不束者ですが、よろしくお願いします」
掘さんは演劇経験があるのだろうか。
手の仕草や表情が見事に育ちの良いお嬢様風。
画面右端のコメント欄。書き込みが一気に増加した。
「わたくし、ベティちゃんねるにゲスト出演なんて光栄の極みですわ。いつも楽しみに拝聴していましたの♪」
「嬉しいわぁ。ほっちゃん、見てくれてたんか」
「チャンネル名物、お題を募集してのイラスト作成。いつも惚れ惚れしながら拝見しています」
やべぇ。
たった今存在を知ったばかりなので、会話に入り辛い。
「あの、ベティちゃん。いつもこんな感じなの?」
「せやで。先月から始めたんや。多人数は今回が初めてやけどな」
人物をCGに置き換えてネット配信。存在は知っていたが目にするのは始めてだった。
手間暇は掛かるが、身バレを考慮すると色々と安全ではある。
「本日来てもろたこの二人。実は新進気鋭の小説家さんや。今年の新人賞、間違いなしやでっ!」
「いやぁ~。そんな事はないですよぉ~」
二次審査で落ちたし…………。
そう話したら同情コメントをたくさん貰えるのかなぁ。
家主の手前、言わんけど。
「えぇやんか謙遜せんでも。由喜ちゃんが昨日ネットにアップした最新話、マジおもろかったで?」
「ベティちゃんに、そう言われると嬉しいなぁ」
液晶越しとはいえ、面と向かって言われると少し気恥ずかしい。
「せっかくやから、今ここで宣伝しぃや♪」
「嬉しい提案だけど、まだ書き始めたばかりなので。もうちょっと話が進んでからにしたいかなぁ」
普段ならリンク先を交え公表していたのに。
世を忍ぶ仮の名前を、うっかり口走った手前、つい腰が引けてしまった。
「では、わたくしが宣伝しても良いかしら?」
掘さんが手の平を重ね合わせ、恥ずかしながらとお伺い。
「もちろんや♪ ほっちゃん新作があるんか?」
「はい。先日からネットに連載している小説がありますの」
「どんなん? ジャンルは何?」
「とても趣味に走った作品でして。人様にお見せするのも恥ずかしい、素人の文章ではございますが」
素人ねぇ。
ならば俺の事は、何と形容すべきやら。
掘さんは脚本業の傍ら、小説を何冊か商業出版していた筈。
方やベティちゃん事ベネットさんも、マンガ単行本の数は五十冊を軽く越えている。
俺はこの二人と肩を並べ、話す資格があるのだろうか。
生配信の最中、そんな戸惑いが終始拭えなかった。




