手の平サイズの幸せと不幸せ④
「おっはよう♪」
「おはぁ~」
クラスメイトが交わす朝の挨拶。
それらを聞きながら英語の教科書を捲り、端からノートへ書き写す。写経のように。
中学レベルの英単語など楽勝。そう思っていたのだが、前置詞などが絡み出すと自信喪失。
なので本腰を入れ取り掛かる事にした。
この先、時間を掛け勉強する機会なぞ、早々ないだろうし。
「栗ちゃん、先に行くなら連絡して欲しいにゃぁ」
木村さんが俺の前に立つなり愚痴をこぼした。おはようの挨拶を、おざなりにして。
「へ? どういう事?」
「いつもの交差点。てっきり遅れているのかと思い、暫く待っていたであります」
「あそこか」
約束を交わした憶えは全くないのだが。
毎朝、顔を合わせるのは単なる偶然くらいに思っていた。
「ごめんね。今日は少し早起きしたからさぁ」
頭を下げながら、ふと思う。
しがらみが少しずつ、増えているなって。
果たして良い事か、悪い事なのか。
もう元に戻れないという前提に立つのなら、歓迎すべき事なのだろう。
「ねぇ木村さん。一つ頼みたい事があるんけど、良いかな?」
「わたくしに?」
「あなた様に」
二人で試してみたい事があった。
「お力になれるのであれば、何なりと」
「じゃぁ、胸を触らせて」
さらりと笑顔で告げた。
「……………今、何と申されました?」
聞き違いですか? 言い間違いですかと、眼前に迫った。
「胸を少し触らせて欲しいの」
相手の目を見据えながら、キッパリ答えた。
「マジですか?」
「マジです♪」
両手を合わせながら、可愛らしく首を傾げて見せた。
「何を考えたら、そのような頼み事に行き着くのでありますか?」
「男子って、そういうの好きだよねぇ。もしかしたら、女の子同士でも楽しいのかなぁ~って」
数日前に掘さんと交わした会話。
女性の裸体を見ても、今は何も感じない。
では、触れてみたら………。
「そういうのは、まず自分で試してみたら如何ですかにゃぁ」
「自分?」
「自前ので」
あぁ、そういう事か。
そう言われてみると、その通りではある。
「では、早速」
両手を持ち上げ、自らの乳房へ。
「やるんかい」
「論より証拠と申しまして」
軽く揉んでみる。
「ん………」
「どのような塩梅で?」
「くすぐったい、だけかも」
敏感という点を除けば、腕や足を触っているのと変わらない。
つーか、数秒で飽きた。
「あまり面白くないかなぁ」
………ん?
同じような事を、数日前に他の人から聞いた気がした。
「栗ちゃん。手を出してくれます?」
「こう?」
右手を差し伸べる。
木村さんは両手で掴むなり、自らの胸へと押し当てた。
「如何であります?」
「ん……」
制服越し伝わる柔らかな感触。
「自分のよりは、楽しい………ような?」
感覚を楽しむだけなら、ぬいぐるみやクッションでも良い気がした。
「ボリュームが足りませぬか?」
いや、そうじゃなくて。
「木村さん、手を出して」
「こう、でありますか?」
おもむろに持ち上げられた両手。
それを手に取り、今度は自分の両胸へ。
「おぉ……」
目を見開くなり、さわさわと指を動かした。
「結構なお点前で」
「お褒め賜り恐悦至極」
判った事が一つ。
他人に揉まれるのは、思ってたよりムズ痒い。自分でする時は加減していたし。
「木村さん、楽しい?」
「いやぁ~これはですなぁ。幼子へ戻った気分になりますにゃぁ~」
ほっこりした顔で頬が緩んでいた。
「母親に甘えているような、と申しますかぁ~」
「そっちか」
ついでに思い出した。
そういや先日、娘の春佳にも胸を揉まれた事を。
「とりあえず、わたくしは楽しいであります♪」
お前は今でも母親に甘えたいのか?
お子様なのか?
そう思うも武士の情けだ。口には出すまい。
もしかしたら。
男が胸に執着する理由も、根源は同じなのだろうか。
「二人とも、いい加減にしなさいっ!」
唐突にスパン、スパンと、鳴り響く乾いた音。
丸めた本で頭を殴られた。割りと容赦のない力で。
「伊藤ちゃ~ん。今の痛かったにゃぁっ!」
涙目になりながら、木村さんが抗議の声を上げた。
「少しは周りを見なさいよ」
「へ?」
周りって?
首を捻り、事態を察知。
クラス中の男子が、こぞってコチラをガン見していた。
それも若干、前屈み気味の姿勢で。
これは…………。
今夜のオカズに、なってしまったかも。
女の子同士で仲良く胸を揉んでいたら、そりゃぁ注目するだろうし妄想も色々と捗るだろう。
それに加えて。
女子からの冷ややかな視線も、それなりに堪えた。




