手の平サイズの幸せと不幸せ③
賑やかな足音で目が覚めた。
パタパタと忙しなく行ったり来たり。
枕元のスマホを手繰り寄せる。
タイマーが鳴るまで余裕はあれど。
起きるか。
目を擦り上半身を起こした。
出来れば、もう少し寝ていたかったな。
欠伸をしながら、首元に絡み付く髪の毛を手で払った。
「おはよう」
着替えと洗顔を終えリビングへ。
「あら、おはよ。今日は早いのね♪」
朝っぱらから騒音を立てておきながら、ウチの妻は何を言っているんだか。
予想はしていたけど。
テーブルの上には料理の品々。
カリカリに焼かれたベーコン。ポテトサラダ。スクランブルエッグ。野菜のスープ。軽くローストされたライ麦パン。ドリップ仕立ての珈琲。
朝食というより、昼食でも違和感のない充実振り。
「陽子。前にも言ったが徹夜はするな。いつまで二十代みたいな働き方をするつもりだ?」
「しょうがないでしょ。終わらないんだから」
妻の悪い癖だ。
徹夜仕事で明け方になると、眠気覚ましに珈琲を淹れる。ついでに朝食も作り出す。そのせいで朝から目一杯食べるハメに。しかも、完食しないと機嫌が悪くなるというオマケ付き。
「あなた、春佳を起こしてくれる? せっかくの料理が冷めちゃうから」
「アイツ、起きるかな」
昨日は俺の方が先に寝た筈。
「起きない時は、目覚めのキスをして上げたら?」
「気軽に言うねぇ」
妻は本当に、やっちゃうからなぁ。
ヤレヤレと髪を掻き上げながら娘の寝室へ。
予想通りというか、すやすやと寝息が聞こえた。
安眠妨害は正直、気が引けるのだが。
「春佳。朝だぞ」
予想通り返事はなし。
「お母さんが起きろって」
肩を揺すり耳元で呼び掛ける。
「んん?」
反応するも不機嫌そうに顔をしかめるだけ。
「朝ご飯。顔を洗ってリビングへおいで」
「やだぁ。眠い」
イヤイヤと娘は首を左右へ振った。
仕方ない。
強硬手段を取りますか。
俺は娘の両頬に手を添えると。
妻がするように、唇を重ね合わせた。
「んっ!?」
突然の衝撃。
一瞬、意識が飛んだ。
「なに、すんのっ!!」
娘の怒号。
容赦なく側頭部を引っ叩かれた。
「お姉ちゃん、酷いっ!」
叫びながら頭を抱えた。少しわざとらしく。
「あ………。ごめん。痛かった?」
「起こしに来ただけなのに、殴らなくても良いじゃないっ!」
悲痛な声で訴えた。
か弱い少女のように振る舞いながら。
「それは…………お父さんが、バカな事をするからでしょ?」
「今は可愛い妹じゃない。それとも、お母さんは良くて、私はダメなの?」
冷たい事を言わないでと、涙目で迫ってみた。
「体は女の子だけど、中身は中年の親父でしょうが」
それを言われると身も蓋もない。
「あの、春佳さんや」
「何?」
「お父さんと呼ぶのは暫く止めて欲しい。普段から由喜ちゃんと呼んでくれないか?」
「何で?」
「昨日、井上さんの前で、口を滑らせたのは誰よ?」
「その件は、ごめんちゃい」
あの瞬間は、マジ心臓が止まるかと思った。
「さっさと起きて、朝食を食べに来なさい」
これを伝えるために、なぜこんな苦労をせにゃならんのか。
「後で行くから、もう十分だけ寝かせてよ」
娘は再び布団の中へ。
「早く来ないと、お母さんの機嫌が悪くなるぞ?」
「判ってるけどさぁ。ちょっと怠くて、体が」
怠い?
「熱でもあるのか?」
娘の額に手を乗せる。
平熱、かなぁ。
「おと……じゃなくて、由喜ちゃん。お願いがあるんだけど」
「あと、五分寝かせて欲しいとか?」
「ちょっと、こっち来て」
そう言うなり、娘は布団をはぐった。
「ん?」
俺にどうしろと?
「中に入って」
まさかと思ったが。
とりあえず言われたように足を入れ、身を横たえた。
「もっと近くに。わたしへ背中を向けてくれる?」
「こう?」
「うん。ありがとう」
背後から、ぎゅっと抱き締められた。
二人で毛布に、くるまりながら。
「…………起こしに、来たんだけど」
「いやぁ。由喜ちゃんの手が温かいから、つい」
湯たんぽを抱くように密着する娘。
「体が温まるまで、一緒に居てよぉ~」
「あのなぁ」
抜け出そうとするも、強引に羽交い締めされた。
今は肉体的に、娘の方が上。
背丈も俺の方が低い。
親に添い寝させられる子供の気分。
でも。
これは、これで………。
ずっと抱き締める側だったけど。
包まれるように抱かれるのは、子供の頃以来か。
柔らかくて、温かくて。
いかん。
とても心地良い。
抵抗する気が、どんどん失せていく。
いや。
暫く、このままでも良いかな。
良いかも………。
耳元で聞こえる寝息。
浮かび上がる記憶。
母も。
俺より先に、眠っていたな………。
差し込む朝日の中。
二人で惰眠を貪った。
ぶち切れた妻が起こしに来るまで。




