表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/113

手の平サイズの幸せと不幸せ②


「おとうさ~ん。はやく、はやく~」


 入場ゲートを通過するやいなや、姪がパタパタと駆けだした。


「花美ぃ~っ! 走ると危ないですよぉ~!」


 慌てて後を追い掛ける義弟。


「なぁ、春佳」

「ん?」

「とても懐かしい光景だねぇ」


 同じ事をやったような、やられたような。


「そうだっけ?」

「そうだよ」


 もう十年……いや、もっと前だな。

 妻と娘の三人で、この遊園地を訪れたのは。


「つかまっちゃった♪」

「やっと捕まえました」


 軽く息を切らしながら合流する二人。

 もう逃がしませんよと、小さな手をしっかり握り締めていた。


「おかあさん、きたらよかったのにねぇ」


 井上家は、いつも三人一緒なのに、珍しく妹の美妙恵が不在。


「今日、お姉さんは?」


 ずっと気になっていた事を春佳が口にした。


「妻は体調不良で、残念ながらお休みです」

「おなか、いたいんだって」


 もしかして月のアレか?

 そういや学生時代にも良く寝込んでいたな。栗田家の遺伝的なものかもしれない。



 今日は義弟の監査……もとい面談日。

 真面目に学校へ通っているか質疑応答の日。

 俺はいつも非協力的で、姪の花美はツマンないと駄駄をこねるので、今回は趣向を変えて遊園地へ。

 本当は妻の陽子も来る筈だったが、仕事の締め切りが重なり欠席。

 男一人に、娘が三人という華やかな面子となった。



「懐かしい。まだ、あるんだ」


 春佳が指差した絶叫系の乗り物。

 俺も同様の感想を抱いていた。


「春ちゃんは、ココに訪れた事が、お有りで?」

「そだよ。お父さんと小学生の頃に来たよね♪」


 井上さんの質問に、春佳は俺の方を見ながら答えやがった。迂闊うかつな事に。


「えっ!? 義兄上あにうえと三人で?」


 やはり食い付いたか。


「違いますよ」


 否定しながら即興話を慌てて構築。


「春佳さんと来たのは初めてです。遊園地へ行くと聞き、昨日の夜に二人で色々と話しました」


 冷や汗を掻きながら、何とか辻褄を合わせた。

 妻と娘が、由喜の存在を知ったのは去年の冬………という事になっていたから。


「なるほど、別々に義兄上あにうえと来ていたのですね」

「はい。そうです」


 義弟に答えながら春佳を肘で小突いた。


「ちょっと待ってください? そうなると義兄上あにうえは、二つの家庭を行き来していたのですか?」

「そうなる………かも」

「許すまじっ!! 可愛い少女を同時に養育していたとは、何たる悪行っ!!」


 わなわなと拳を握り、怒りに身を震わせた。


「私は花美が一人だけというのに、義兄上あにうえは二人もっ!!」


 嫉妬かよ。

 危うく突っ込みを入れそうになった。


「もしかすると義兄上あにうえは、今頃更なる家庭を気付き、三人目の少女をっ!?」

「私の父に、そんな甲斐性は無いと思います」


 今以上に話を盛られても迷惑極まりなく。

 ヒートアップする井上さんに、それとなく水を差した。

 元に戻った時の事を考えると、今から胃が痛い。

 いっそ、一年くらい現状維持の方が平和かもしれない。


「井上さん。アレ、一緒に乗りませんか?」


 春佳が突然声を上げた。強引に話を逸らすように。

 汚名返上のつもりだろうか。


「アレ、ですか?」


 タイミング良く、施設から聞こえて来る悲鳴。


「私、絶叫系は、あまり……」

「そんな事を言わず、乗りましょうよ♪」


 笑顔と共に腕を引いた。

 どこぞの強引な勧誘のように。


「し、仕方ありませんねぇ。由喜ちゃんも一緒に如何です?」

「私まで乗ったら、花ちゃんの面倒を誰が看るのよ」


 それほど激しくはないが、幼児は流石に無理だろう。


「おとうさん、いってらっしゃ~い」

「ち、父は行きます。花美や。お父さんが帰って来るまで、良い子にしているのですよ?」


 出征しゅっせいの見送りよろしく、姪と手を振り二つの背中を見送った。

 さて、どうするかな。


「花ちゃん、何か飲む?」

「のむぅ~♪」


 自販機。

 いや、売店の方が良いか。


「こっちへ行こう」

「うん」


 小さな手を握り、とぼとぼ歩く。

 今日は本当に良い天気。それに引き替え………。


「おねぇちゃん、どうしたの?」

「ぅん?」

「げんきないよ? おなかいたいの?」

「判る?」


 子供に心配されるとは。

 やはり顔に出ていたか。


「あのね。お姉ちゃん、お話しを作ったんだ」

「どんなの?」

「楽しいのを考えて、たくさん書いたけどね。つまらないって言われちゃった」

「ひどいねぇ」

「仕方ないよ。何が面白いかは人それぞれだから」


 去年から書き続けていた小説。

 とある出版社の賞に応募したのだが。

 今日の朝に届いた落選通知。

 いきなり入賞とか無理だろうと予想していたが。

 まさか、二次選考で蹴られるとはなぁ。

 最終選考までは無理でも、三次選考くらい残ると思っていた。


「花ちゃん、どれにする?」


 ファンタジー的な外見と色合いのキッチンカー。

 連れて来られた父親御用達とばかり、生ビールの旗が風に揺れていた。

 …………飲みたい。

 こんな気分の時は何も考えず、大ジョッキーで。


「おねぇちゃん、びーる?」


 小さな人差し指を向けながら、姪が文字を読み上げた


「花ちゃん、もう憶えたの?」

「うん。おとうさんから」


 何を教えているんだ、あの男は。


「お姉ちゃんはね。大人じゃないから、お酒は飲めないんだ」


 去年まで二十歳以上だったけど。


「ソフトクリームは、どう?」

「たべるっ!」

「何味?」

「ちょこれーと」

「判った」


 財布を取り出し、二つ注文。

 どこかに座ろうと思うも、空いている椅子は一つだけ。


「花ちゃん、おいで」


 まずは自分が座り、膝の上に姪を乗せた。


「おねぇちゃん、それは?」

「バニラ味。食べる?」

「じゃぁ、ハナのも、あげる」


 二つの味を交互に舌の上へ。

 甘いな。

 外で食べるなんて、何年振りだろう。


「おいしいね」

「うん。甘いね」


 穏やかな陽光。吹きそよぐ春の風。

 花美が大人になった時。

 この風景を懐かしく思い返す日が来るのだろうか。

 由喜というお姉さんの膝に座り、分け合ったソフトクリームの想い出を。


「あっ! おとうさんっ!」


 小さな手で示す先。

 カラカラと音を立てながら、頂きを目指し登るコースター。


「見えるの?」

「うん、まえにいるよ」


 遠すぎて俺には良く判らなかった。


「あれ、たのしいのかなぁ?」

「そうかもね。花ちゃんも大きくなったら乗ろうね」


 頭上より滑り落ちる轟音。

 同時に男性らしき野太い声が、蒼い空に木霊した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ