手の平サイズの幸せと不幸せ①
『最近、君ら冷たないか?』
室内のスピーカーより流れる不機嫌な声。
動画有りなら、拗ねた少女の顔が映し出された事だろう。
『ちっとも会いに来ぇへんやんか』
週末定例のネット会議。
ベネットさんの愚痴で幕が開いた。
『ごめんねぇ~。行きたいんだけどさぁ。締め切りが重なって超忙しいんだわ』
「こっちは学校に通い出したから、時間の捻出が色々と厳しい。悪いとは思っているよ」
のっけから掘さんと二人で謝罪と言い訳をするハメに。
『忙しいのは一緒やで? 俺も締め切りで、ずっと机から離れられへんっ!』
これは、あかん。
声の調子から、かなり拗らせているのが確定だった。
『今月、まだ一回もないで? ちょこっとで構へんから会いに来てぇ~や。寂しいやんけぇ』
最初の勢いはどこへやら。話す度、元気無く尻すぼみに。
一人で留守番を押し付けられた幼子そのものだった。
『もう少しだけ待ってよ。一区切り付いたら、ボクが遊びに行ってあげるからさ』
やれやれと肩を竦めるように、掘さんが救いの手を差し伸べた。
『ほんまに? 明日、来てくれるん?』
『ごめん、明日は無理ぃ~』
『なんでぇっ!? 来てぇ~やっ! すぐ近くやんっ!』
もう限界と言わんばかりの悲鳴。
イヤイヤと首を左右に振る姿が、容易に脳裏へ浮かんだ。
『栗田さんは、どない? 日曜やから学校は休みやろ?』
予告なく、お鉢がコチラへ飛んで来た。
「悪い。明日は先約で夕方まで埋まってる」
相手には見えないのに、なぜか俺は頭を下げた。
『なんで、なんでや~っ! そないに顔を見るのが嫌なんか?』
そないな事言われてもなぁ。
足が遠のいていたのは事実なだけに釈明し辛い。
『しょうがないなぁ~。米内君は。明日はやっぱ無理だけど、明後日は朝から晩まで付き合ってあげるよ♪』
『ほんま?』
途端に弾む少女の声。
『ほんま、ほんま』
『ほな、待ってるで………』
どうやら機嫌を直してくれたらしい。
俺は心の中で掘さんに手を合わせた。
明日、夕方から行けなくもないが、往復でたっぷり二時間。深夜の帰宅は出来れば避けたい。
以前の姿なら、日本酒の四号瓶をぶら下げ押し掛けたのになぁ。
『栗田さんも、明後日よろしゅうな』
「あ、うん………って、明後日?」
『待っとるでぇ~』
「俺、学校があるんだけど」
普通に平日の月曜日だし。
『放課後の夕方からでも構へんて。栗田さんに見せたいもん有るんや』
「いや…」
『ほな、もう眠いから切るわぁ。月曜は頼むでぇ。お休みぃ~』
ベネットさん、ログアウト。
もう夜の遅い時間だから、子供の身では仕方ないかもしれんけど。
「マジかぁ~っ!?」
溜息を吐きながら、天井を仰ぎ見た。
『ねぇ、栗田さん』
「何でしょうか、掘さん」
『米内さん。小学生の演技めっちゃ上手くなったね♪』
そう来たかぁ。
考えようによっては、その解釈も有りか。
「ベネットちゃん。ずっと一人だからねぇ」
『寂しいと思うよ? ボクや栗田さんは同居人がいるから気楽だけど』
俺の場合、学校でも話す相手がいるしな。
「やっぱ体の影響は大きいよね。俺もクラスで男子に囲まれると心細くなる」
『そりゃ、そうでしょ。栗田さん、学校で可愛い女の子を見て心躍る?』
「全然」
中学の頃は、好みのタイプを見掛ける度、足を止めていた。
『だよねぇ。今は成人向けのコンテンツ観ても、なんも面白くねぇし』
「判るわぁ」
体育の授業。着替えで女子の下着姿を見ても、嬉しいどころか気まずくて仕方がない。
「男は精巣で考える……だっけ?」
自分で口にしておきながら、激しく間違っている気がした。
『栗田さん、今のボクの趣味。何だか判る?』
趣味ねぇ。
以前ならドライブとか旅行だろうけど。
「美味しいお店を探すとか?」
『鏡の前で一人ファッションショー』
「……………何それ?」
『最初は嫁さんの服を取っ替え引っ替えで済んでたけど。やってる内にアレも欲しい、コレも着てみたいって事になってさ。通販に手を出したら止まんなくなった。今じゃファッション雑誌を定期購読してるし』
現在の掘さん。目がパッチリ切れ長の美少女だからなぁ。
何を着せても、それなりに似合いそう。
「毎月、結構な額を突っ込んでる?」
『そうでもないよ。なにせ車乗らない、酒飲めない、飯屋に行っても食が細いからアレコレ注文出来ない。トータルで考えたら出費は間違いなく減ってるね』
「高級ブランドに手を出さなければ、それなりの金額に収まるか」
どんなに高価でも、十万超えとか早々ないだろう。
『たまに鏡の前で、コレ良いじゃんと思った時は自撮りしてるよ』
「スマホで? ネットにアップしてるとか?」
『それはないけど、知り合いのアニメ監督とかに送ってる。次のヒロインの服、これどうよって』
「プロだねぇ~」
思わず感嘆の息を吐いた。
多分、俺じゃ思い着かないだろう。
「送信する時、顔とかはどうしてんの? 加工とかは?」
『そのまんまだよ。姪に着せたって事にしてる』
それが安牌か。
どんな感じなのだろう?
ちょっと見てみたい気もした。
『そっちはどうよ。栗田さん、何かハマってる?』
「俺?」
何かあったっけ。
「しいて言えば小説の執筆かな。以前に比べ書く時間が増えたし」
『それって、栗田さんの本業じゃん』
本業………。
うん、本業か。
そうかな?
そうかも。
『趣味的には何かないの?』
「そうねぇ」
自問自答する事、数秒。
「料理関係かなぁ~。ネット検索で調べて、夕飯に作る機会が増えた。調理器具も色々揃えたし」
元々好きではあるが、料理レシピのファイリングまでは熱心にやらなかった。
『良いねぇ、良いねぇ。絵になるねぇ。そのうちクラス男子から、オマエの飯が食べたいとか、言われるんじゃねぇの?』
「え、いや、そんな事は……」
迂闊にも返事で舌がもつれた。
『えっ!? マジで言われた? 告られたん?』
興味津々に尋ねられても困る。
「同級生からね。断ったけど」
『良いじゃん、付き合っちゃいなよっ! 中学生同士の甘い青春。もう、やるっきゃないでしょっ!!』
「やらないよ」
他人事だと思って、この人は………。
念のため背後を振り返る。
今の会話、陽子に聞かれてないよなぁ。
「そうだ。一つ伝えておく事がある」
『ボクに?』
「先週。男子から、お前の飯が食べたいと言われた時、マジで胸が熱くなった」
心臓の鼓動まで高鳴った。
「この体を長く続けていると、恋愛感情も年相応の女子になると思われ」
『えっ!? 胸キュンしたの?』
「超、胸キュンした」
『すげぇっ! それ最高じゃんっ!! 女の恋愛感情ってサッパリ不明だから、めっさ体験してみたいんだけどっ!!』
そうよね。
掘さんて、こういう人よね。
このポジティブさ。
羨ましいというか、見習いたい。
『それで栗田さん、どんな風に告られたのよ。詳しくボクに聞かせなさいよっ!』
「聞きたいん?」
『後学のために、是非っ!』
そう言われると断り辛い。
「別に良いけど、ちょっと待って」
一旦腰を上げると、自室の扉を押し開けた。
廊下に誰もいないよな。
確認後、会話が漏れないようキッチリ締めた。
浮気をしているようで、後ろめたさが半端なかった。




