憂鬱な学校生活の幕開け⑧
『栗田さん、こんな時間にどうしたのよ?』
部屋のスピーカーより、不審がる掘さんの第一声。
「PC立ち上げたら、ログイン状態だったからさぁ」
『今月から学校に行ってるんしょ? 今日、祝日じゃないよね?』
「頭痛が酷くて、自主休校日にした」
マイクへ語り掛けながら、カメラが未設定で良かったと思った。
頬に浮かんだ青痣の言い訳をしなくて済んだから。
『どうせなら、米内さんも呼ぶ?』
「さっきメール送ったけど、手応えなし」
ベネットさんの事だから、原稿が修羅場中なのだろう。
『先に言っとくけど、新しい情報は何もないよ。まだアレの調査結果が未着だし』
「コッチも特に進展なし。良くも悪くも現状維持のまま」
ネットの検索を続けてはいるが、めぼしい成果は皆無の手詰まり状態だった。
『現状維持? そんな事ないでしょ。ボクや米内さん変化ないけど、栗田さんは春から新生活じゃん。君の義弟が頑張ったんでしょ?』
「まぁね」
個人的には見て見ぬ振りをして欲しかったが。
『それで、どうよ? 二度目の中学校生活』
「う、うん………」
何か話そうとするも、どれもこれも、口にし辛い事ばかり。
『何か、あったん?』
数秒の沈黙に、やはり何か察したらしい。
「今日、本当に生理痛が辛くってさ。教室までは行ったけど、授業が始まる前に帰って来た」
嘘は言っていない。色々と端折ったが。
「帰りに買った薬で、マシにはなったけどね」
自宅にいるという安堵感も作用しているだろう。
「何はともあれ、早く元の体へ戻りたいよ」
『そう? ボクは暫く今のままで良いと思ってるけど』
「へ?」
一瞬、我が耳を疑った。
「そうなの? 急いでないの?」
買ったばかりの新車が、どうのこうのと話していたような。
『もう、この体に馴れちゃってさ。当初は面喰らったけど、肩凝りや腰痛に無縁だし、何より体が軽い。やっぱ若いって良いねっ!』
「お、おぅ」
『酒が飲めない事だけは、如何ともし難いけど』
「おとっつぁん。それは言わない約束よ」
飲めるなら、今頃ビールを呷り不貞寝していた。
『ボクとしては、学校へ通っている栗田さんが、めっちゃ羨ましいよ。だって現役の中学生っしょ? そんなんネタの宝庫じゃん』
「ネタねぇ」
まさに今日、伝説を一つ築いたけどな。一年くらい語り継がれるヤツを。
『マジな話し、学校関連のシナリオって、いつも会話文で悩むんだよねぇ。中坊の頃なんて記憶の遙か彼方だし。その点、栗田さんは生の声が毎日聞けるわけじゃん? 物書きとして、最高に恵まれた環境だとボクは思うよ』
…………じゃぁ、俺と変わってくれる?
そう言おうと唇を開くも。
数秒後、そっと閉じた。
『ごめん。取引先からメールの弾着確認。そろそろ仕事に戻るわ。コッチも色々と立て込んでるのよ』
「お連れ様」
『ほんじゃ、またねぇ~』
マウスをクリックして通信を切断。同時に長々と息を吐き出した。
判っちゃいるんだ。
俺が今、立っている場所。
何十年もの月日を遡り、学生時代からの人生リブート。
きっと、やりたいヤツは幾らでもいるだろう。
俺は今すぐにでも、投げ出したいのだが。
「隣の芝生は、青い………か」




