表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/113

憂鬱な学校生活の幕開け③


 少し急ぐべきか?

 腕の時計をチラリと確認。

 間に合うとは思うが始業ギリギリ。

 やはり朝食でロスした二分が痛い。

 時間を稼ぐか。

 鞄を握り、まだ人気ひとけのない商店街を駆けた。

 足を踏み出す度に、ひるがえるスカートの端。

 早春の冷たい風が、剥き出しの太股ふとももを撫でた。

 やはり、ストッキングを穿くべきだった。

 寝起きから続く頭痛も、地味に辛い。

 せめて五分早く布団を出ていたら………。

 無駄な後悔を重ねつつ交差点を渡り、街路樹をくぐり抜け、生徒の群れを補足。

 もう大丈夫だろう。

 浮かんだ額の汗を拭いながら、呼吸を整えた。

 遠くから鳴り響く学校の予鈴。

 歩むにつれ密度が増す制服姿。

 道沿いにそびえ立つ学校のコンクリート壁。

 心が、ざわつく。

 校門へと近付く度、高まる脈拍。

 黒いモヤモヤとした何かが、胸の奥深くから沸き上がり、満ちていく。

 やだ、やだ。

 気分転換に息を吸い込み、頭を振った。

 また昨日の繰り返しか。

 何もないと頭で判っても、体が勝手に反応してしまう。

 毎朝、これが続くのか?

 流石に一週間もしたら、収まる………と良いな。






「おはよう」

「うっす」


 賑やかな教室。

 クラスメイトの挨拶と雑談。

 俺は口を開く事なく、自分の席へ。

 孤独とか、寂しいとか、そんな思いは微塵もなく。

 気遣い不要な事が、むしろ気楽で喜ばしく。


「栗田さん、おはようございます」

「あ、おはよう」


 背後からの不意打ち。

 咄嗟に明るい声で返答した。前言撤回とばかりに。

 誰かと思えば、あの子か。

 黒縁眼鏡にショートカットの髪型。

 昨日の放課後、予定を伺いに来た地味な女の子。

 なぜだ?

 何が目的で俺に声を掛ける?

 わらわらと疑念が浮かぶも、数秒後、全て杞憂だと自分へ言い聞かせた。

 同級生への挨拶に理由なぞ不要だろう。


「せっかく、もう一度学校に通うなら、たくさん楽しまなきゃ………か」


 娘の言葉。そっと声に出し復唱した。

 朝の教室で『おはよう』と笑顔を交わし合う。

 これも、楽しみの一つに数えて良いのだろうか。






「この方程式、とっても重要。高校受験に必ず出題されます」


 教師の声。

 シャーペンの走る音。

 黒板に引かれるチョークの白線。

 皆がノートや教科書に目を落とす最中さなか

 俺は頬杖をつきながら、劇でも鑑賞するように授業を眺めていた。

 案外、憶えているものだな。

 新学期二日目。授業の幕開け。

 午前は現国、化学、地理、そして今は四時限目の数学。

 教科書にも目を通したが、頭の片隅に残っていた知識と大きな相違はなかった。

 英語は元々苦手なので、基礎から勉強するとして。

 他に不安があるとしたら地理くらいか。東欧の周辺、社会主義国と呼ばれた国々が軒並み変わったからな。そこだけは憶え直す必要があるだろう。

 それにしても………。

 この数学の教師。声に抑揚がないので眠気を誘う。

 朝から続く鬱陶しい頭痛がなければ、余裕で寝落ちしそうな気がした。






 昼休み。

 教室を抜け出し、校内を歩く。


「この辺り、だったような?」


 廊下を彷徨さまよい、階を間違え、ようやく探し当てた目的地。

 図書館。

 あぁ、図書館っ!

 何という素晴らしい言葉の響き。

 早速、足を踏み入れ深呼吸を一つ。

 鼻につく書籍特有の臭い。

 悪くない。嫌いじゃないぞ。

 ページを捲る音しか聞こえぬ静寂な空間。大好きだ。

 人があまり訪れず、寂れている雰囲気がたまらない。まさに俺に良し、お前に良し。

 さて、何を読むかな。

 学校の図書館ならば、やはり明治大正の文豪書籍だろうか。

 実はあまり読んでいない。芥川とか好きな作家は目を通しているが。

 有名な代表作は読破した方が良いよなぁ。

 そんな事を思ってみるも、俺の指先は日課の如く新聞の朝刊へ。

 以前は通勤途中にスマホで、または昼休みに業務端末で眺めていた。

 とりあえず三面記事が気になるところ。

 本日の株と円相場は幾らでしょう?

 通路で紙面を広げると邪魔になるので、適当な椅子へと腰掛けた。

 机の対面に座っていた女子生徒が、俺に微笑みながらの会釈えしゃく。コチラも軽く頭を下げながら、ハタと気付いた。

 また、あの子だ。

 この席には深い理由もなく座ったのだが。

 たまたま近くに、あの女子が居たのも本当に偶然なのだが。

 真向かいから時折向けられる熱い秋波しゅうは

 話し掛けたいけど迷っている。そんな思いが、ひしひしと、あからさまに。

 数時間後の教室にて起きるであろう事柄が、容易に脳裏へ浮かんだ。






「あの栗田さん。今日はこの後、お暇ですか?」


 俺、知ってる。

 これ既視感というヤツだ。

 実際、昨日の再現ではあるが。

 放課後。

 帰宅の準備が完了するのを見計らうように、あの子が声を掛けて来た。

 告白の返事を期待するように、不安と期待が入り交じった表情で。


「今日も、ちょっと……」

「ダメ、ですか?」


 頼む。

 そんな悲しげな顔をしないでくれ。

 だから、目の端に涙を浮かべるんじゃないっ!

 まるで俺が、冷たい人に見えるだろうが………。


「途中まで、一緒に帰るくらいなら、付き合うよ」

「良いんですか?」


 瞬きする彼女へ、小さく頷いた。

 理由が何にせよ、好意に思ってくれる相手を無下むげにするのは、よろしくないか。

 恨みを買うのも嫌だし。

 クラスに一人くらい、話す相手がいても悪くはなかろう。


「名前、何だっけ?」


 君とか、お前とか呼ぶ訳にもいかず、恥を承知で尋ねた。


「宇垣です。よろしくお願いします♪」


 自己紹介を終えるなり、深々とお辞儀をした。


「こちらこそ、よろしく」


 返礼とばかりに俺もこうべを垂れるも、笑顔は作り損ねた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ