そんな事を言われても②
昼間に訪問するのは久し振りだな。
マンションの一室。玄関横の呼び鈴を指で押し込む。
「あ、そっか」
もう一つ、すべき事を忘れていた。
スマホを取り出し、ダイレクトメールを送信。
まるで電子錠のように、カチャリと金属音が小さく鳴った。
「お邪魔しま~す」
一声挨拶しながら扉を開ける。
家主が今や遅しと俺を待ち構えていた。
「まいど~。まぁ、入ってや♪」
少女が満面の笑みでお出迎え。
とても愛くるしい、あどけなさで。
中身が元中年男性のベネットさんという、その一点のみアレではあるが。
「はい、お土産」
後ろ手で鍵を閉めるなり、白い紙箱を家主へ献上。
「おぉきに♪ わざわざ、すまへんなぁ~」
ペコリと頭を下げるなり、細い両腕で受け取った。
何だろう。この抱き締め頬摺りしたくなる衝動は。もし真横に掘さんがいたら、手妻師のような早業が繰り出されに違いない。
「おっ! シュークリームやんかっ! 俺、好きやねん♪」
「お気に召したようで恐悦至極」
以前の持参品は、日本酒かビールなどアルコール類ばかり。喜んで貰えるのか不安だった。
「ほなら中国茶を淹れるさかい、ちょい待ってや」
電気ケトルを手に取り水を注ぐと、返す刀で茶盤、茶壷、茶海、茶杯を手際良くテーブルの上に並べた。
「栗田さん。今日は、どないしたん?」
「前の職場から荷物を引き上げて来た」
先ほど床へ下ろした鞄を指差した。
「わざわざ帰りに寄ってくれたんか。気ぃ使わせてすまへんなぁ」
「まぁ、途中下車だし」
重量物を背負ったせいか肩が少し痛い。
この体。動きやすいのは良いが、非力なのは致し方なし。単なる運動不足という可能性も否定しきれないが。
「ベネットさん。そちらの調子は?」
「ぼちぼちやな。良くも悪くも、あれから何も変わってないわ」
話しながら家主は小さな台に乗り、棚へと手を伸ばした。
「仕事は?」
「今まで通りやな。早寝る分、起きるのも早なったわ。アシスタントには、テレワークで仕事してもろてる」
一列に並ぶ朱色の茶缶。指が後少しのところで届いていない。
「取ろうか?」
「うん。頼むわ」
そういう俺も背丈的にはギリギリだったりする。
「これで良いの?」
いつも飲んでいるのは、高山烏龍茶とシールが貼られた茶缶。
「今日は、そっちやな」
小さな人差し指が、その右隣へ。
「これね」
少し背伸びをし、台湾蜜香紅茶と書かれた容器を指先で捕らえ、そっと下ろした。
「すまへんな」
「別に」
この家は成人男性を基準に構成されていた。
物の配置。家具。電化製品。衣服や調度品に至るまで。
今の、ベネットさんの小柄な体格では、何かと不便だろう。
「買って来て欲しい物とか、ある?」
「今は特に無いなぁ。通販あるし、前に服を買うてもろたお陰で、お店にも行けるようになったし。必要なもんは揃うたと思う」
その発言を裏付けるように、真新しい包み紙が部屋の隅で積み重なっていた。
「ただなぁ。昼間に出掛けるんは休日限定やな。平日やと、学校サボっとるようにしか見えへん」
「判る」
俺でもたまに奇異な視線を向けられる。パッと見が小学生のベネットさんは、尚更目立つ事だろう。
「まぁ、座りぃや」
家主に誘われ、腰を据えた。
「あと少しやから」
沸騰したお湯で茶器を手際良く洗い、茶葉を茶さじで茶壷の中へ。
珈琲はいつも豆から挽くが、中国茶を本格的に飲むのは何ヶ月振りだろうか。
「そういや、栗田さんがメールで教えてくれたヤツ、調べてみたで」
「どうだった?」
今日の会社訪問で得た情報。
電車の中で、ベネットさんと掘さんに一報入れていた。
「それがなぁ~。引っかかるのは小説ばっかや」
熱湯を茶壷へと注ぎ入れながら、首を左右へ振った。
「小説をアップするサイトがあるやろ? 今の流行なんか知らへんけど、そればっかヒットしよる。朝起きたら魔法少女とかな」
「そっちかぁ~」
言われてみると、書店の入り口にあるライトノベルのコーナーで、それらしきタイトルを幾つか見掛けた気がする。
すると元職場の部下が見たのも、創作話の一つなのだろうか。
「まぁ、ぼちぼち調べよや」
そう言うと、中国茶をくぐらせた聞香杯を俺に差し出した。
一礼しながら受け取るなり、匂いを嗅ぎホッと一息。
注がれた茶杯を一口すすり、舌の上で味を楽しむ。
…………ん?
これ、高いヤツじゃね?
「どや?」
「かなり、美味しい」
頷きながら杯を傾ける。
鼻に抜ける香気。明らかに茶葉のランクが高め。
気に留めても仕方がないので、お茶請けのシュークリームに手を付けた。
うん、甘い。
生クリームにカスタードクリーム。パイ生地の上には真白な粉砂糖。
舌が鋭敏になったせいか、殊更に甘味を強く感じる。
お酒が飲めない反動か、最近ケーキや和菓子を口にする回数が増えた。
体重も増えている気がする。
多分。いや、間違いなく。
体重計。帰ったら乗ってみるかな。
「せや、昨日。掘さんがウチへ泊まりに来はったわ」
ベネットさんは早々と一個食べ終え、指に付いたクリームをペロリと舐めた。
「暇なんか先週も来よってな。マンガのネタ出しを二人で考えたりして、色々と助かったわ」
「……………そか」
来ていたのか。
あの日の事を、気にしたのかは不明だけど。
俺もたまにはパジャマ持参で泊まりに来ようかな。
後で掘さんに予定を聞いてみよう。
「もう一杯、どない?」
「戴きます」
遠慮なくと杯を家主へ。日本酒を注いで貰うかのように。
「自分、これからどないするん?」
「どないと言われても」
予定など何一つなく。
「仕事、クビになったんやろ?」
「まぁね」
ベネットさんはマンガ家。方や掘さんは小説家。二人とも自宅での一人作業。
俺と違い、身形が変わっても稼業に大きな支障はなかった。多少の不便さは有るだろうけど。
「せっかくやから、栗田さんもコッチの世界へ来たらえぇやん」
こっち?
意図を計り兼ね首を捻った。
「物書きに、なったらえぇって事や」
「はぃ?」
つまり、プロになれと?
「おもろい小説いつも書いてるやん。自分やったら、絶対イケると思うで?」
気軽に言ってくれるなぁ、この人は。
「栗田さん、どうせ暇なんやろ? やる事ないんやろ? ほなら、書いたらえぇねん。時間なら売るほどあるさかい」
「確かに暇だけどさぁ」
今日も帰ったら書くつもりでいたが。
「…………なれるかな?」
「大丈夫やって。栗田さんなら絶対なれるっ!」
胸を張って断言した。
その根拠を詳しく問い質したいところではあるけれど。
今はただ、ベネットさんの言葉が素直に嬉しかった。




