そんな事を言われても①
「父の荷物を引き取りに伺いました」
約一ヶ月ぶりの元職場。
会社の扉を開けてくれた元部下へ、笑顔で頭を下げた。
「話は伺っております。コチラがその荷物です」
予め用意していたのだろう。台車に乗せた箱を目の前へ。
「粗方この中にまとめてあります」
「ありがとう、ございます」
深々と一礼した。
事の始まりは一通の相談メール。
協力ついでにと、強引に社内への手引きを依頼した。
いつもの見慣れた職場。人気はなく静まり帰っていた。
本日は土曜の定休日。社内いるのは、サポート、兼、電話当番の元部下だけ。
「必要な物は、ありそうですが?」
「はい。多分」
早速、箱の中身を選別。
大体は破棄して良いのだが、どうしても回収しておきたい書籍などが何点か。
手早く仕分けしながら、鞄の中へと詰め込む。
「残りは廃棄して戴けますか?」
目的の品物を無事に確保完了。
「あとは通信回線の修理ですね」
「え? それもですか?」
「はい。父から直すように言われています」
「でも……」
「大丈夫です。こう見えてもパソコン関連は詳しいので」
先日、元部下から届いた一通のメール。
内容は社内ネットワーク回線の不調相談だった。
このビルへ会社を移したのは十年以上前の事。その時にネットワークを構築した社員は、俺が最後の一人だった。
「部屋の右奥ですよね。さっさと、やっちゃいましょう♪」
「では、こちらへ」
浮かない顔で室内へと案内された。
まぁ、部外者を無断で招き入れるのだから当然か。
サーバー室などという大した物はなく、部屋の隅にサーバーラックを詰め込んだ代物。
壊れない限り何年経過しようと機材交換をしないので、いきなり不調になっても不思議ではない。
「調子が悪いのは、このサーバーに繋がる回線です」
「へ? そっち?」
てっきり主回線だと思っていたら、予備回線の方だった。
「なぜ今更その回線を?」
ネット接続が一社のみでは不安という事で、もう一つ別の会社と契約していたのだが。
「来期で契約解除………と、父から聞きましたけど」
危ない。つい、いつもの調子で話していた。
「当初その予定でしたが、急遽、コッチも利用する事になりまして」
「それで繋いだら動かないと」
ずっと放置していたからな。
「サーバーの調子は?」
「メイン回線に繋ぐと普通に動くので、機器は正常に稼働していると思います」
そっちじゃないとすると。
「LANケーブルのコネクターは、刺し直してみました?」
「それは何度も試し済みです」
ケーブルでもなし。
「回線の会社には? 契約が切れてたって事はないの?」
「その辺も確認しましたが、問題ないそうです」
なるほど、確かにコレは面倒だわ。
「入り口の近くに、外から引き込んだ回線の端末口があると思いますが。そっちは動きました?」
「それはまだ、試していないですね」
待てよ?
何となく思い当たる節が一つ。
「もしかしたら、コッチかも」
随分前の事だから記憶がかなり、あやふやではあるが。
サーバーの前を離れ、玄関の中間地点へ。
「ココだったかな?」
通路の真ん中、カーペットを引き剥がす。
「何をしているんですか?」
「この下に配線が通っている」
元部下の訝しげな声を背中で聞きながら、金属プレートの蓋を外す。
このフロアの床はケーブルを設置出来るよう、特殊な構造になっていた。
「あっ、確かに。LANケーブルがありますね」
「いや、ココじゃない」
もう少しサーバーよりだ。
開口部を元に戻し、数メートル先で再び発掘作業を再開。
「当たり♪」
蓋を開けると、色違いLANケーブルが二本姿を見せた。
「そこ、抜けてますねぇ」
ケーブルを繋ぐ接続部品を、元部下が指差した。
「固定部品の爪、取れてる」
多分、無理に引っ張りでもして外れたのだろう。
本来なら接続部を修理するか、ケーブルの交換をすべきなのだが。
「電気工事用のビニールテープ、あります?」
「ちょっと待ってください」
今日は、さっさと帰りたいので、一時的な応急処置で。
ケーブルを挿し直し、簡単に抜けないようテープで固定した。
「回線テスト、お願いします」
「はい。今すぐ」
元部下は、パタパタと端末の方へ。
待つこと数分。
「OKですっ!」
これにてお役ご免。
安堵の息を吐きながら、再びケーブルを埋設した。
後は俺がいなくても何とかするだろう。
「いやぁ、良くココが原因だと判りましたねぇ」
剥がしたカーペットを元へ戻し終えた時、感心するように声を掛けられた。
「ケーブルを引いた時に長い物がなくて、この場所で繋ぎ合わせた………と、父から話を聞いていましたから」
ハッとしながら、言葉を濁した。
入社した時から面倒を見ていた部下なので、つい気が緩んでしまう。
「それでは。無事に動いたようなので、帰りますね」
長居すると、ボロが出そうだった。
「あの、こういうのを聞くのはアレですけど。未だ栗田さんの居場所は不明なままですか?」
丁寧な前置きをしながら、気まずそうな顔で俺に質問した。
「はい。不明なままです。どこかで生きているとは思いますが」
「実は先日、気になる書き込みを目にしまして」
書き込み?
「どのような?」
「それがですね、ある男性が失踪した話でして」
「はぁ」
最近、流行っているのだろうか。理由なんて十人十色だろうけど。
「夜が明けたら男性の姿が見えず、その代わりに一人の少女がそこいた………とか」
「はぃっ?」
予想外の言葉に、思わず声が裏返った。
「その少女いわく、目が覚めたら性別が変わっていたと………」
元部下を見つめながら、目を瞬きする事、数回。
「それ、どこで見ました?」
「たまたま深夜に見掛けたので、どこかまでは、ちょっと」
俺と同じ人が、いる?
「出来れば…」
詳しくと言おうとした矢先。
遠くで扉の開閉する音がした。
「お疲れ様です」
続いて聞こえたのは男性の声。
最悪。
このタイミングで来るか。
毎日、職場で耳にしていたから聞き間違えるわけがない。上司だ。
「父の荷物。確かに受け取りました。失礼します」
手短に礼をのべると、急いでその場を離れた。
足音に耳を傾けながら、人目を避けつつ出口を目指す。
良し。行ける。
無事に扉をくぐり抜け、エレベーターを待たずに階段を駆け下りた。
地味にバッグの中身が重い。
建物から離れ、裏通りまで駆け込みホッと一息。無駄に汗をかいた。
まさかの休日出勤とは恐れ入る。管理職だから平日だろうが深夜だろうが関係ないのだが。よほど家にいるのが嫌なのか。暇なのか。あの上司と鉢合わせしていたら、かなり面倒な事になっていただろう。
財布を取り出し、自販機へ硬貨を投入。
スポーツ飲料で喉を潤しながら帰途についた。
「ネットの書き込みか」
全くの盲点だった。こんな馬鹿げた事が他でも起きていたとは。
電車代を掛けてまで、元職場へ来た甲斐があった。
早速、家に帰って………と思ったが。
まだ太陽は空高く、遙か天頂から肌寒い大地を心地良い日差しで温めていた。




