どのような結末になろうとも
「はい、視線をコチラにっ! もう少し顎を上げてください」
娘の写真撮影。
カメラマンの声がスタジオ内に響いた。
艶やかな振袖姿を家族一同で見守る。
成人式は数日先なのだが、春佳の祖父母である俺の両親たっての希望により、郷里での撮影となった。
母は華道の家元。着物はそれなりにある。
レンタルするくらいなら、ウチのを使いなさいという電話が年末にあり。
俺は家で留守番………の、つもりでいたのだが。
恐らく妹が話したのだろう。唐突に現れた由喜と名乗る孫娘を、一目見たいという嘆願により俺まで帰郷するハメに。
父は当初、家まで押し掛けるつもりだったらしい。
それをどうにか今日まで我慢したと、既に三回は聞いた。
まぁ、気持ちは判らなくもない。
俺でも同じ事を………いや、話を聞いた瞬間に駆け出す気がした。
「ポーズを変えて、もう一枚撮りますっ!」
思っていたより時間が掛かる。
滅多にない経験だから、嫌ではないが。
なお、この次は家族揃って写真撮影との事。
出来れば今の姿は記録に残したくなかった。
後で見返した時に、俺は何を思うのだろう。
「もう少し、微笑んだ感じでお願いします」
撮影スタッフからの注文に、娘は笑みを浮かべようとするも表情が硬い。
浴衣は何回か着ているが、本格的な振袖は今回が初めてだからな。
次の機会があるとしたら、白無垢に角隠し姿であろうか。
もっとも、その日は何時になったら来るのやら。
隣では父が、孫の晴れ姿にさめざめと泣いていた。
俺としては少し肩の荷が下りた気分。むしろ気になるのは来月受験予定の国家資格。これに無事合格してくれたら良いのだが………。
「ん?」
撮影を眺めていて、ふと気付いた。
生地の色と模様に見憶えがある。妹も成人式に、アレを着ていたような?
「次は、あんたの番やなぁ」
母が俺の顔を見ながら、にこやかに微笑んだ。
「まだ、先ですよ」
笑顔で答えるも、心中穏やかではなかった。
俺もアレを着るのか?
早くても六年以上は先の事。それまでには何とか元の姿へ戻りたかった。
「ウチの馬鹿は、いったい何処へ行ったんや?」
実家での晩酌。俺の父親が熱燗の御猪口片手に深々と溜息をついた。
「そのうち帰って来るんじゃない?」
春佳が徳利を片手に、すかさず慰めた。
「そうか? もう帰って来んのじゃねぇか?」
「大丈夫だって。お爺ちゃん心配し過ぎ」
「それなら、えぇんやけどなぁ~」
孫娘に諭されてか、表情が幾分か和やかに。
父親は無類の大酒飲み。しかも酒癖があまりよろしくない。
俺や母親でも、機嫌を損ねると手に負えないのだが。
初めての孫、春佳にはトコトン甘かった。今でもお酌して貰いながら、すっかり好々爺と化していた。
「本当にウチの長男は帰って来るのかしらん?」
「だから、必ず帰って来るってば」
さっきから同じ話の繰り返し。
見事に泥酔してる………と思っていたが。もしかしたら孫娘に甘えたいだけか、これ?
「今宵は春佳の成人を祝して、もう一杯、どや?」
「わたしは、そんなに……」
拒否しようとするも、なみなみと注がれる熱燗酒。
娘は甘いお酒が好きで日本酒は苦手。
案の定、助けて欲しいと目で訴えて来るも、今の俺には何か出来る筈もなく。
「私、後片付けを手伝って来ますね」
すまんなと心の中で謝りながら、その場を離れた。
ついさっきまで水音が聞こえていたけれど、炊事場は綺麗に整理整頓された後。
仏間を覗くと、俺の母親が箪笥の中へと何かを仕舞っていた。
「何かお手伝いする事はありますか?」
「別にえぇよ。ゆっくりしてくんさい」
それが難しいので退避して来たのだが。
「陽子さんは?」
「さっきまで、そこにおったんやけどなぁ。居間におらん?」
俺は首を左右へと振った。
甘い物が欲しいと言っていたから、コンビニへアイスでも買いに出掛けたかも。
「どこへ行かはったんやろな」
そう言うと母は肩の辺りを、コンコンと自分で叩いた。
「よろしければ、肩をお揉みしましょうか?」
「いや、悪いし」
「別に良いですよ。そこへ座ってください」
「えぇか?」
畳の上に正座する母の後ろに立ち、その両肩へと手を伸ばした。
「あんたさん、えぇ感じやなぁ」
一揉みするなり、感心とばかりに声を上げた。
「結構、凝ってますね」
肩から首筋の辺りが張っていた。
「ん、その辺りや。なんか、ウチの息子に揉まれているみたいやさぁ」
まぁ、中身は長男ですから。握力は劣っているけど。
子供の頃から、いつも母親の肩を揉んでいるので、ツボは判っていた。
「すまんなぁ」
「いえいえ」
「ウチの坊は、一体どこへ行ってまったんやろうなぁ」
四十歳を越えても、母にとって俺は幼子のままらしい。
「そのうち戻って来ますよ」
「そうやと良いんやけどなぁ」
実は俺が………と言えば、信じてくれるのだろうか。
そんな事を、つい思ってしまう。
「由喜ちゃんは、今の生活に馴れた?」
「え、あ、はい」
不意に名前を呼ばれ、一瞬戸惑った。
「困った事とかない?」
「特にありません」
「なら、えぇわ。みんなあんたの味方やで、ずっとウチにおりんさい」
「…………はい」
もし俺が元の姿へと戻れた場合。
それと引き替えに、由喜という少女は、この世から姿を消す事になる。
きっと母は、無事な俺を見て喜ぶと同時に、いなくなった由喜という孫娘の事を、いつまでも心配し続けるのだろう。




