旅は道連れ④
「ベネットさん、寝た?」
「寝てるねぇ」
隣から聞こえる寝息の音。
掘さんが鼻を摘むも、スヤスヤと起きる気配がなく。
時刻は夜の十時を少し過ぎた辺り。本人の申告通り、睡魔に襲われ陥落したらしい。
「後片付け、しますか」
テーブルの上に散らばった宴の残骸を、まとめてゴミ箱へ。
期せずして始まった女子会は、近況報告、今後の方針を決めた後、今期の作品鑑賞会の途中でお開きとなった。
甘い物を食べた後なので、歯磨きをさせたい所だが。
肩を揺すってみるも、家主は起きる気配がなく。
「掘さん、足を持ってくれる?」
「あいよ」
二人掛かりで少女をベッドへと搬送。
見た目からして、体重は以前の半分以下だと思われるのだが。
「米内さん。小さい割りに重くね?」
「俺らの筋力も、低下してるからさ」
女の細腕とはこの事か。以前の姿なら、一人でも運べたものを。
壊れ物を扱うがごとく、家主をベッドの上へ。
パジャマを買い忘れた事に、今頃気が付いた。
毛布。布団を上から掛け、ようやく一仕事終了。
「なんかさ。今日の米内さん、変にワガママだったよね。元からってのはあるけど」
「本能的なものじゃないかな」
ずっと考えていた事を口にした。
「どゆ事?」
「このマンションへの夜道。以前は平気だったけど、今日やたら怖かったよね?」
「あぁ、それは確かに」
「筋力が落ちて、背も低くなったからさ。危なそうな場所は、体が過剰反応してると思う」
今の状態で成人男性に襲われたら、勝てるどころか、逃げる事すら怪しい。
「ベネットさんの住居、それなりに広いよね。仕事場を兼ねているからさ」
複数の机や椅子、加えて作画用のモニターが数台。締め切り間際にアシスタントが数人常駐しても、充分な余裕があった。
「小学生の女の子が一人で住むには、寂しいと思うよ」
無論、ベネットさんがそれを意識しているかは不明ではあるが。
ほの暗い寝室に、突然鳴り響く着信音。
俺のじゃない。
「多分、ウチの嫁だと思う」
掘さんがスマホを取り出し、液晶をタップ。
「今、下に車を停めたって」
迎えに来てもらったのか。
そういや動画を見ている最中、何か入力していたっけ。
「栗田さんも一緒に行く? 駅まで送るよ」
「出来れば、そうしたいけど」
そうは行かない問題が一つ。
「掘さん。この部屋の鍵、持ってる?」
「そうか。玄関の鍵、掛けないとマズイよねぇ」
二人の視線が家主へ。
起こすのが一番手っ取り早い方法だけど。
「俺が残るよ」
安らかに眠る少女の横顔。出来る事なら、そっと、そのままに。
「いいの?」
「いいよ。どうせ今は無職だし。毎日が日曜日だからさ」
明日からの予定なんて、何一つない気ままなご身分。
「それに。目が覚めた時、一人じゃ寂しいだろうから」
掘さんが何か言おうとするも、遮るように着信音が再び鳴った。
「じゃぁ、米内さんによろしく」
玄関での、お見送り。
またねと手を振り玄関を閉めた。
施錠後、念のため開かない事を確認。ついで自宅の家族へ宿泊する旨をメール送信。
これで一段落、と思ったところで欠伸が込み上げた。
そろそろ、コッチも活動限界らしい。
何せ今日は、初詣、新年会、お買い物とイベント盛りだくさん。そりゃ疲れるわな。
問題はだ。
来客用の布団、どこだ?
深夜の酒盛りで終電逃し、泊めて貰った事はあるけれど。かなり前の事だから場所を忘れている。
確か、仕事場の奥の押し入れに………ないな。以前ここから引っ張り出したけど。
すると寝室か?
薄明かりの下で探してみるも、サッパリ判らん。
かといって、これだけのために家主を起こすのもなぁ。
「はれ? 栗田はん?」
不意にベッドから、俺を呼ぶ声がした。
出来るだけ静かにと注意したのだが、物音で目覚めたらしい。
「先に寝てもうた。すまへんなぁ」
むしろ睡眠を妨害した、俺の方が謝るべきだろう。
「掘さんは?}
姿を探してか、キョロキョロと辺りを見回した。
「少し前に、帰ったよ」
「もしかして。栗田さん、残ってくれたん?」
ハッとするように、俺の方へと振り向いた。
「鍵、掛ける必要があったからさ」
「そら、悪かったなぁ~」
そうだ、
せっかく起きたのなら。
「ベネットさん。寝る前にトイレと歯磨き」
「そやな。今のうちにしとかな」
もそもそと布団から這い出るなり、部屋から廊下へ。
その背中が、幼少の頃の春佳と重なって見えた。
布団を探すなら今だな。
寝室の灯りを付け、再度くまなく捜索再開。
明るくしてから気付いたのだが。この部屋、洋室だった。収納は服用のクローゼットくらいしか見当たらず。すると更に別の場所?
この状況なら、直接聞き出した方が早いか。
洗面所を覗くと、家主は歯磨きの真っ最中。
俺に気付くなり、来客用の使い捨て歯ブラシを差し出した。
しておくか。
断る理由もなく、鏡の前に並んだ。
目の前に映る、歳の離れた少女が二人。
この姿になってから、二週間以上は経過しているのだが。
未だ自分の姿に馴れないというか、戸惑いを覚えてしまう。
「ほな。夜のお勤めも済んだ事やし、寝よか」
にっと笑い、白い歯を俺に見せた。
「ベネットさん。来客用の布団どこ?」
「あれか~。有るには有るんやけどなぁ~」
眉間に皺を寄せるという事は。
「もしかして、面倒な所に片付けた?」
「まぁ、そやけど。大丈夫や」
任せときと、俺の手を引き寝室へ。
「一緒に、ココで寝たらえぇわ。キングサイズやから、二人で寝ても余るさかい」
強引にベットの上へと押し倒された。
「今は可愛い女の子同士やん。変な事は起きへんから安心しぃや。足もツルツルやから、お互いの臑毛が絡む心配もせんでえぇしなっ!」
確かに大きなベッドだから問題はないのだが。
「ほな、毛布掛けや。電気消すでっ!」
この状態で嫌と言うわけにも行かず、仕方なく枕を並べた。
これが男同士なら、全力で拒否っていただろう。
「寒うない? もっと近こう寄れ。来るしゅうないぞ?」
「あ、うん」
真冬の深夜。
正月三箇日なせいか、外からの騒音はなく。
闇に包まれた静寂な空間。
二人の呼吸音が一際大きく感じた。
「栗田さん」
「ん?」
「今日は来てくれて、ほんま助かったわ。ありがとな」
「たまたま、だよ」
「これも何かの縁や。掘さんと三人、仲良くしよや」
いつもの豪快で陽気な性格はどこへやら。
耳に入る少女の声は、今にも消え入るように、か細く儚げで。
「これからも、よろしゅうな…………」
俺は返事をする代わりに、ほんの少し腕を伸ばし、小さな手の甲に指を重ね合わせた。
娘と一緒に寝ていた頃を、懐かしく思い出しながら。




