旅は道連れ③
「栗田さん、センスえぇやんっ! 丈もピッタリや」
下ろし立ての衣服を身に纏い、上機嫌なベネットさん。
予は満足じゃとばかりに、その場でクルリと回った。
「お気に召して戴けたようで幸いです」
拍手の一つでもと思ったが、あまりの疲労でそんな気力はなく。
御礼にと渡された炭酸飲料を、息が上がったままの体へ流し込んだ。
「良く一人で、これだけ運んだねぇ」
掘さんが包装紙や袋を片付けつつ、半ば関心、半ば呆れながら、俺に労いの言葉を掛けた。
「これでもかなり絞った方なんだよ」
マンションと店舗の往復。帰りの荷物が嵩張り、紐が肩や指に食い込んだ。
下着、キャミソール、靴下、冬物の上下と、長袖のパーカー。
出来れば防寒用のコートか、ダウンジャケットも欲しかったけど、流石にそこまで手持ちがなかった。
クレジットカードは有れど、今の容姿では使い辛く。
新年会で義弟へ渡す筈だったお金を、そっくり、そのまま用立てた。
「栗田さん、この薬局の袋は何?」
「生理用品。念のため買っておいた」
「来んのっ!」
嘘でしょと声を荒げる掘さん。
「うん、来たよ。生理痛とセットで」
俺も家族に指摘されてから、気付いたクチではあるが。
「俺、使うた事ないんやけど、どうやるん?」
「ネットで検索して」
説明しても良かったが、二人に教えるとなると、やはり気恥ずかしい。
「しっかし。栗田さん、よう俺のサイズ判ったなぁ」
「何となくで選んだけどね」
春佳が子供の頃、服で苦労した経験が役に立ったのだろう。
「ただ、靴だけは無理だった」
その手のお店も開いてはいたが、子供用は数が少なく。
「百円ショップで、サンダルは買っといたけど」
「かまへん、かまへん。気ぃ使わせて、すまへんかったなぁ」
「ベネットさんには、色々と世話になってるし、迷惑も掛けているからさ」
仕事の帰りに、よく机を借りに来ていた。自宅よりも小説の執筆が捗るという理由で。
原稿完成の打ち上げで、何度かご馳走になった事もある。もし賃借対照表があるのなら、明らかに債務超過だろう。
「服の領収書は貰て来た?」
「そう言うと思ったから、米内の名義にしといたよ」
財布に溜め込んだレシートの束を、まとめて手渡した。
女児の衣服や下着って、経費で落とせるのだろうか。
「おおきに。ちょい待ってや」
電卓を手早く叩くと、ベネットさんは部屋の奥へ。
「即売会の売上。まだ手元に有って良かったわ」
戻って来るなり千円札を手際良く指で弾くように数えた。
「細いので、すまへんなぁ」
「気にしなくて良いよ」
五百円玉で渡されたら、流石に閉口したと思うが。
「お釣りはいらへんよ」
渡された紙幣の束。雑に数えてみたが明らかに金額が多い。
「良いの?」
「えぇよ」
余剰分を返金とか言い出したら、押し問答になるのは間違いなく。
一旦、財布の中へと納めた。お中元には、かなり遠いなと思いながら。
「栗田さんが出掛けている最中に色々聞いたけど、状況はボクと同じだったよ」
一段落するのを待っていたよと、掘さんが話を切り出した。
「同じっていうと、正月からって事?」
「うん。元旦に変化したっぽい」
「ぽい?」
なぜに推測?
「二日酔いやと思うけど、頭が痛うてな。ずっと寝てたんや。せやから変わったんが、夜か朝か昼か、よう判らへん」
胡座をかきながら、ベネットさんが補足した。
「それじゃ、気付いたのは夜?」
「二日の朝やな。ハッキリ自覚したんは。ずっと夢か現実か、区別が付かへんかった」
俺や掘さんは家族がいたからなぁ。一人暮らしだと客観的な視点が欠けるから、認識が遅れるのか。
「それで、ベネットさんは、どうしたの?」
「どうしたも何も、訳判らんし、服ないから部屋か出られへんし、酒も飲めへんし、人にも会えへんから、ずっと部屋で仕事しとったわ。お陰で、ようけ進んだで」
「プロだねぇ」
流石この道の一流と言うべきか。
「絵は普通に描けたの?」
「描けた描けた。俺も心配しとったけどな。体が縮んだ分、モニターとか若干見辛いんやけど、腰と肩がメッチャ快調。前より良いくらいやわ」
そういや以前、腰痛が酷いとか聞いた気がする。
「ただなぁ。一つだけ困った事が、あんねん」
「どんな事?」
「夜十時を過ぎる、ほんま眠くなる」
「判る」
俺も布団に入る時間が早くなった。
身体の年齢相応と思って良いだろう。
「俺からも質問してえぇか? 栗田さんに聞きたい事があるんやけど」
拒否する理由もないので、コクリと頷いた。
「これ、いつになったら元に戻れるん?」
「それは俺も知りたい」
最早、様式美と化した回答を口にした。
「掘さんから教えてもろたけど。栗田さんが、そないなったの。先月やったネット飲みの翌日なん?」
「朝起きたら、ね」
「実はなぁ。俺も一緒に飲んだ日、何を話したかサッパリ思い出せへんのよ」
ここまで三人、状況が一緒か。
「ボクとしても、アレが一番怪しいと思うけど。会話に使ったシステム、ログが残んない仕様でさ。調べようがねぇのよ」
「それは俺も後から気付いた」
今まで気に留めた事すらなかった。
「あん時さぁ。三人で何やってた?」
「やってた事ねぇ」
掘さんの問い掛けに答えるべく、頭の中で状況をシミュレート。
「お酒飲んで、世間話をした」
「それだけで性別が反転すると思う? しないよねぇ?」
そりゃ、そうだ。
他にした可能性があるとしたら。
「動画を見た、とか? 映画の新作とかさ」
「ネット飲みで、それは…………ん、待てよ?」
何か閃いたのか、掘さんは口元へ指を当てた。
「米内さん。ネットのブラウザーのログ、残ってない? 会話で使ったシステム、動画の共有とか無理だからさ」
「ちょい、待ってや」
スクリと立ち上がるなり、仕事場の方へ。
俺より体が軽そうだと思いつつ、ベネットさんの後を追う。
「すぐに判ると思うで」
マウスではなく、ペンタブレットで器用にパソコンを操作。
幾分の期待を込めて作業を見守る。
「あかんっ! あの日から二週間以上、経ってるわ」
「ログ保存のデフォって、二週間だっけ?」
「このブラウザは、そうやな」
俺が使っているのと同じヤツか。
「掘さんとこは?」
「多分一緒の状況」
肩をすくめながら、首を左右へ振った。
「プロバイダーに情報開示の依頼でもする? かなり面倒だけど」
「それは俺も、流石にした事がないな」
帰宅したら、もう一度パソコンの情報を調べてみるか。
「栗田さん、時間そろそろ厳しいんじゃない?」
「そうかも」
掘さんに指摘され時刻を確認。
終電まで余裕はあるが、深夜になると警察に補導されるかも。
「もう帰るん? ゆっくりしていきぃや」
つまんないと、ベネットさん異議を唱えた。
「いや、もう遅い時間だし」
「帰ったら寂しいやんけ、もっと話そうやぁ~」
聞き分けのない幼子のように駄々《だだ》をこねた。
変だ。
いつもなら、こんな事を言う筈がない。
掘さんも同じ思いなのか、小さく首を傾げた。
「しょうがないぁ、米内クンは。じゃぁ、もう少しボクが可愛がって上げるよっ!」
「いや、だから撫でんといて」
捕まえたと、小さな身体を背後から抱き締めた。
「俺も、もう少しいるよ」
「大丈夫? 栗田さん、こっから遠いっしょ?」
乗り換えを含めると約一時間くらいなのだが。
「良いよ。せっかくだからさ。二人よりも三人の方が賑やかだし」
「せやでっ! ほな、何か飲むか? 酒は出せへんけどなぁ~。お菓子なら売るほど有るで?」
無邪気な笑みを浮かべながら、家主はキッチンへと足を向けた。




