旅は道連れ①
「いやぁ~。あの朝はマジでビビッた。何が起きたのか、サッパリ判んなくてさぁ~」
白玉クリーム餡蜜パクつきながらの掘さん愚痴話。
「隣に寝ていた嫁がさ。ボクを見て、アンタ誰って言うのよ。こっちもパニクってたし、あん時は本当に最悪だったわ」
先程までの上品な雰囲気はどこへやら。
表面上うら若き乙女にしか見えないが、口調や話し方は紛れもなく掘さんそのものだった。
「それで、どうやって切り抜けたの?」
「何とかボクという事を判らせた」
「どんなふうに?」
「今まで書いて来た作品の内容と、これから書く続きの展開を、懇切丁寧に小一時間ほど説明した」
それは聞く方も災難だな。
「栗田さんの方は、どうしたの?」
「大体は同じ。妻と娘に今までの経歴と記憶を掻い摘んで話した。完全に信じるまで、数日掛かったけど」
陽子は未だに半信半疑という可能性もあるが。
「しかし、良く化けたねぇ。掘さんは」
「何の事?」
「話し方。本気で姪っ子だと思った」
「そりゃねぇ。仕事柄キャラ設定は山ほど作って来たし。物書きなら簡単じゃん?」
「お、おぅ」
貴方ほどの実力者がそう言うのなら、俺としては返す言葉がない。
「ちなみに、ボクの見た目。栗田さんはどう思う?」
「どうって……」
切れ長の目。抜けるほど白い肌。ストレートでサラサラの長い黒髪。それらを引き立たせるフリルのついたドレス風のワンピース。
「どこに出しても恥ずかしくない、美少女でございます」
元の片鱗が多少残ってはいるが、ココまで変わるものかと関心する。
「だよねぇ~。どう見ても、お子様よねぇ~」
褒めたつもりが、本人はガックリと肩を落とした。
「ボクさぁ。先月、新車を買ったのよ。ずっと欲しかったヤツ。貯金を叩いてさぁ」
天上を見上げながら泳ぐ視線。
「新年明けたら、慣らし運転で乗りまくる予定だったのよ。美味しい蕎麦食べて、秘湯の温泉を巡って、秘蔵の地酒を飲む予定だったんよ」
「それは、ご愁傷様」
「こんな事なら、新作のロードバイクにしときゃ良かった! アレなら免許関係ねぇしっ!!」
悲痛な叫びに胸が傷む。ついでに俺の心にも流れ弾が直撃。
そうだよな。
この姿で公道を運転したら、警察が見逃すわけないよな。
「ねぇ、栗田さん。これ、何時になったら元に戻るのよ?」
「それは俺も知りたい」
数ヶ月先か、数年後なのか。
去年の秋、自動車免許の更新をしておいて良かったと、今でこそ思う。
「掘さんは、いつ、俺の事に気付いた?」
恐らく新年会の時点で、既に確信していただろう。
「それはね。井上さんからの、新年会お誘いメール」
「義弟の?」
「由喜ちゃんを支援する会で、ピンと来たわけよ」
ドヤ顔を浮かべながら、白玉を口元へ運んだ。
「栗田さんの蒸発と、なぜか突然現れた由喜ちゃんの存在。時系列的に一致していたし。もっとも、自分がこの状態になったから………というのも、あるけどね」
「なるほど」
ヒントは色々あるか。とはいえ逆の立場だったら、自分は気付けただろうか。
それにしても……。
「この餡蜜、容赦なく甘いね」
「でしょ? ボクのマジお勧め♪」
小豆と生クリームの共演で、歯が溶けるんじゃないかと心配になってくる。
体が十代なので味覚が鋭敏という可能性もあるが。
「でさ、どうしてボク達、こうなったわけよ?」
サッパリ判らんと首を左右に振って答えた。スプーンを口にくわえながら。
「栗田さんが、この状態になったのは、十二月の何日頃?」
「下旬に入ってから。正確に言えば、ネット飲み会の翌日」
「それって、米内さんもいた、あん時の?」
「その時の」
「確かあの時は…………」
紙ナプキンで口元を拭きながら悩む事、数十秒。
「やべぇ、何を話したのか、サッパリ思い出せない」
二人揃って記憶喪失。
これって偶然なのか?
「掘さんは、あの日どれくらい飲んだ?」
「結構、飲んだ」
「それは判るけど、具体的には?」
「朝起きたら、日本酒とワインの瓶が三本くらい床に転がってた」
うん。二人揃って飲み過ぎの線が濃厚っぽい。
「ちょい待ち。あの時ボクら三人で飲んだじゃん? じゃぁ、残りの一人は?」
「それって、ベネットさん?」
「そそ。どうして今日の新年会、彼は来なかったのよ」
「原稿がヤバいからって、聞いたけど」
義弟は確かに、そう言っていた。
「それって変じゃん。米内さんは年始の休みをキッチリ取る人だよ? おかしくね? 本当に原稿なのそれ」
「ぅん?」
そう言われてみると。
記憶が確かであれば、毎年、正月は実家に帰省していたような。
「でも、どうやって確かめる?」
いきなり電話というのも、アレだし。
「メール送ってみようぜ」
「なんて?」
「朝起きたら女の子になってた。助けて、ベネえもぉ~んって」
めっさ直球だな。
「じゃぁ、早速メールしとくわ」
「よろ」
もし予想が外れたら『なに、おもろいこと言うてんね』というメールが返って来るだろう。
「ほい、返信終わり」
「おつ」
口直しの緑茶をすすり、ほっと一息。
同時に、ふと疑問が一つ湧いた。
「掘さん、その服ってどうしたの?」
見た目の良さから、それなりに値が張りそうな気がした。
女性に変わってから購入したのだろうか。
「これ? 嫁さんの」
「そういうの好きなんだ」
「いや」
違うよと左右に首を振った。
「ボクが選らんで買った服。あまり着てくんなくてさぁ。まさか自分が袖を通すとは思わなかったね」
「判る」
同志とばかりに、俺は深く頷いた。
「栗田さんの服も、嫁さんの物?」
「これは娘のお下がり」
自分で発言しておきながら、違和感が半端ない。全て真実なのだが。
もし誰かが聞き耳を立てていたら、間違いなく混乱するだろう。
「ん?」
メール着信の電子音。俺のじゃない。
「ベネットさん?」
もう返信が来たのか。
「ちょい待ってね」
スマホをタップし、指先が止まる事、約数秒。
「これって、当たりじゃね?」
そう言いながら、俺に液晶画面を差し向けた。
「…………当たりっぽいね」
文面は『すまへんけど、相談に乗ってくれへんか』と簡潔な内容。
確信的な事は何も書かれていないが。
「栗田さん、今から行く?」
「行きますか」
ベネットさんの自宅、兼、仕事場は、ここから僅か数駅先、約二十分の場所だった。




