28:負けないために
Vatican VCSO headquarters
モニターの中では今まで見たことのない激しい戦いが繰り広げられ、バチカンはそれを見る観客達の熱気が波のように脈打っている。
元神選10階の待合室に自然と日本支部の面々、そしてメルクリウス、ズルワーン、ケツァルコアトル、コアトリクエが集まっていた、阿修羅と帝釈天だけがそこにいない事になる。
しかし、モニターにノイズが入り、モニターが映らなくなってしまった、それと同時に何かが爆発したような轟音が響き渡る。
元神選10階の待合室にいた全員は反射的に外に飛び出していた。
外は土煙が立ち上り、その前には帝釈天と阿修羅が得物を顕現して立っている、土煙の中は何も見えずに状況が分からないが、緊迫感、そして凄まじい殺気から他の面々も得物を顕現した。
「風遁・浄」
その瞬間、土煙は一気に消え失せた、大きな穴の両サイドには月夜見と天照が立っている、穴から這い上がるように全身に梵字が浮かんでいる素戔嗚が上がって来て、ようやく殺気の正体が素戔嗚だと気付く。
「帝釈天、帝釈天………、見つけたぜ」
素戔嗚は帝釈天と目が会うとニヤリと笑った、腕輪に触れて得物を顕現する、得物は刃が7つに枝分かれした大剣、七支剣、名は破壊の剣。
月夜見の手には得物である苦無、名は不浄の苦無。
「そんで姉ちゃんは?」
素戔嗚は阿修羅を見付けると、月夜見を横目で見る、月夜見は何も言わず、何も見ずにその場から消え失せた。
次に現れた時には阿修羅の後ろにいたが、月夜見の後頭部には摩和羅女とズルワーンが得物を突き付けていた。
「阿修羅さんに何をするつもりですか?」
「阿修羅に手出しするなら殺すからな!」
「御免」
月夜見は一瞬で丸太となり、ズルワーンと摩和羅女はその場に倒れた、背中には不浄の苦無が刺さっている、そして二人の後ろには月夜見。
「刃向ける奴は容赦しねぇからな!」
素戔嗚が帝釈天に向かって地面を蹴り、ベロシティに匹敵するスピードで間合いを詰める、帝釈天の髪の毛と瞳孔は一瞬で白く染まり、素戔嗚の振り下ろしを盾で防ぎ、破壊の剣を壊した。
素戔嗚はそれすら気にせず、帝釈天に拳を振り上げた、とっさに得物で防ごうとしたが、帝釈天の防御もろとも吹き飛ばした。
「素戔嗚!それでは………」
「やべぇ!帝釈天は殺すんだった!」
「あ、兄上……」
今の一言で今まで様子をうかがっていたダグザが動く。
「全員下がれ、そして阿修羅と帝釈天、特に帝釈天を死守しろ」
「兄上の失態」
「悪かったって!」
「この馬鹿者が!」
地響きのような怒鳴り声と共にヘリコプターから縄ばしごを使い降りてきた総結いの男性、素戔嗚は地面が砕けんばかりに地に頭を付ける、否、実際にコンクリートの地面が砕けている。
「元帥!これはどういう事だ!?」
ダグザが珍しく怒りを露わにする、そしてゆっくりと現れた元帥と元老の二人、その3人はダグザ達ホーリナーではなく、総結いの男性の方へと歩を進めた。
「貴様ら、やはりグルだったんだな」
「グルなんて人聞き悪いぜ!」
毘沙門天が馬鹿でかい声で豪快に笑う。
「大黒天はあの阿修羅の弟だぜ!」
そこにいた全員が驚く、そしてダグザは全てのピースがはまり、今回のこの事件の真相にたどり着いた。
「そういう事か、貴様らの目的はやはり阿修羅らしいな、そして邪魔になった帝釈天は殺すと?
更に言うとしたら俺とした事が捏造に踊らされていたらしいな、本来ならば阿修羅ではなく緊那羅を神選10階にするのが順当、しかし呼ばれたのは阿修羅、つまり、貴様らの監視下に置くのが目的か。
俺の仮説が間違っていなければ、自らに生命の危険が及ばない限り、貴様らは俺達を殺す事はまずないらしいな」
ダグザは話しながら後ろを見た、そこにはフラフラになりながらも立ち上がるズルワーンと摩和羅女、背中など刺されたら普通は生き残れないが、生かされたという事実もある。
「ここで俺が取る行動は一つだけだ」
ダグザはサラスヴァティーを構えた、つまり抗戦するという事。
「ダグザ!私なら良いから逃げて、奴らの強さが分からないわけじゃないでしょ?」
阿修羅は前に出ようとする、ダグザもたった一瞬だが相手の力量が分かった、恐らくこの3人だけを相手にするだけでも勝機は薄いと。
「今逃げたらタナトスとヘリオスはこっちへ戻って来れないだろう、つまり、俺達は今、2人を人質に取られているという事だ」
全員が息を呑む、只でさえ最大戦力であるあの二人がいない穴は大きい、その戦力を削がれた上に人質にまでされている、万事休すに近い。
「さすが知識神だぜ!そこまで分かっちまったんなら生かしとくのは良くねぇな。
天照!素戔嗚!月夜見!こんだけ知られちまったんだ、例え任務が終わったとしてもここにいる奴らは天竜に刃向かうだろうなぁ」
「つまり姉ちゃん以外皆殺しで良いって事だよな!?なぁ叔父ちゃん!」
「兄上、よろしいのか?」
「あぁ!ミトラ!ランギ!久しぶりに大暴れしようじゃねぇか!」
「目的変更、承知也」
「僕の可愛い部下だったんだけどなぁ、もともとこうなると思ってたし、久しぶりの戦いだから良いか」
毘沙門天は腕輪に触れた、得物は十字槍、名は岩貫、ミトラ、元帥の得物はムチ、名はヴァルナ、ランギの得物は紐、名はアヌ。
大黒天と天照も得物に触れた、大黒天の得物は身の丈程の大斧、名は断罪、天照の得物は薙刀、名は悲哀の薙刀。
ダグザは構えながら今いるメンバーを確認して一気に何が最良の配置かはじき出した。
「ニヨルド、ククルカン、沙羯羅は阿修羅と帝釈天の護衛。
アルテミス、コアトリクエは中盤で前衛のサポート、危険になり次第護衛の後ろに下がれ。
前衛は俺、祝融、モリガン、メルクリウス、緊那羅、ケツアルコトル、無理はするな、一人だろうと死ぬ事は許さない。
そして阿修羅、帝釈天、貴様らは今この場を生き残る事だけを考えていろ、ヘリオスとタナトスが帰って来るまで耐えろ、被害は気にするな、もうホーリナーなどいやしない」
ダグザは周りを見て笑った、我先にと逃げるホーリナー達、本当に生き死にのこの世界で生きている人間とは思えなかった。
「さすが知識神だぜ!相手を殺すんじゃなくて生き延びる事だけを考えてやがる!」
「叔父ちゃん!そんな事より早く殺してぇよ!ってかもう行くからな!」
素戔嗚は毘沙門天の返事を待たずに走り出した、それが合図となり全員が走り出す。
バチカンで起きている事など何も知らず、激しい戦い未だ繰り広げているタナトスとヘリオス、お互い傷だらけで限界と言っても過言ではない、だがただ本能の赴くままに鎌を振り、火を放つ。
「テメェ、ハヤク、シンダラドウダ?」
「「負けない、ッスよ、タナトスこそ、ボロボロ、じゃないッスか」」
ただの消耗戦、奇策を尽くしてもことごとく返され、攻撃を受けてもすぐに次が来る、気持ちは前へと先走っているが、既に肉体は動かすだけで悲鳴をあげる程。
「「こういうのは、どうッスか?次の、一撃で、終わらせる、ってのは」」
「オモシレェ、ナガクハ、モタナイナラ、ツギデ、キメルカ」
ヘリオスはニヤリと口元だけ笑うと、口を大きく開いた、その瞬間ヘリオスの体の炎が勢いを増す、口にはエネルギーが集約され、炎が揺らめく轟音が響き渡る。
タナトスは6つのスケイルを体から伸びた6つの紐で掴み、紐を絡めていくと風車のようになった、ギリギリと巻かれ、力を蓄えてるかのごとく不気味に軋んでいる。
二人の動きがピタリと止んだ瞬間、ヘリオスの炎から凄まじい炎が照射された、空気をも燃やし、膨大な質量と共にタナトスに襲い掛かる。
タナトスは風車状になったスケイルを回す、ヘリオスの炎が当たると炎すらも斬り刻み、高エネルギーの炎を散らす。




